厳寒の街に咲いたヒップホップ 吟遊詩人の系譜を継ぐモンゴルのラッパーたち
気温は零下10度。ウランバートルの中心部に人影はない。2025年11月下旬、土曜になったばかりの午前1時。しかし、タクシーがソウルストリートと呼ばれる繁華街に近づくと、ちょっとした渋滞が起きていた。車を降りると、重低音を利かせた音楽が響いてくる。昼間に積もった雪で滑らないよう慎重に雑居ビルの玄関まで足を運び、エレベーターで最上階の「チョコ・メトロポリス・クラブ」へ。エレベーターの扉が開くと、むっとした熱気とまばゆいライト、大音量の音楽に包まれた。
DJブースのあるフロアでは、分厚いコートを預けて、Tシャツやパーカ姿になった若者たちがドリンク片手に体を揺らしていた。午前2時過ぎ、ラッパーたちがステージに姿を見せた。ストレートヘアにサングラスをかけた女性がマイクを握ると、ひときわ高い歓声が上がった。まだ若いが、落ち着いた様子で手を挙げる。一呼吸置き、透明感のある声が小気味よいリズムを刻んでいく。フロアの目が、スモークをまとった彼女の小さな体に集まった。
モンゴルに来たのは、ある本に導かれたからだ。2024年に大阪府吹田市の国立民族学博物館(みんぱく)で開かれた特別展を解説した『吟遊詩人の世界』。古代から中世にかけて各地を渡り歩き、人々に詩歌を歌い聞かせた吟遊詩人の「末裔(まつえい)」として、モンゴルのラッパーが紹介されていた。
遊牧民、チンギス・ハーン、モンゴル相撲、あとは絵本『スーホの白い馬』。貧困と言われたらそれまでだが、モンゴルのイメージはそのくらいだったから驚いた。ここにもラッパーがいるのか。
ソ連に次いで2番目に社会主義国になったモンゴルは、1990年代に民主化と自由経済にかじを切った。アメリカを始めとする西側文化が流入。その中にあった小さな種の一つ、ヒップホップが根付き、鮮やかに花を咲かせた。国立民族学博物館教授で『ヒップホップ・モンゴリア』の著者、島村一平さん(56)は背景に、遊牧民の豊かな口承文化と、資本主義導入で生じた格差を挙げる。
ラップの生命線は詞にある。中でも言葉の音をうまくそろえて「韻を踏む」ことで独特のリズムと印象を生む。島村さんによれば、モンゴルの詩や言葉遊びには、この「韻踏み文化」があふれている。「遊牧生活で本は荷物になるので、書き言葉より話し言葉、つまり口承文化が発展した。吟遊詩人たちも、時には数日にも及ぶ長い物語を覚えるため、韻や語呂合わせを多用した」
格差の名残は、高層マンションや高級ブランドショップが並ぶウランバートルにある。人口流入が著しい首都には約350万人の国民の半数が住む。かつて地方から来た人たちは、遊牧民が使うテント型住居「ゲル」に落ち着いた。急増する人口に住宅供給は追いつかず、安価で手軽に組み立てられ、住み慣れた空間が好まれたという。中心部を少し離れた丘の中腹には、今もゲルが並ぶ。
時が経ち、比較的裕福な人も住むようになったが、これら「ゲル地区」は、狭い道路が入り組み、電気は通っていても上下水道は未整備の場所も多い。冬に暖をとる石炭ストーブの煙は、世界最悪レベルとも言われる大気汚染の一因とされる。実際、高層ビルが並ぶ側から見ると、ゲル地区があるはずの場所は、灰色にかすんで見えなかった。
このゲル地区から、多くのラッパーが輩出した。格差を前に無策の政府や腐敗した国会議員を鋭く「口撃」する曲が生まれ、若者を魅了した。人口350万人の国で、1000万回超の動画再生回数をたたき出すケースも。島村さんは「ラップは『持たざる者の最強の武器』になった」と言う。
ウランバートルのクラブで印象的なステージを終えたばかりの女性ラッパー、BLU(ブルー)に話を聞いた。2024年にデビューしたばかりの23歳だが、モンゴルのヒップホップ・シーンで「帝王」とも呼ばれるラッパー、Big Gee(ビッグ・ジー)と共演するなど、注目を集める存在だ。
どうして、モンゴルでこんなにもヒップホップが愛されているのだろうか。
