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3年目に入ったウクライナ侵攻、元産経新聞モスクワ支局長が考える三つのシナリオ

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訓練に参加するウクライナ軍の新兵
訓練に参加するウクライナ軍の新兵=2024年3月12日、ウクライナ中央部、ロイター

「プーチンの戦争」とも言えるロシアのウクライナ侵攻が3年目に突入した。ロシアによるウクライナ南部クリミア半島の併合(2014年)からは今年で10年になる。両国の犠牲と国家的損失は膨(ふく)らむ一方だが、エネルギー、食糧、移民・避難民などの様々な問題が複雑に絡み合った影響は、世界各国の人々の生活を直面し、21世紀の国際社会の姿を大きく変えている。停戦や休戦の形が見通せない中で、今後、戦況や国際情勢を大きく変える局面や要素は何なのか? ロシア、ウクライナ、そして対ウクライナ最大の支援国のアメリカの事情をまとめて、それぞれのシナリオを探ってみた。(ジャーナリスト・佐々木正明)

アメリカ大統領選は「ゲームチェンジャー」

2024年は選挙の年だ。3月末に予定されていたウクライナ大統領選挙は戒厳令の延長で延期されているが、ウクライナ情勢をめぐる重要選挙には、同じく3月のロシア大統領選挙、6月の欧州議会選挙、11月のアメリカ大統領選挙などがある。その中で、戦況や国際情勢の流れを大きく変えうる「ゲームチェンジャー」となるのが、間違いなく、第47代目のアメリカ大統領を決める選挙だろう。

アメリカ国民が決める判断は、結果次第で21世紀の歴史を大きく塗り替える可能性がある。

ロシア軍のウクライナ侵略開始から丸2年を翌日に控えた2月23日、ゼレンスキー大統領は西部リビウでウクライナ入りしたアメリカ上院民主党トップ、シューマー院内総務らアメリカ議員団と会談し、「アメリカの重要な支援がなければ、戦争に敗北する」と訴えた。

侵略1年目の2022年、西側の軍事支援を受けたウクライナ軍はゼレンスキー大統領のもとで一致団結し、ロシア軍を撃退し続けた。しかし、この年の秋以降、兵士を大量動員したロシア軍の反撃に遭い、戦況は膠着状態に。ウクライナ軍兵士の犠牲や武器の損失も増えた。

アメリカの議会では共和党の一部の反対により、ウクライナ支援が滞っている。そんな中で、アメリカ政治情勢のキーマンとなるシューマー氏に向けたゼレンスキー氏の言葉には、劣勢に陥った苦境への危機感がにじんでいた。

アメリカの軍事支援がストップすれば、ウクライナ軍がたちまち戦力を大幅にダウンするのは事実だろう。

ドイツのシンクタンク「キール世界経済研究所」によると、侵攻開始から2024年1月中旬までの間に西側の42カ国・地域がウクライナ支援を表明した。アメリカは総額では677億ユーロ(約11兆円)と、欧州連合(EU)の約850億ユーロ(約14兆円)には及ばないが、軍事支援に限ってみればEUの7倍超となる約420億ユーロ(約9兆円)に達し、際立っている。

こうした状況の中で、アメリカ大統領選挙が重要なカギとなっている理由は、返り咲きを狙う共和党のドナルド・トランプ氏の存在だ。

アメリカ・ノースカロライナ州グリーンズボロで開かれた集会で演説するトランプ前大統領
アメリカ・ノースカロライナ州グリーンズボロで開かれた集会で演説するトランプ前大統領=2024年3月2日、藤原伸雄撮影

アメリカの連邦最高裁判所は3月4日、トランプ氏に対する大統領選挙への立候補資格がないとしたコロラド州の判断を覆し、立候補を認める判断を下した。その結果、共和党候補指名争いを確実なものにし、11月の本選でも、現職の民主党のジョー・バイデン大統領を破る「ほぼトラ」「確トラ」が現実味を帯びてきた。

トランプ氏はアメリカ第一主義を掲げ、アメリカがウクライナに欧州よりも多い支援をしていることに不満を抱いている。もし、アメリカがウクライナ支援の停止に踏み切れば、ロシアが有利な形で戦争を終わらせるシナリオが浮かびあがる。

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、トランプ氏と「個人的な関係がある」とも述べており、トランプ氏の再選を期待していることがうかがえる。

ロシアのプーチン大統領と握手を交わすアメリカのアメリカのトランプ大統領
ロシアのプーチン大統領(右)と握手を交わすアメリカのアメリカのトランプ大統領(当時)=2018年7月、ヘルシンキ、ロイター

キール世界経済研究所は最新の報告書で、「トランプ氏が政権に復帰すればアメリカのウクライナに対する支援には終焉の鐘が鳴り響くだろう」と予測している。トランプ氏が11月に再選された場合、ウクライナ支援のあり方をめぐって、予断を許さない状況が続くだろう。

