「女子アナ」じゃないアメリカの女性キャスターたち しれつな競争勝ち抜く強さと実力

「大人の女性を見下した口調で『ディア』と呼ぶなど、 私の番組ではしないでください」
(Please do not address a grown woman as 'dear' in a condescending tone at my table.)
CNNの政治キャスター、アビー・フィリップが、自身の番組で男性ゲストに向かって発した言葉だ。
昨年11月、大統領選の直後にドナルド・トランプは当時、下院議員だったマット・ゲーツを司法長官候補に指名した。ゲーツは薬物乱用と未成年売春容疑により当局の捜査対象になっていた人物であり、世論はゲーツが司法長官に適任か否かで大きくもめていた。
フィリップは平日夜22~23時にオンエアされている自身の番組『ニュースナイト with アビー・フィリップ』に複数のゲストコメンテーターを招き、ゲーツ指名の是非についてパネルディスカッションを行っていた。討論が過熱する中、ゲーツ指命に反対する女性ゲストに向かって賛成派の男性ゲストが「ディア、いいかい?」と言った。
女性ゲストは反射的に「ディア?何ですって?ミソジニー(女性嫌悪)をどうも」と皮肉で返した。ここでフィリップが両者を遮り、冷静な、しかしキッパリとした口調で男性ゲストをたしなめたのだった。
「ディア」は配偶者や恋人、もしくは自分の娘などへの愛情を込めた呼びかけだ。かつては男性上司が女性の部下に使うこともあったが近年はタブーとなっている。(ゲーツは後に指名を辞退した)
Bruce LeVell just called Julie Roginsky "dear".
— Blue Georgia (@BlueATLGeorgia) November 21, 2024
Abby Phillip: "Do not address a grown woman as 'dear' in a condescending tone at my table." pic.twitter.com/aWDcVbJ3xm
アメリカのケーブル・チャンネルには24時間ニュースのみを伝える報道専門局がいくつもある。今回はその中からもっとも視聴率の高いFox News(保守系)、MSNBC(リベラル)、CNN(中道。実際には左寄り)の3局におけるメインの女性キャスターを紹介する。
テレビチャンネルの視聴率ランキングを見ると、昨年末の時点では4大ネットワーク局と呼ばれるCBS、NBC、ABC、Fox が上位を占めている。それに続く5位がケーブル局のFox Newsだ。 11月の大統領選でトランプ(共和党)が返り咲いたことから急激に視聴率を上げたのだ。同じくケーブル局のMSNBCは7位、CNNは15位にとどまった。
Fox NewsとMSNBC、CNNの3局とも一日を通じての番組編成は共通している。
平日は午前5時から男女のキャスターによる朝のニュース番組が始まる。昼頃から単独キャスターによる1時間番組、または男女のキャスターによる2、3時間番組が続き、ニューヨークを含む東海岸時間の20~23時のプライムタイム(日本のゴールデンタイムに相当)には各局、人気と実力があり、視聴率を稼げる看板キャスターを配する。真夜中から早朝5時まではプライムタイム番組の再放送となる。
しかし、自身の名を冠する番組を持つキャスターの男女比は局によって異なる。
MSNBCのプライムタイムには、現在のリベラル・テレビジャーナリスト界を代表するレイチェル・マドウ(21時~The Rachel Maddow Show)が君臨している。
綿密なリサーチと、自身の明確な意見を発することで知られるマドウは、MSNBCのスーパースターだ。カリフォルニア州出身のマドウは英国オックスフォード大学院にて政治学の博士号を取得。ラジオ局を経て2008年よりMSNBCに。以後、絶大な人気と信頼を得ている。メジャー局のプライムタイム・キャスターとしては初のオープンリー・レズビアンでもある。
そんなマドウですらMSNBCの予算カットから契約金削減の対象となった。昨年末に新たに結んだ5年契約では、これまでの3000万ドル(約44億8000万円)から2500万ドル(約37億3000万年)への減俸となったのだった。逆に言えば、アメリカのトップレベルのテレビ・ジャーナリストは、これほどの大金を稼ぐのである。
