『ポルト』はその名の通り、ポルトガル第2の都市ポルトが舞台。恵まれた家庭に育ちながら、折り合いが悪い家族と離れてひとり暮らす米国人青年ジェイク(故アントン・イェルチン)は、愛犬と心通わせつつ、臨時雇いの仕事を転々とする日々。ある日、考古学を学ぶ年上のフランス人留学生マティ(ルシー・ルーカス、31)とカフェで出会う。マティは年上の恋人、ポルトガル人教授ジョアン(パウロ・カラトレ)に求婚されていたが、自由を求める気持ちも強く、異国の「よそ者」同士、意気投合して一夜の関係を結ぶ。ジェイクは翌日、ジョアンと一緒のマティと鉢合わせになり気まずくなるが、彼女を忘れられないジェイクはしつこくつきまとう。突き放すマティだが、変化が訪れる。
製作総指揮はジム・ジャームッシュ監督(64)。カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(1984年)や、永瀬正敏(51)と工藤夕貴(46)の出演でも話題になった『ミステリー・トレイン』(1989年)などで一世を風靡し、日本では先月『パターソン』(2016年)が公開されたばかりのインディペンデント映画の旗手だ。彼は初のフィクション映画を撮ったクリンガー監督に、「やりたいようにやらせてくれた。彼は何も干渉しないタイプで、脚本や編集を批評することもなかった」そうだ。
クリンガー監督はブラジル人だが、6歳で米国に移住。パリやバルセロナなど欧州にも住んだことがあるが、基本的にはシカゴを長らく拠点としている。いわばジェイクやマティ同様、「よそ者」の視点を持ち続けてきた。「『よそ者』には共感するよ。言葉も文化もわからない異国でつながりを求めようとする感覚は、我がことのように感じる。ジェイクとマティはまさに、孤独から逃れようとし、なじみのない文化でよそ者でいる状況から脱しようとしているんだ」
「よそ者」の視点は、ジェイクを演じたアントンも幼い頃から意識してきたことだろう。彼は旧ソ連レニングラード(現ロシア・サンクトペテルブルク)出身。両親はかつて、フィギュアスケートの人気ペア選手として1972年の札幌冬季五輪への出場も目されていたが、当局によって出場への道を閉ざされたと伝えられる。イェルチンはその理由について、米メディア「デイリー・ビースト」のインタビューに「ユダヤ人だからなのか、ソ連国家保安委員会(KGB)が出国させたがらなかったということなのか」と語っているが、ともかく両親は後年、生後約半年のアントンを連れて米国に亡命した。
クリンガー監督は言う。 「アントンの両親は米国に移っていきなり、旧ソ連ではなかなかアクセスできなかった映画や音楽などに触れた。米国で育ったアントンに両親は、この世界にいられてラッキーなのだという感じをもたせたことと思う」
そんなアントンのアイデアは、今作に多く取り入れられた。アントンが今作の公開を待たず、27歳の若さで事故死したのはとても残念だ。
それにしてもクリンガー監督、初のフィクション映画監督作を恋愛モノにしたのはなぜ? 米国をはじめ、ラブコメも含めた恋愛直球の映画はこのところ激減しているのに。
「確かに、最近はそうした映画があまりない。近頃はテクノロジーとどうやって向き合うかや、現代世界といかに通じ合えるかについての作品が多く、恋愛に直接的に取り組んだものは少ない。恋愛要素を取り込むにしても、ちょっと距離をおいてコミカルに描いていたりする。でもそれってひどい話で、だから若い人たちは恋愛にシニカルになっている」
米国の若者は「恋愛に興味を失っている」とクリンガー監督はみる。「若い人たちはソーシャルメディアでいろんな人と出会い、いろんな人とデートしている。そうしていろんな人と関係は持っているけれど、必ずしも愛ではない。恋愛のあり方も変わっている。僕が大人になろうとした時期とも、非常に違ったものになっている」
私の印象では、米国人って「ガールフレンド」「ボーイフレンド」は割と常にいて、その相手もよく変わるし、他の相手とも気軽に食事に行く。日本からみると軽い感じも受けかねないが、逆にいえば、"I love you”と言うようになったり、揺るぎない「committed relationship」に至ったりするまでかなり見極める。つき合うとすぐに「愛してる」なんて言いがちな人もいる日本とは違うなあ、それでもめる日米カップルもいるよなあ、と個人的には感じてきた。そんな米国で、35歳のクリンガー監督が嘆くほどに、まじめに恋愛する、あるいは恋愛自体に関心のある若者が減っているとしたら、どういうことなのだろう。
「今の世界は問題だらけ。だから若い人たちは、誰かとつき合ったりすることが面倒だと感じているのだろう。そうして恋愛に興味を失っている」。クリンガー監督は分析した。
だとすると、例えばリアルではない対象との「疑似恋愛」が日本で盛んになったりする背景とも似ていそうだ。クリンガー監督は言う。「だからこそ、今作では恋愛にまじめに取り組んだ。ジェイクとマティは関係を持ったけど、愛にまで至ったかどうかはわからない。これは愛だと感じているかもしれないけれど、そうではないかもしれない」。それが伝わってか、米国で今年3月に映画や音楽の祭典「サウス・バイ・サウスウエスト」で上映すると、特に若い人が関心を寄せたそうだ。
今作は当初、アテネでの撮影を計画していたが、ギリシャの財政危機で断念、ポルトに変更した。米国を拠点とする監督があくまで欧州での撮影にこだわったのはなぜだろう。「すばらしい恋愛物語はすべて欧州発だから、というのが理由だけど、同時に欧州には、若手の映画製作者に可能性を広げる助成金システムがある。アーティストを見いだすために国ができる、最も大事なことだよね。若手は民間資金を得るのが難しいのだから」
そのうえで、足元の米国に釘を刺した。「今の米国はその意味ではとても難しい国だ。米政府はアーティストを見いだそうなんて思っていない、ビジネスマンや、ただ産業を大きくして国を豊かにする人々を求めている。文化面で豊かにする人については考えていない。トランプ米大統領はアーティストのための予算を削りたがっているが、大きな誤りだ。アーティストのための予算は米国でもともと小さいが、それでいてさらに軍事費に大きく費やすのはばかげているよね。アートなしで、人は生きられないのだから」