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米大リーグ、進化するGM 経験より分析、若手・高学歴に

Insight 世界のスポーツ 更新日: 公開日:
ダルビッシュ(中央)の入団会見で笑顔を見せるダニエルズ(右) photo: Sakana Nobuyuki


GM――。企業なら事業部長などにあたるゼネラルマネジャーは、野球の世界では人事権を握る球団編成の責任者だ。その実像を、GM発祥の地とされる米大リーグで探った。
(スポーツ部 渡辺崇、取材協力 ニューヨーク支局 石黒かおる、Morgan Glennon)


「25歳の新たな挑戦。ワクワクするね」。青空と太陽がまぶしいレンジャーズのキャンプ「地アリゾナ州サプライズ。GMのジョン・ダニエルズ(34)がダルビッシュ有への期待を語った。

ダルビッシュ(中央)の入団会見で笑顔を見せるダニエルズ(右) photo: Sakana Nobuyuki

ダニエルズがレンジャーズのGMに就任したのは2005年秋。28歳41日は大リーグ史上最年少だった。長く低迷したチームを10、11年と2年連続でワールドシリーズ(WS)に導き、今年は日本球界のエースを獲得。今、最も注目を集めるGMの一人だ。

5年計画のダルビッシュ獲得

本格的な野球経験はリトルリーグまで。実績の乏しさを、名門コーネル大で応用経済学・マネジメント学を修めた頭脳でカバーし、GMに駆け上った。

「ハードワーカー。夜中まで働くのもいとわない」と副社長兼広報部長のジョン・ブレーク(56)。地元紙ダラス・モーニングニュースでレンジャーズ取材歴16年の記者エバン・グラント(46)は「彼はミスを恐れず前に突き進む。特に優れているのが、長期的な視点で物事を考えられる点だ」。それが最も発揮されたのが、昨冬のダルビッシュ獲得劇だった。

07年からの5年計画の結晶だったという。レッドソックスの松坂大輔(31)らの不振で日本人の評価は下がっている。当初は入札に懐疑的だったオーナー陣をどう説得するかが最大の難関だった。「我々がいかに緻密(ちみつ)なスカウティングをしてきたかを、全てぶつけた」

マリナーズでイチロー獲得に携わったジム・コルボーンを極東担当に迎え、日本市場の調査を本格化した。10年に広島からコルビー・ルイス(32)、11年に日本ハムからダルビッシュの同僚の建山義紀(36)が入団。両投手がリーグ連覇に貢献したことがダルビッシュ獲得の根拠になり、総額約1億1000万ドル(約90億円)の拠出につながった。共同オーナーの一人は米メディアに「刺激的なプレゼンで、考えが180度変わった」と語っている。

キャンプ中のダニエルズはせわしなかった。グラウンドで監督・コーチらを回り、情報収集を怠らない。合間を縫うように携帯電話で話し込んでいた。労働時間は週平均100時間を下らないという。

そのエネルギーの源は何か? 答えはシンプルだった。「レンジャーズを毎年世界一にしたい」。情熱と知性を合わせ持つ若きGMが最先端を走っている。

代理人とタフな交渉

1998年からGMとしてヤンキースを支えるキャッシュマン(右) photo: Sakana Nobuyuki

GMは、マイナーも含めて球団傘下に約200人いる選手や監督らに目を配り、トレード交渉もこなす。ヤンキースGMのブライアン・キャッシュマン(44)の場合、監督をすぐクビにする故スタインブレナーのような、強烈なオーナーとやりあってきた。

GMの仕事と求められる資質は、時とともに変化している。1989年以降でみると、選手経験者が減り、高学歴化、若年化しているのが特徴だ(下の表参照)。

「昔より仕事は複雑だ」とダニエルズ。GMという肩書は20世紀前半にはあったとされる。ただ、主な役割は選手の発掘と育成で、契約交渉も難しくなかった。しかし、1970年代のFA制度導入などを機に選手と球団の間にビジネスにたけた代理人が入り、交渉が複雑化した。

数字で見る大リーグのGM

経営に疎いGMではスコット・ボラス(松坂の代理人)ら剛腕代理人との交渉は難しい。レイズのGMアンドリュー・フリードマン(35)のようにウォール街からの転身者が出てきたのもその流れだ。

米スポーツビジネスに詳しい弁護士のクリス・デュバートは「ここ30年で米プロスポーツの市場規模は劇的に成長した。GMは金融、法律にも精通する必要がある」と指摘する。要件を満たせば性別も不問だ。「候補」にあたるGM補佐を務める女性が2球団にいる。

IT化で扱うデータが膨大になったことも一因だ。例えば「セイバーメトリクス」。アスレチックスGMのビリー・ビーン(50)を主人公にした映画「マネーボール」で紹介された、野球の統計理論だ。70年代に提唱され、打率より出塁率や長打率を重視する。盗塁や送りバントはアウトになりやすいから良策ではない。従来の価値観の否定につながるために黙殺され続けた理論だが、メジャー屈指の貧乏球団のビーンはこれにすがった。

「資金がないチームをどう強くするか考えた末の結論」。高卒のビーンはハーバード大卒の人材をGM補佐につけた。旧来の手法で選手を評価するスカウトを無視し、欠点は多いが選球眼は非常にいいなど、理論に見合う低年俸選手を次々に獲得。2000年代に入ってチームを地区優勝争いの常連に押し上げた。

「分析力の差が勝敗を分ける時代」とビーン。彼の成功を機に、統計・分析にたけたGMが本格的に台頭してきた。

昨季までレッドソックスのGMだったセオ・エプスタイン(38)はその申し子的存在だ。エール大卒。04年にレッドソックスを86年ぶりのワールドシリーズ制覇に導き、07年も再び世界一に。今季はカブスに球団運営の最高責任者として引き抜かれた。「1908年以来の世界一」という使命を背負ったエプスタインは「ファンの『早く』という声が聞こえる」と気を引き締める。総額1500万ドル(約12億円)の5年契約という。

日本は平均59歳

大リーグのGMは選手同様、数年単位で球団と契約している。年俸はおおむね50万~200万ドル(約4000万~1億6000万円)と高額だが、不振が続けば解雇される。その点、日本のプロ野球のGMの立場は大リーグとは大きく違う。良くも悪くもサラリーマンだ。

今季、「GM」ポストを持つのは巨人、日本ハム、DeNA。「編成部長」「球団本部長」などと呼ばれる他球団の編成責任者を含め、大リーグと同じ契約関係はDeNAの高田繁(66)だけだ。

巨人の場合、内紛が元で退団した前GM清武英利(61)の後を継いだ原沢敦(56)も読売新聞の出身。球団代表を兼ね、役割はあいまいだ。清武がコーチ人事案を会長の渡辺恒雄(85)に覆されたと訴えたように、本来はGMが持つ編成権が誰にあるのかが不鮮明だ。

12球団の編成責任者は平均59歳。大リーグより10歳以上高い。帝京大教授(スポーツ経営学)の大坪正則は「GMができる人材がいないから、『とりあえずみんなで』という形になる。野球が分かってきた頃に『はい交代』では人材が育ちようもない」と指摘する。