なお、マドウは他のプロジェクトのためにMSNBCの番組出演を週1回に減らしていたが、トランプの2度目の当選を受け、「就任から100日」限定で平日週5回のシフトに戻っている。混乱の社会情勢を鑑み、局がマドウの訴求力を信頼してのことだ。
同じくMSNBCにはジョイ・リード(19時~The ReidOut)がいる。プライムタイム・キャスターの中では数少ない黒人女性だ。(2025年2月24日に降板。この記事後半の【追記】参照)
リードはハーバード大学を卒業後、いったんテレビ局に勤務するもイラク戦争と当時のブッシュ大統領に抗議するための社会活動に転向。オバマ大統領第1期の大統領選キャンペーンにかかわり、かつネットメディアや新聞に寄稿。2014年よりMSNBCに。
アメリカ政治の主流ニュースを、黒人識者をゲストにマイノリティーの視点から読み解く貴重な存在ながら、右派からは「人種問題に偏り過ぎる」と批判もされていた。また、2020年に自身の番組『The ReidOut』開始後は、厳しいトランプ批判を続けていた。
CNNのプライムタイムは経済に強いエリン・バーネット(19時~Erin Burnett OutFront)、唯一の男性アンダーソン・クーパー(20時~Anderson Cooper 360)、若手ながらCNNのホワイトハウス主任特派員でもあるケイトリン・コリンズ(21時~The Source with Kaitlan Collins)、先のアビー・フィリップ(22時~News Night With Abby Phillip)と、女性が大勢を占める。
エリン・バーネットは投資銀行アナリストとしてCNNに経済記事を提供することから始め、その後もシティグループやブルームバーグにて経済報道を行っていた。2011年にCNNに移籍し、当初から自身の看板番組『エリン・バーネット・アウトフロント』を開始。鋭い切り込みと地に足の着いた的確な報道スタイルを持ち、同番組は現在14年目の長寿番組となっている。
現在32歳のケイトリン・コリンズは、大学卒業からわずか数年でCNNを代表するキャスターの一人となった。
卒業直後に右派メディアのThe Daily Callerの一員となり、同メディアのホワイトハウス特派員としてトランプの大統領第1期を報道。2017年にCNNに引き抜かれ、CNNでもホワイトハウス特派員として活躍。同時にヒラリー・クリントン、ベンヤミン・ネタニヤフ(イスラエル首相)、ボロディミル・ゼレンスキー(ウクライナ大統領)など内外の要人へのインタビューもこなし、2023年、プライムタイムに自身の番組『ザ・ソース with ケイトリン・コリンズ』を開始。トランプが2期目の大統領に就任した今年1月よりホワイトハウス主任特派員も兼任し、ホワイトハウス報道官と丁々発止のやり取りも行っている。
故郷にあるアラバマ州立大学でジャーナリズムと政治科学を専攻。労働者階級の両親は政治には無関心だった、自身は中道と語っている。
Kaitlan Collins trips up Karoline Leavitt over the Gulf Of Mexico / America #BreakingNews pic.twitter.com/AMXWi0zEwq
— Dortie (@24SevenEyes) February 12, 2025
アビー・フィリップはハーバード大学で政府学を専攻。ポリティコ、ワシントン・ポストなど活字メディアにて政治記事を担当し、2017年にCNNに移籍。2020年のバイデン/トランプの大統領選において、トランプが投票に不正があると言い立ててメディアも大騒ぎとなった際、的確な指摘と冷静な語り口で注目を浴びた。
現在、CNNのプライムタイムでは唯一のマイノリティー・キャストであり、周産期医療における黒人女性の高い死亡率や健康リスクなど黒人社会の抱える問題を取り上げることもある。
From the Pope to Elon: NewsNight’s best moments are here https://t.co/3jzk1LRBr8
— Abby D. Phillip (@abbydphillip) February 16, 2025
Fox News のプライムタイムは、保守派TVジャーナリストの大御所であるショーン・ハニティを筆頭に男性キャスターで占められており、ローラ・イングラム(19時~The Ingram Angle)が唯一の女性だ。