ウクライナ国民の心境が変化

侵略3年目を迎えた2024年初冬、ウクライナ軍は劣勢に立たされた。戦うための兵力と弾薬が不足し、一部の部隊では、兵士の死亡や負傷による前線離脱が相次いだ。

1年目(2022年)、ウクライナ国民の士気も相当に高かったが、2年目(2023年)の5月に始めた反転攻勢は失敗に終わり、「ロシア軍に勝利する」という楽観論は後退していると分析されている。

戦争に対するウクライナ国民の心境も大幅に変わっているようだ。

ウクライナの独立系調査機関「レイティング」の世論調査によれば、定期的に行われている「国の情勢は正しい方向に向かっているか?それとも誤った方向に向かっているのか?」という問いかけで、直近の2月の調査で、「誤った方向に向かっている」は45%、「正しい方向に向かっている」は36%となり、2022年3月以来、初めて「誤った方向」が「正しい方向」を上回った。

ロシア軍を撃退し、領土奪還を続けていた2022年は「正しい方向」が70、80%台で、2023年秋以降、大幅に下がった。年齢の高い層が「正しい方向」と答える率が高く、最も若い層では「正しい方向」の回答者は全体の率から9ポイント低い27%に過ぎなかった。

アメリカ紙ニューヨーク・タイムズによれば、アメリカ政府当局者の話として、ウクライナ軍側の死者は7万人、負傷者10万~12万人と推定されている。若い層ほど「誤った方向」と答えるのも、20代の兵士が多数亡くなっていることが背景にあると思われる。

また、ロシア軍はキーウ、リビウなど各主要都市への空爆を続けており、民間人の犠牲者も1万人以上に達したと報告されている。出口が見えない中で犠牲者数が膨らんでいることも、ウクライナ国民の心を痛めつけている。

レイティングの調査でも、2022年8月時点と2024年2月の時点を比較すると、ウクライナ人が「悲しみ」を感じると答えた人が29%から39%に増えた。同様に恐怖感も11%から21%に膨らんでいる。

幼少期を大阪で育ち、現在はキーウに暮らすボグダン・パルホメンコさんはこの2年、戦時下のウクライナ人のリアルな暮らしを動画などで発信してきた。

「丸2年」を機に大阪に里帰りし、関西テレビの生番組に出演し、流ちょうな日本語でこう説明した。

「戦争が始まったタイミングでどちらも負けなんです。戦争を起こさないことが勝ちだと僕は思っていて、起きてしまったので、完全勝利パーフェクト勝ちっていうのはもう起きない。なので、今まで国民が団結するために、完全勝利だって政府はうたってきて、国民もそういう心境になってるんですけれども、ただ、もう2年のタイミングで気持ちを切り替えて、現実的な着地点というのを探して、そしてその代償がやっぱり一人ひとりの命、本当に多くの仲間が亡くなってますので、それを理解した上で、判断して行くことが重要なのかなと思っております」

ボグダンさんは、ウクライナでの支援活動の様子などを動画で投稿し続けている=本人のYouTubeチャンネルより

ゼレンスキー大統領は2月24日、国民向けのビデオ演説で「私は国民一人ひとりを誇りに思い、信じている。この戦争の結末はたった一つしかない。それは勝利だ」と抗戦継続を主張した。

ウクライナ人の未来はウクライナ人が決める。国内世論の動きに注視したい。

2036年、83歳までプーチン体制は続くのか?

3月15日から17日に行われるロシア大統領選挙はすでにプーチン大統領の再選が確実であって、プーチン氏がどのように戦争に対して判断し、外交を展開するのかに焦点がうつっている。

2020年、ロシア下院は無投票投票なしで憲法改正を決定し、プーチン氏自身が2036年まで大統領在職を引き延ばすことができる法律に署名した。

2024年2月時点でプーチン氏は71歳。83歳までの長期政権を担うことが可能だ。政敵を次々に死に追い込み、自分の周りにはイエスマンしかいない。2022年に一時、重病説も流れたが、2023年12月の年末恒例のマラソン会見では4時間にわたり、国内外の記者の質問に答え、健康不安説を一蹴していた。

ロシアのプーチン大統領の写真
東方経済フォーラムでビジネスパーソンらと会合するロシアのプーチン大統領=2023年9月12日、ロシア・ウラジオストク、Sputnik via REUTERS

この会見で、プーチン氏はロシアの未来についてこう答えた。

「ロシアのような国が主権なしで存続することは不可能であり、少なくとも現在存在しているような形で、また1千年にわたり存在してきた形では存続しないだろう。それゆえ重要なのは、主権の強化である。ただしそれは非常に広い概念である。対外的な主権の強化があり、それは防衛力や対外的安全保障の強化である。また社会主権の強化もある。念頭に置いているのは、ロシア市民の権利や自由の無条件の確保、わが国の政治システムや議会主義の発展である」