BLUは「アメリカでも、モンゴルでも、苦しい生活を送っている人々が、自分の中にたまった思いを表す手段だからではないでしょうか。情熱を出す、魂を表現する、素晴らしい方法だと思う。ヒップホップの歴史をつくってきてくれた世界とモンゴルの先輩ラッパーたちを尊敬しています」と答えた。
BLUはモンゴル語と流暢(りゅうちょう)な英語を交えて歌う。若者に人気の彼女の代表曲『Cruisin'』は、こんな歌詞だ。
「♪冷たい風を切りながら道をゆっくり走った/頬をなでる まるで母さんの手みたいに/私は穏やか 私はチルだ/私には味方も仲間も揃っている/問題なんて私の横をすれ違っていくだけ/道をゆっくり走っていれば/頭が軽くなる」
別の日、男性ラッパーにもヒップホップの魅力を尋ねた。
「何を歌っても自由。曲の長さも自由。音楽をあまり知らない子どもでも始められる」。30歳のThunderZ(タンデルZ)はそう語った。YouTubeで公開する曲の多くが数百万回再生されている中堅ラッパーだ。
ロシアとの国境近くの村で生まれ、5歳ごろにゲル地区に移った。小さな頃からモンゴル語のヒップホップは身近な存在だった。やがて海外のラッパーにも興味が広がり、特にアメリカのエミネムが大のお気に入りになった。「最初格好良いと思ったのはファッションだった。きちんと聴くようになると、音楽としてもひかれるようになった。実際の生活に近いことを歌っていたからだと思う。1人で過ごすのが好きな子どもだったから、暗いストリートを歩いて家に帰るときに聴いていると、気分にピッタリ合っていた」と笑った。
身長192センチの恵まれた体格で、モンゴル相撲の力士を目指した時期もあったが、もともと詩を書くのが好きな少年だった。友人らと即興のラップの腕前を競うようになり、テレビのオーディション番組で優勝。大学を卒業して一度はソフトウェアエンジニアとして働き始めたが、「一番ワクワクできるのは何か」と立ち止まり、音楽で生きる道を選んだ。
2022年リリースの『暗闇』は、ゲル地区の暮らしを振り返った曲だ。
「♪兄貴たちは冬にサンダル履いていても/ストリートの寒さを気にしない/他人の家の塀を乗り越えて 渡り歩いて遊んだ/遊び道具なんて何もなかったから/もし生活が少しでもマシだったなら/子どもたちは大人になりたがらなかったはずだ/暗闇には入らない/入ったらもう出られないから(中略)俺の通りは暗闇/俺の服はボロボロ/ヒップホップのダボパン履いて/中の脚は細い/家事は得意じゃない/外をうろつくのが得意/やるべき時は素早くて/帽子を斜めにかぶる/暗闇の中でイヤホンをつけヒップホップ音楽だけが味方だった」
「自分の経験を書いた。100%実体験」とタンデル。しかし、その表情に暗さはない。「あの頃は、ほとんどの人がゲル地区に住んだ経験があったからね」。誰もが貧しさの近くにいた当時より、経済成長を遂げた現在の方が、物価の高騰や大気汚染などの問題は大きくなっているという。
「自分たちにとって、本当に価値あるものは何かを考えるようになった。外のものにあこがれるのではなく、大切にすべきもの、守るべきものは何なのかを意識し始めた」。恋愛など様々なテーマで歌ってきたタンデルは今、地方の少数民族を訪ねて、曲を発表するプロジェクトを進める。プロジェクト名は「空」。「モンゴル人にとって、青空はとても大切なものだから」
プロジェクトの1曲はこんな歌詞だった。
「♪俺たちはただ見ているだけじゃない/ぶつかって片づける 問題を/俺の命は強くて丈夫だ/なぜなら俺の口は堅い/頂点に立つのは/今の俺には遠いことじゃない」
ニューヨークの黒人やヒスパニックの若者たちのパーティーから始まったストリートカルチャーの総称。次の4要素からなる。
❶音楽を流す人(DJ)
❷言葉で盛り上げる司会(MC)
❸フロアでのダンスバトル(ブレイクダンス=ブレイキン)
❹スプレーなどによる落書き(グラフィティ)
❶と❷が融合して音楽ジャンルに。ラップはビートに乗せて「語る」ように表現する歌唱法。音楽ジャンルとして「ラップ・ミュージック」も使われる。