イングラムは1980年代にレーガン政権のスピーチライターとなり、その後にロー・スクールに戻って法学の学位を取得し、現在の最高裁判事の中でもっとも保守的であるクラレンス・トーマスのもとで働いている。その後は弁護士となるも1996年にはMSNBCで番組ホストに。2008年にFox Newsに移籍し、2017年に現在の自身の番組『ジ・イングラム・アングル』を開始。
イングラムは超保守派、かつ熱烈なトランプ支持者であり、週5日の番組に加え、Foxの有料ストリーミング・チャンネルや自身のポッドキャストでも保守派の意見を速射砲のように発している。Fox News の公式サイトにあるイングラムのプロフィール・ページでは視聴者を「国家の屋台骨を支える勤労アメリカ人」と呼び、番組では「私たちの国における信仰の重要性」「アメリカの精神を明らかにする物語」を伝えると書かれており、保守派視聴者の心情に強く訴えるスタイルをとっている。
ネットワーク各局やフリーランサーにも優れた女性ジャーナリストは、もちろん存在する。
故バーバラ・ウォルターズ(Barbara Walters)はもはや伝説の域であり、他にもケイティ・コーリック(Katie Couric)、クリスティアン・アマンプール(Christiane Amanpour)、83歳で現役のレスリー・スタール(Lesley Stahl)など枚挙にいとまがない。
また、ノラ・オドネル(Norah O’Donnell)、クリステン・ウェルカー(Kristen Welker)、メギン・ケリー(Megyn Kelly)、故グウェン・イフィル(Gwen Ifill)など、大統領/副大統領選テレビ討論会の司会によって名を馳せた女性ジャーナリストも少なくない。
残念ながらアジア系の女性ジャーナリストはまだ少なく、3局のプライムタイムにも現在は見当たらない。しかしコロナ禍にホワイトハウス記者会見にて、当時大統領だったトランプのずさんなコロナ対策を問い詰め、トランプに「静かにしろ(Keep your voice down.)」と言わせたCBSのウィジャ・ジェング Weijia Jiangの逸話は今も語り継がれている。
先に挙げた女性ジャーナリストたちの経歴を見るとわかるように、多くのキャスターは大学または大学院でジャーナリズムか政治関連を専攻している。ローカル局のリポーターから始めるケースもあり、経験を重ねて大手メディアへの移籍を繰り返し、局内でも現場リポーターや共同キャスター、またはカメラの背後での原稿執筆によって経験を積み、ごく一握りがプライムタイムに自身の名を冠する番組を持つ。
ただし、女性であるがゆえのトラップもある。
2014年、Fox News の設立者である故ロジャー・エイルズによる女性キャスターやプロデューサーへの度重なるセクシュアルハラスメントが暴露された。この件は局の所有者であるメディア王のルパート・マードックをも含め、局の存在を大きく揺るがせた。エイルズは2016年に辞職、翌年に病死。
2019年にはこの件を描いた映画『スキャンダル』(原題『Bombshell』)が公開された。シャーリーズ・セロンがメギン・ケリーを、ニコール・キッドマンがグレッチェン・カールソンと実在の女性キャスターを演じ、大きな話題となった。
とはいえ近年、若者はテレビ離れを起こしており、ニュースもSNSから得ている。ニュース番組の視聴率はかつてほどではない。それでもSNS世代であるはずの若者もジャーナリズムを学び、新聞、雑誌、ウェブ、そしてテレビのジャーナリストとなっている。
狭き門をくぐり抜けて成功した女性ジャーナリストたちは、ある種のスーパーウーマンと言えるのかもしれない。メディア業界もまた男性優位社会であり、女性たちはその中で報道のプロに徹し、視聴者の支持を得て知名度を上げていく。しかし視聴率に陰りが出れば、いともたやすく降板となる。
その過程で人によっては結婚、出産、育児も行う。
エリン・バーネットは海外取材も頻繁に行っていたが、家庭を築いて子ども3人を育てている。ジョイ・リードも子ども3人、ローラ・イングラムはロシアとグアテマラからの養子3人をシングルマザーとして育てている。アビー・フィリップは2021年に第1子を出産している。仕事と家庭生活の両立の困難さは男女を問わずに起こり得るが、女性キャスターは妊娠・出産により、少なくとも数週間、もしくはそれ以上の期間に画面から「消える」こととなる。
