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あの日の新宿から10年 英国一家、日本を愛す

マイケル・ブースの世界を食べる 更新日: 公開日:
Photo:Toyama Toshiki

みなさん、おめでとうございます。私たちは今年、ともに記念すべき10周年を迎えます。このコラムの読者と筆者として、ということじゃありません(あくまでもそう見えるだけです)。若かりし私たち一家がみなさん方の偉大なる国、日本を初めて訪れたのが、かれこれ10年前なのです。ありがたいことにこの10年、日本のあらゆるものに対する憧れは増すばかりでした(ただし納豆は別……。あの味だけは一生わからないでしょうが)。

さかのぼれば当時、私たち(少なくとも私自身)は本を書くためにやってきた。妻と息子たちは単に冒険気分だったことだろう。北海道から沖縄まで、日本を端から端まで旅してきたが、その中で目を見張るような体験にいくつも出くわしてきた。力士とランチをしたり、震える手で巨大なカニをつかんだり、SMAPと対面したり。懐石料理を味わったのも初めてだったし、沖縄・大宜味村では元気に長生きしている人たちから100年生きる秘訣も教わった。

しかしその何年後かには、それだけではまだ足りないとでもいうように、不思議な事態が起きた。私の著書の一冊、『英国一家、日本を食べる』が日本語に翻訳され、ベストセラーとなったのだ。さらにおかしなことに、NHKの連続アニメにまでなり、そして発行から10年経った今月、同作としては初めてノーカットの完全版として出版されることになった。ずいぶん前から、そうなればいいなと願い続けてきたことだ。

10年前、日本料理は危機的な状況にあると聞いていた。若者は厨房に入る仕事を選びたがらず、すしや天ぷら、懐石料理をつくるための技術を何年もかけて学ぶほどの忍耐力もない。その間に日本の食生活は、糖質と脂肪たっぷりのハンバーガーやピザ、パスタといった欧米流の手軽なファストフードを求めるようになっていた。伝統的な日本食の、繊細であいまいな味わいをさしおいて。おそらく、当時の私は自分に言い聞かせていたことだろう。この旅が、各地に根付いた本当の日本を味わう「ラストチャンス」になるだろうと。

日本をめぐって見えたもの

そして10年がたち、私は新しい本のために、家族とともに日本をめぐる旅をもう一度した。3月にはその日本語版も出版される。それにしても、日本料理の絶滅が迫っているというあの警告が現実のものにならなくてよかった。確かにハンバーガーやピザの店はこれまでで一番多いかもしれないが、九州でも四国でも、長野でも大阪でも北海道の端であっても、日本食の現場はこれまでになく勢いがあるということを、行く先々で私は見てきた。

実にたくさんの若者たちが、一世代前の料理人と同じように見事な料理を作っている。すばらしい食材を育て、最大限の愛とリスペクトをもって消費者に届けることに打ち込んでいるのだ。そこには、過去に敬意を表すというよりも彼らなりのやり方で、ひたすら熱心に勤勉に、鍛錬を重ねる若者の姿があった。

「みなさん方の偉大なる国」。今回のコラムの冒頭で私はそう書いた。近ごろは、ホワイトハウスに暮らす、やたら血色のいいおしゃべりおじさんのおかげで、こういう言い回しは空っぽで無意味に感じられてしまうが、あくまでも本心である。日本はクレイジーな扇動家に「再び偉大に」してもらうまでもないし、イギリスのようにわざわざ「偉大」を名乗る必要もない(「グレート・ブリテン」は自分を大きく見せるためというわけでなく地理的な呼び方だが、多くのブレグジット派たちは誤解し続けている)。日本はそのままで、じゅうぶん偉大だ。自信が持てるような言葉が何か必要なら、若かりし頃のあの一家にちょっと聞いてみればいい。2008年のある美しい夏の夜、驚きと恍惚に目をぱちくりさせながら東京メトロ新宿駅に降り立ち、日本に恋に落ちたあの一家に。(訳・菴原みなと)