――研究所のレポートで頻繁に宝くじを取り上げていますね。
研究所に来るまで、私自身ずっと保険会社で仕事をしてきて、商品開発、つまり色んな保険商品を手がけていました。保険商品ですので、事故に遭う確率とか、災害に遭う確率とか、そういう様々な確率を用います。そういう確率は、世の中の人にはほとんど知られていない、あるいはちょっと近づきがたいもののようなイメージがありますが、確率の話自体は面白いものですし、少し幸福感のある例で関心を持ってもらえないかなと考えました。
世の中で確率としてよく知られているもの、目にするものと言えば、まずは天気予報の降水確率ですよね。これは色々と解説もされている。で、もしかすると、宝くじを題材にすれば、どうだろうか、と思いついたわけです。宝くじは定期的にあるものですし、学校の授業なんかでも、取り上げられていないでしょうから、それを入り口に確率というものに興味を持っていただけるのではないか、と考えました。
――1992年にアメリカのバージニア州であった「全部買い」についてもレポートを書いています。日本の「ロト7」で同じことができるか試算し、結論は「濡れ手で粟のような話はない」というものでした。
バージニアの例は、確率に関する本の中で触れられていたので知りました。珍しい事例だと思い、自分でも当時の記事などを調べました。
日本ではあり得ない例ですね。法律(当せん金付証票法)で、当せん金の総額は、発売総額の5割に相当する額を超えてはならない、とされていますから、全部買ったとしても、もうからないんです。
そもそも宝くじの目的が「地方財政資金の調達」にあることを踏まえての規制と考えられます。当のバージニアも、「全部買い」の後は選ぶ数字を増やして、組み合わせの数を膨大にすることで同じことができないようにしたようです。
シビアに言えば、宝くじなどのギャンブルは基本的に銅元がもうかるようになっているので、もうかるか、もうからないか、ということだけで見たら、平均的には買ったら損をします。買わないのが一番損しないということ。ただもちろん、多くの枚数を買うことで当せんの可能性は高まります。
例えば、5等や6等といった低い額であれば、100枚とか連番で買うことで当たるでしょうけど、必ず当たるものが当たっても、うれしくないでしょう? 「全部買い」というのは、必ず当たる方法でしょうけど、当たることが分かっているというのは、「宝くじのだいご味」ではないように私は思います。
――それでは「だいご味」はどこにあるのでしょう。
人によって考え方は違うので、これが正しいという意味ではないですが、私が思うのは、「当たるかも知れない、というドキドキする感覚です。これは他の買物では味わえないと思います。
もう一つ、絶対の真理として、宝くじは買わなければ絶対当たらない。見てるだけでは当たらないんですよね。確率はものすごく低いけれども、でももしかしたら当たるかもしれない、そのドキドキ感を味わうっていうところかなと思います。もうかる、もうからないではなく、買ってから当せんの発表があるまでのその期間をいかに楽しめるか、そこでしょうね。販売所でも、一番窓口にみんなが集中します。験を担ぐということなのでしょうが、そうしたことも含めて楽しめればいいのかなという気がします。
――宝くじをウォッチし続けることで、何か発見はありますか。
(主催者側が)どういう思いでこの宝くじを設定しているのだろう、今回は何を目指しているんだろう、ということがおぼろげに見える時はあります。1等の金額は基本的に変わらないですが、2等以外、特に100万円とか1万円とかっていう当せん金額の確率をどう設定しているか、を見るんです。
最近は1万円の当せん確率を減らし、100万円を増やす傾向で、昨年結構ありました。その少し前には1万円を増やしていたんです。1万円を増やしたその心は、おそらくですが、高額当せんもいいけど、やはり当たるのはみんな嬉しい、1万円だって当たったらみんな嬉しい。その当たって嬉しいと思う人を増やしたいということだったんだろうな、と。ところが昨年ぐらいから、ちょっと変わってきて、やっぱり宝くじはそこそこの金額が当たらないと当たった気がしない人が多い、と思ったんでしょうか、100万円とか、ある程度高額な金額の確率を高めていました。
誰がそこを決めているのかは、もちろん分かりませんが、例えば3、4年前であれば、コロナ禍があり、色んなスポーツやエンターテインメント、娯楽がなくなった時期でしたね。そういう時代、世の中だから、1万円の当せん金で喜ぶ人を増やそうとか、そういう気持ちなのかなという、想像をしました。今年は能登半島地震の被災地支援のドリームジャンボもありました。くじを買っても平均的には損をする、という言い方もできますが、寄付と思えば、損した気分にはならないという人もいるでしょう。
――ご自身も宝くじは買っていますか。
そんなに大きな額ではありませんが、ジャンボ宝くじは買っていますね。スポーツ振興くじのメガビッグも買った時期がありました。こういうレポートを書いていると、どう買えば当たりますか、と同僚にもよく聞かれますけど、私自身は全く当たらないです(笑)。
まともに当たった試しがないですね。300円くらい当たるのが精一杯。そんな人間がこんなレポートを書いていいのだろうか、とも思いますが、それこそ楽しむために買っています。
よく尋ねられるのは、連番で買うのと、バラバラで買うのとどちらが良いだろうか、ということなんですが、答えは1枚1枚の確率で考えると同じ、です。でも連番で買えば当たる確率が高まるんじゃないかと思う人は結構います。
例えば、ジャンボのように、1等と前後賞がある宝くじだと、前後賞まで当てるためには連番という方法しかありません。だから、それだけを見ると、連番が得だと思う。でも、バラで買った人の方は、前後賞だけ当たる可能性はあるんです。もちろん1等が当たる可能性も。
一方、連番で買った人は、1等と前後賞まとめて当たる可能性がありますが、逆に言えば、1等が当たらなかったら前後賞も基本的にはない。ただ感覚的には連番の方がいいように見えて、連番で買ってないと、(1等前後賞含めて)10億円は当たらないぞ、と思う。間違っていないのですが、バラで買って前後賞の1億5千万を当てるというのも結構大きなことですから、バラの買い方も悪くはないです。そういう部分が、確率の話の例として一番楽しいかもしれないですね。
――レポートでこの先も宝くじを取り上げる予定はありますか。
このところ考えているのは、例えば、最近はジャンボとジャンボミニ宝くじというのがセットで販売されているんですが、どっちをどのくらいの割合で買ったらいいのだろうということなんです。
軍資金として10万円ある。全部ジャンボにするのか、全部ミニにするのか、それとも半々の5万円ずつにするのか、と。少し高尚な見方をすると、ポートフォリオ理論(金融資産の組み合わせ方)につながってくるのではないか、と思うんです。
つまり、二つの証券があって、どっちにどれぐらいの割合で資金をつぎ込めば、どのくらいのリターンがあるか、ということ。有価証券や株式には計算モデルがあって、平均的なリスクやリターンを計算して、自分に最適な形を考えることができます。それと同じような形で、ジャンボとジャンボミニの割合を分けて買うってことができないだろうか、と。
宝くじの場合、リスクの部分ばかりになってしまうので、リターンの代わりに何か違う概念が必要なのですが(笑)。多分、リターンのところは先ほどお話ししたような、「ドキドキ感」とか、そういう感覚になるのかも知れません。「こういう風に買えば儲かる」ということではなくて、自分にとって「一番楽しめる楽しい買い方」みたいなのになるかも知れないですが。まだ、何の形にもなっていませんけど、何か理論化できるものがあれば、面白いだろうなと思っています。