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「ラグビーは社会課題解決につながる」協会理事を経験した谷口真由美さんが考える魅力

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取材に応じる谷口真由美さん=東京・築地、関根和弘撮影
取材に応じる谷口真由美さん=東京・築地、関根和弘撮影

――ラグビーは接触プレーの激しい競技ですが、「規律」という言葉を選手自身からもよく耳にします。

「規律」という言葉は、ラグビーでは重い価値を持つ言葉です。世界のラグビーを統括する「ワールドラグビー」という団体があるのですが、選手だけでなく、ラグビーに関わるすべての人が共有すべき価値として「ラグビー憲章」というものを掲げています。その中で挙げているのが、「品位」「情熱」「結束」「尊重」、そして「規律」です。

ラグビーは鍛え上げた肉体を持つ選手たちが激しくぶつかり合うスポーツです。闘争本能のままぶつかれば、けんかと同じです。だからこそ、この五つの価値を重んじているんです。

ラグビーのこうした素晴らしい価値観を私に教えてくれた本があります。元ラグビー日本代表監督で、早稲田大ラグビー部の監督でもあった大西鉄之祐先生の「闘争の倫理」です。大西先生はこの本の中で、「戦争をしないためにラグビーをするんだ」と書いています。感動しました。

人と人とがぶつかり合うにしても、最低限のルールがある、と。大西さんは兵士として戦争を経験したことがあります。だからこそ、いかなる状況でも人間性を失わずにいられるためにはどうしたらいいかと考え、その手がかりをラグビーの精神に求めたのでしょう。品位や規律を失わず、相手を尊重できるラグビー精神の浸透は世界平和につながるのだと。

大西鉄之祐さん
大西鉄之祐さん(1995年、79歳で死去)=1985年12月、東京都港区北青山、秩父宮ラグビー

法学者である私にとって、もう一つ興味深い点がありました。ラグビーの規則はルールとは言わず、ロー(Law=法)って言うんです。2018年はLawがかなり削減されました。世の中では法律が増えていって、人をどんどん縛っているのにです。ラグビーでは選手が自らを律し、コントロールすることを求められているわけです。

――そんなラグビーの価値観を生かして、いかに社会貢献ができるかということを、谷口さんはラグビー協会理事のときに考える役割を担っていました。プロ化を目指す新リーグ構想が持ち上がったころのことです。

協会がプロ化を目指した背景には、ラグビーの競技人口が減り続けていることへの危機感がありました。

でもいざ、協会の人にラグビーの魅力を問うと、みんな「やったら分かるって」「見たら分かる」としか言えないんです。これでは世の中にラグビーの魅力は伝わらないなと思いました。

そこで取り組んだのがラグビーの「言語化プロジェクト」でした。ラグビーの価値観や精神性を言葉で表現して伝え、理解してもらうことで、ラグビーが「社会にあってよかったな」と思ってもらえるようなスポーツになればと思ったんです。プロジェクトの結果は理事会でも承認され、公表されることになっていましたが、私が理事をやめたあと公表されないままに終わり、とても残念に思っています。

そしてそういう価値観は社会課題の解決にもつながると思い、選手会やチームを持つ企業との勉強会などでLGBTQやジェンダー、SDGsの問題などについても話すようにしました。

こうした流れがあって、のちの新リーグのディビジョン分け※)の際、審査基準の一つとして「社会性」が盛り込まれることになりました。

プロ化構想のすえ誕生した「ラグビー・リーグワン」1部のプレーオフ決勝
プロ化構想のすえ誕生した「ラグビー・リーグワン」1部のプレーオフ決勝で対戦するクボタスピアーズ船橋・東京ベイ(オレンジのジャージー)と、埼玉パナソニックワイルドナイツの両選手ら=2023年5月、国立競技場、伊藤進之介撮影

――社会性を意識することで、ラグビーの各チーム、ひいてはラグビー界全体にとってどんなポジティブな効果が期待できますか。

少子高齢化の中、あらゆる競技スポーツが影響を受けています。日本で最も人気の高いとされる野球でさえ、競技人口は減っています。ただ「強い」というだけでは続きませんし、「地域の人に愛されるチーム」というだけでも、厳しいでしょう。だってプロ野球もJリーグも、Bリーグも、基本すべて地域密着で頑張っています。そんな中、なにゆえラグビーを応援して、ファンクラブに入って、チケットを買ってくれる保証がありますか。「勝ったやつが正義」みたいな価値観ではこれからの競技スポーツは通用しません。いかにして自分たちの競技が社会から求められるのか、つまり社会性というものをはっきりと打ち出せなければ生き残れないでしょう。

谷口真由美さん
取材に応じる谷口真由美さん=東京・築地、関根和弘撮影

――社会性を高めることは、競技としての実力も引き上げることになると思いますか。

まず、社会性を高めてチームやリーグが愛され、人気が出れば、競技人口が増える可能性が出てきますよね。となれば、選手やチームが切磋琢磨し、競技力もレベルアップするでしょうし、競技人口という裾野が広がれば秀でた選手が現れる可能性も確率的に高まると思います。

そしてラグビーは何より、自ら律する、自立性を重んじる競技です。例えば監督は試合中、ベンチに入れません。観客席にいます。野球などでは監督が司令塔となってサインや指示などを出しますが、ラグビーは選手たちの自主性を重んじるし、それができると期待されているからです。

ですから選手たちにも、自主的に社会のために何ができるのかを考えて欲しいし、できるはずなんです。例えば競技場によっては人工芝が使われていますが、マイクロプラスチックが流出して、川や海を汚染する可能性が指摘されています。そんな中で自分たちはプレーしているんだということをまずは知り、ではどうすべきなのかということを自ら考え、自らの言葉で話せる存在になって欲しいです。

ラグビーワールドカップフランス大会の1次リーグで対戦する日本とサモアの両代表
ラグビーワールドカップフランス大会の1次リーグで対戦する日本とサモアの両代表。後半、果敢に突進するリーチ・マイケル選手(中央)=2023年9月28日、フランス・トゥールーズ、パオロ・ヌッチ撮影