——米中関係を考えるとき、なぜ「ツキジデスのわな」が重要なのですか。
「ツキジデスのわな」とは、台頭する国が支配的な国に取って代わる恐れがあるときに起きる危険な力学です。これは、いまの米中関係の理解に最適なレンズです。
古代ギリシャで、アテネのような新興国がスパルタのような支配的な国に影響を与えたとき、あるいは第一次世界大戦前の台頭するドイツと支配的な勢力だった英国、あるいは今日のように台頭する中国が米国の地位に挑戦しようとするとき、良からぬことが起きるのが一般的なのです。
私は著書「米中戦争前夜」(ダイヤモンド社)で、過去500年をさかのぼって調査しました。その結果、このような状況は16回あり、うち12回は戦争となり、4回は戦争を回避しています。従って、米中戦争は不可避というのは正しくありません。ただ、戦争を避けられる確率はあまり高くはないとは言えるでしょう。
私が昨年末に北京を訪れたときに、中国軍の若い軍人が「中国も米国も戦争は望んでいないのだから、戦争は起こるはずがない」と言いました。しかし事実は、(第1次世界大戦前の)英国もドイツも戦争を望んでいなかったし、アテネもスパルタも戦争は望まなかった。しかし戦争は起きたのです。
――中国は世界で最も強大な国になると思いますか。
このまま行けば中国は米国よりも経済力が大きい国になるだけでなく、軍事力でも米国に挑戦することができるようになります。米国は、自分たちと同じくらい強大な競争相手がいる世界で、どうやって生きていくのかを見いださなくてはならない。その答えが中国との戦争かといえば、答えはノーでしょう。中国との戦争は中国、日本、そして米国にとっても壊滅的な結果になります。
では、どうするか。こういう戦略をとれば問題は解決できるという簡単な解決策は誰も思いつかないでしょう。これは「解決策」があるような問題ではないのです。何世代にもわたって対処する必要がある、長期間続く状態なのです。私たちはいま、想像力を豊かにし、(新しい状況に)適応する必要がある、新しい時代に入ろうとしているのです。
――中国は既存の秩序を受け入れず、独自の秩序をつくろうとするのではないか、と分析していますね。
元シンガポール首相のリー・クアンユーはかつて「米国が中国に対して、米国主導の世界秩序の中で日本やドイツのような道を歩むべきだと求めても、中国は西側の名誉会員にはなろうとしないだろう」と言いました。中国は予見しうる将来において、世界的な覇権を求めて米国に対抗したいのでしょうか。そうは思いません。では、アジアにおいて支配的な勢力となりたいのでしょうか。たとえば南シナ海や東シナ海では、そうなりたいのだと考えます。
――米国はアジアでナンバー2になることを受け入れられるでしょうか。
難しい問題です。米国や、米国が過去70年間に築いてきた国際秩序に対して中国の台頭が与える影響は、今後25年間で最も大きな地政学的な挑戦になるでしょう。米国から見れば、自分たちと同じか、さらに強大な国が存在する状況は初めてのことです。これに適応することは、極めて困難で痛みを伴うものです。だからこそツキジデスはこうした状況が悪い結果につながることを説いたわけです。ただ私は、我々が現実を見据えて、適応のために想像力を働かせられることを望んでいます。たとえば日米同盟を強化することが考えられるでしょうし、いま浮上している「インド太平洋」という考え方も理解できるものです。
――トランプ政権の外交政策についてはどうみていますか。
指摘すべき点がいくつかあります。一つは、トランプは非常に普通ではない大統領ということです。私が見てきただけでなく、研究してきた中でも最も型破りな大統領でしょう。彼は政府で働いた経験がなく、国際問題でも経験がありませんし、あまり国際問題の知識もありません。その意味では、トランプ大統領は予測不能であり不確実性があるといえます。
第二点は、トランプ大統領は学ばなければならないことがたくさんあり、一期目はワシントンがどのように機能しているか、官僚機構がどのように動いているかを急いで学んでいるところです。第三は、トランプ氏は非常に優れた安全保障チームのメンバーを任命したということです。
次に、米国政治と米国政府が機能不全に陥っている点です。トランプ政権が登場する前からうまくいっていなかった問題です。今後米国政治と米国政府が自らを改革し、再生させられるかどうかが、大きな問題となります。
――米中関係の文脈で考えるとき、米国にとって日本と同盟関係にあることの利益とリスクは何でしょうか。
中国の台頭に対処するにあたって、二つの国が協力することは米国にとっても日本にとっても大きな利点です。一方で、この状況における米国にとってのリスクは尖閣諸島でしょう。尖閣諸島を巡って日中が戦争になれば、米国は望まない戦争に引きずり込まれる恐れがあります。同盟というものは両方向に働きうるものです。一方では、同盟国を持つことは自国を強く見せられます。しかし、相手の利益と自国の利益がいつも一緒とは限らないのです。
――北朝鮮情勢について、米中が協力して問題解決に乗り出すことは考えられますか。
米中が一緒になって金正恩に「これ以上はやめなさい」と言えば、長距離弾道ミサイルの発射実験や核実験の一時停止は可能でしょう。代わりにこれ以上の在韓米軍の兵力増強や制裁強化はしないことになるかもしれませんが。
北朝鮮が(要求を)受け入れなければ、米中が協力して行動を起こすとなれば、何らかの解決策は見つけられるかもしれません。しかし残念ながら、北朝鮮の問題も、「ツキジデスの罠」の力学の中にあります。米中両国は北朝鮮の問題解決のためにこうした話し合いをできる関係にはありません。
――あなたはキューバ危機を分析した著書「決定の本質」でも知られています。現在の朝鮮半島情勢において軍事衝突の可能性をどう見ていますか。
深刻なリスクがあります。金正恩が長距離弾道ミサイル実験をして米国を攻撃する能力を持つか、それともトランプがこれを防ぐために攻撃をするか、あるいは何らかの取引か。来年の今ごろまでにはわかるでしょう。
トランプが北朝鮮を攻撃すれば、第2次朝鮮戦争となり、中国や日本を引きずり込むリスクを冒すことになる。米政府内の多くは正気の沙汰ではないと思うでしょうが、トランプが北朝鮮を攻撃する確率は20%から25%はあると思います。
グレアム・アリソン Graham Allison
1940年生まれ。政治学者。クリントン政権で国防次官補を務めるなど、歴代政権の安全保障政策に関与・助言をしてきた。過去の覇権争いを元に米中関係を分析した「米中戦争前夜」(ダイヤモンド社、原題はDestined for War)を昨年出版。
(聞き手・大島隆)