子どもが家庭で暮らせる社会を カギは地域で支える環境づくり

いま、世界で約800万人の子どもたちが施設で養育されている。その8割(欧州では9割)は少なくとも片親がいて、親たちの多くは子どもの世話をしたがっている。それでも施設が存在するのは、困窮した家庭を支える医療や福祉制度が十分でなかったり、障害を持つ子を支える態勢が整っていなかったりするためだ。
私が代表を務める英国のNGO、LUMOSは東欧の旧共産主義国を中心に、子どもの居住型施設を減らす活動をしている。地域の母子施設や保育所を充実させたり、里親を増やしたりして家庭養護に移行させる「脱施設化」が主な活動だ。近年は米大陸やアジアにも活動を広げている。
設立者は「ハリー・ポッター」シリーズの原作者J・K・ローリング。彼女は講演などで外国の児童養護施設を訪れ、誰かれ構わずすがりつく3歳の女の子や、ベッドに無気力に横たわる赤ちゃんに接して、子どもが施設で育つことに疑問を抱いたという。施設養育による乳幼児の発達への悪影響は、国連の調査やルーマニアでの15年に及ぶ調査研究で明らかになりつつある。
モルドバでは、政府と協働し、2007年から7年間で施設の子どもの数を約1万人から約3000人に減らした。0人になった地域もある。ブルガリアでは、家庭養護を進めようとする欧州連合(EU)の支援もあり、09年に約7000人いた施設児童が昨年は約3000人に減った。この間、里親のもとで育つ子の数は10倍に増えた。
経済発展が進むチェコでは、政府は施設の環境改善にも多大な投資をしており、当初、脱施設化に消極的だった。LUMOSが08年から国に働きかけたところ、約1万人いた施設児童は13年までに2割減った。大きな変化が起きた東欧だが、今もチェコでは子ども1万人あたり49人、モルドバでは39人が施設で暮らす。これに対し、日本は16人と少ないが、家庭養護が中心の英国では5.5人。しかも1施設5~6人の小規模施設しかない。乳幼児では、日本は1万人あたり7人だが、英国は0人だ。
私が脱施設化に初めて関わったのはルーマニアだった。東西冷戦が終結し、独裁政権が崩壊して膨大な数の「孤児」が生まれた。孤児たちの多くが食糧難や寒さで命の危険にさらされており、支援者の関心は物質的な緊急支援に集中していたが、私は誰もしなかった問いかけをした。「この子たちの親はどこにいるの?」。彼らのほとんどは、親の離婚や貧困を理由に施設に預けられていた。当時のルーマニア社会ではそれが最善の策と考えられていた。
だが、問題に気付いた人間もいた。ブカレストのある大規模施設の所長は心理学者と相談し、施設内に母子が共に暮らせる棟をつくった。すると母子棟の赤ちゃんは他の赤ちゃんより明らかに発達が良く、職員を驚かせた。試みはその後、全国に普及した。
私はかつて英国の小規模施設で働いていた。子ども6人を3人の職員が交代で担当し、質の高いケアを提供していた。ある日、入居する少女が自分の身に起きたひどい体験を話してくれた。彼女はトラウマに苦しんでいたが、私はシフトが終われば家に帰り、翌日は別の職員がシフトに入る。彼女に一貫性のある愛情を与えることは誰にもできない。私たちは最良のケアを提供しようと必死だったが、家族の代わりにはなれなかった。
施設の多くは地域社会から隔離され、子どもたちは施設を巣立つ時、バスの切符も買えず、お金の管理や自炊もできない。周囲の支援が乏しい中、必死で仕事を探す。困っても、施設には戻りにくい。職員はいまいる子たちの世話で手いっぱいだからだ。施設を出た子たちは愛情に飢え、虐待や性的搾取の対象になりやすい。
私たちが進める「脱施設化」は、子どもや家庭に関わるサービスを施設から地域へ移行し、困難な家庭を支える態勢を整えることだ。最も重要なのは人的資源の移行だ。施設で働く優秀な人材を再訓練し、知識や経験豊かな里親や家庭支援員、教員や看護師として地域サービスの提供者になってもらう。施設の所長や職員は脱施設化を共に進めるパートナーだ。
東欧では施設から家庭養護に移行することで児童養護にかかる政策費用が大幅に減った。ただ、これはあくまでも結果論だ。政策の目的は予算削減ではなく、浮いた予算を地域サービスに再投資し、より多くの子どもたちに手を差し伸べることにある。
1968年、英マンチェスター生まれ。93年からルーマニアで母子支援サービスの確立に関わり、2000~03年は政府参与として「脱施設化」を指導。複数の支援団体で働き、23カ国で脱施設化に関わる。2011年から現職。