エルサルバドル生まれのコーヒー「パカマラ」は情熱の香り

首都サンサルバドルで邸宅や大使館が並ぶ地区にある「ビスケット・ファクトリー」は、ツタが絡まる白壁の一軒家が丸ごとカフェになっていた。奥にはパティオもあって開放的な雰囲気だ。
メニューを前にちょっと戸惑った。
エルサル産のコーヒー豆が7種類。フレンチプレスやサイホンなど入れ方も7種類あって、好きな組み合わせで注文するのだという。豆は産地に生産者、精製法、風味の特徴まで事細かに記されていた。
私は2015年に品評会で1位を獲得した「パカマラ」という豆を、砂時計のような形をしたガラスのコーヒーメーカーで入れてもらうことにした。
この豆が育ったのは、北西部の山岳地帯にあるアートの町ラパルマ。標高1500メートルに位置するロス・ポシトス農園で、イグナシオ・グテーレスという名の生産者が手がけたという。コーヒー果実の粘液を一部残して棚で乾燥させる「ハニープロセス」で精製して、味わいはベリーやサトウキビ、タマリンドのよう――。来歴を見ているだけで、豆に込められた生産者の情熱が伝わってきた。
2016年、17年と2年連続で国内のバリスタ・チャンピオンに選ばれたビクトール・フローレス氏(31)が、ケトルでお湯をゆっくりと注ぎ、顔を近づけて一杯ずつ香りを確かめていく。
どうぞ、という手招きで私も顔を近づけると、ふわっと柔らかい香ばしさにうなった。口に含むと、甘酸っぱくもほろ苦い、絶妙な風味にため息が出た。1杯2・25米ドル(約240円)。
「エルサルが生んだパカマラは、私たちの誇りです」とフローレス氏。よく見ると、メニューに並ぶ7種類のうち、4種類をパカマラが占めていた。
パカマラは、かつてのコーヒー王国エルサルの「遺産」だった。
高い技術で品種改良を牽引してきた国立コーヒー研究所が20年以上かけて人工交配し、内戦のさなかに世に送り出した。
しかし、コーヒー生産は内戦や農政の失敗で激減し、パカマラを生み出したコーヒー研究所も姿を消した。
1975年からコーヒー研究所で学び、今は「コーヒーハンター」として知られる川島良彰さん(61)は当時、パカマラの受粉作業を担った一人だ。かつての王国の復活には、パカマラの存在が強みになる、とみる。コーヒーにオリジナリティーや付加価値が問われる時代になったためだ。
「パカマラはボディーがすごくしっかりした味わいで、特産品として売り出す価値が十分あると思います」
パカマラ種
エルサルの国立コーヒー研究所が、アラビカ種のパーカス(Pacas)とマラゴジッペ(Maragogipe)という二つの突然変異種からつくった人工交配種。名前は2品種の最初の2文字に由来する。豆が大きく、特徴的な香りと酸味を持つ。隣国グアテマラなどでも栽培されているが、生産量や流通量は少なく、近年、希少な品種として注目されている。