日々のニュースは待ってはくれず、しかも番組枠の競争も激しい。しかし人気と実力のあるキャスターであれば視聴者は待ってくれる。また、レイチェル・マドウは政治と社会に関する自著を何冊も出版し、いずれもベストセラーとしており、執筆活動などのために番組出演回数を減らしているが、マドウの地位はゆらいでいない。
各キャスターの番組を見ると、それぞれに報道スタイルが異なり、かつ現在のアメリカの政治状況を反映し、リベラルもしくは保守のいずれかに強く傾いたキャスターも存在する。しかし、どのキャスターもエネルギッシュでパワフルであることに変わりはない。視聴者は彼女たちが女性だからではなく、ジャーナリストとして、番組キャスターとしてトップレベルであるからこそ、テレビ斜陽と言われる今も毎晩チャンネルを合わせるのだ。
この記事を執筆した2月23日、MSNBCはジョイ・リードの降板を発表し、翌24日がリードの番組『The ReidOut』の最終回となった。
急転直下の成り行きにメディアも視聴者も大騒ぎとなった。解雇の理由は「MSNBC新社長による局改変の一環」と説明されたが、視聴者は直感的に、理由はトランプ政権によるDEI廃止(多様性の廃止)の影響と捉えた。リードは黒人女性であり、恐れを知らずに反トランプを語り続けてきたジャーナリストだ。
月曜19時、いつもと変わらない朗らかさで自身の番組『The ReidOut』最終回に登場したリードは、冒頭で視聴者に問い掛けた。
「民主主義の危機に直面したとき、どのように抵抗しますか? 私たちはファシズムに向かっているのではなく、ファシズムはすでにここにあるのです」
リードは過去の反奴隷制運動、女性、労働者、ゲイの権利運動などの画像を見せ、自由のために戦うことの必要性を語った。
Joy Reid delivers her final open for MSNBC: pic.twitter.com/wpWVy0GQWE
— philip lewis (@Phil_Lewis_) February 25, 2025
同日21時になるとレイチェル・マドウが自身の番組『The Rachel Maddow Show』のオープニングで4分以上にわたりリード解雇劇について自身の考えを語った。
Wow. Rachel Maddow called out her network for four minutes tonight, noting not just how special Joy Reid is but also how MSNBC is cutting 2 anchors of color & hurting the people who make all the shows possible. This is courage. A true class act. pic.twitter.com/XowbCflqjz
— Victor Shi (@Victorshi2020) February 25, 2025
マドウはMSNBCの采配に大きな問題があると指摘した。リードに加えて週末のプライムタイム番組を担当していたケイティ・ファン(Kaiti Phang)も解雇されていたのだ。黒人とアジア系、2人の非白人女性キャスターの解雇に加え、リードの番組スタッフ約30人も一斉解雇されたことについて、マドウはMSNBCの「人の扱い方」を批判した。
マドウは白人であり、何よりMSNBCで最も高視聴率を得ているキャスターであり、そうした自身の立ち位置を踏まえた上での「特権行使」としてこれらのメッセージを発した。著名アンカーパーソンのパワーの使いどころをマドウは知っているのだ。
しかしマドウもまた女性であり、かつ性的マイノリティーでもあり、自身もトランプ政権下におけるDEI廃止の影響と言論規制のターゲットになり得ることは十分に理解している。それでもなお、リードが言ったように「民主主義の危機」に立ち向かったのだ。
この日、トランプは自身のSNS「Truth Social」にリード解雇劇についてポストした。トランプは「テレビ界で最も才能のない人物の一人、精神的に不快な人種差別主義者ジョイ・リード」の解雇を喜び、「誰も見ていないことを知っているのでめったに番組に出演しない」と、事実に反する主張でマドウをもけなした。
女性キャスターたちの闘いは今後も続く。(敬称略)