大統領選挙を前に、プーチン氏の政敵であった反体制指導者、アレクセイ・ナワリヌイ氏が獄中死した。モスクワやサンクトペテルブルクなどの大都市では、リベラル派の市民がソ連時代の政治犯を追悼する記念碑に花を手向けた。政治犯は当時、強制収容所などに抑留されて亡くなっており、獄中死したナワリヌイ氏の姿をそうした政治犯に重ね合わせたのだ。

獄中死したアレクセイ・ナワリヌイ氏と妻ユリアさんの写真
獄中死したアレクセイ・ナワリヌイ氏と妻ユリアさんの写真。葬儀の後、花と共に墓に置かれていた=2024年3月2日、モスクワ、ロイター

ナワリヌイ氏の公式チャンネルなどでは、カリスマの死を悼む声が相次ぐ。しかし、「過激主義」のレッテルをはられたナワリヌイ氏の遺志をつぐ行動に出ることは極刑が下される可能性があり、過去の政変に比べると全国的なうねりにはつながっていない。

治安当局はこうした記念碑を24時間体制で監視し、花を手向ける人たちのリストも作り始めた。一部の男性の拘束者には前線へ兵士として送られる召集令状を渡しているとの情報もある。

イギリス紙フィナンシャル・タイムズのコラムニスト、ギデオン・ラックマン氏は最近の論説で「プーチン大統領がついに国際社会でのけ者になると考えれば、同国の反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の死の慰めにもなるだろう。しかし、最近の歴史や今の政治は、そうはならないことを示唆している」と悲観的な見方を示した。

インドネシアの英字紙編集局長の言葉として、同国で次期大統領に就くプラボウォ・スビアント国防相はプーチン氏への「憧れ」があると指摘した。対ロシア制裁網には入っていないインドにもプーチンファンが多いという。

プラボウォ・スビアント氏
プラボウォ・スビアント氏(中央)=2014年7月、インドネシアのジャワ島西部ボジョンコネン村

ラックマン氏は「プーチン氏の外国にいる礼賛者らは、ナワリヌイ氏が明らかにしたプーチン氏の卑劣で不快極まりない現実に今こそ目を覚ますべきだ」と説くが、この訴えは、国際社会で反プーチン、反ロシアで固まることができない現状の裏返しでもある。

一般社団法人平和政策研究所の西川佳秀・上席研究委員は2月20日に発表した「国際情勢マンスリーレポート:大統領選挙後のロシア:プーチン独裁体制の展望と総括」で、プーチン氏の「再選後の動きは過去20余年のプーチン体制の総決算の段階と位置付けられる」と指摘する。

レポートでは「ウクライナが余程の譲歩でもしない限り、強気のプーチンを相手に停戦の実現は至難」と思われるとし、「中国との関係を重視し、東方の安全を固めたうえで軍備増強でNATO諸国を牽制するとともに、欧米諸国の分断切り崩しを図り、政治的な影響力の拡大をめざす」との解説を展開する。

しかし、権力と権威が集中するプーチン氏には多様な意見やプーチン氏にとって耳の痛い情報や真実が遮断され、誤った政策決定が繰り返される危険性が高まる「独裁者のジレンマ」があると説く。その上で、プーチン体制の最大の弱点は、プーチン氏が持つ全体的な権力と国民の圧倒的な支持に依存していることを挙げ、「突然プーチンが倒れれば、ロシアの国家機能そのものが脆くも内部崩壊を来すであろう」とレポートを結んでいる。

筆者(佐々木正明)は「プーチン・リスク」という説を主張しているが、これはクレムリンの主(あるじ)がプーチン氏であるというリスクではなく、プーチン氏が突然、執務を取れなくなった場合に、あるいは死亡した場合に、核大国ロシアで起こりうる混乱が国際社会に大きな負のインパクトをもたらしかねないリスクであることを示す。

ロシア国内では今、ナショナリズムや極右勢力が伸長しており、プーチン氏に替わる次のリーダーが、ウクライナや支援する欧米諸国に対して、さらには隣国日本に対しても、さらなる強硬手段を取る選択を取るシナリオは十分に考えられる。

現に、その後継候補の一人であるメドベージェフ前大統領は「ウクライナは間違いなくロシアの一部」「必要あれば核兵器を使う権利ある」「いわゆる北方領土について、日本国民の感情は知ったことではない。ロシア領だ」などと強硬発言を繰り返している。

メドベージェフ氏=2019年10月、キューバ、ロイター

ポストプーチンのロシアの国内情勢が、対ウクライナだけでなく、国際社会の秩序や安全保障体制を大きく変えることは間違いない。