中国のファッションと高級品の中心地・上海は、2022年の今ごろ、新型コロナウイルスによる強権的なロックダウンで苦境のさなかにあった。市内のきらびやかな高級ショッピングモールや旗艦店が立ち並ぶ通りには、人影がほとんどなかった。
今は、様変わりしている。最近の週末には南京路やその近辺にある人気小売店に大勢の人が押し寄せた。南京路は中国初の大型デパートが1917年にオープンして以来、この国の魅惑の中心地である。
シャネルの店舗前で入店を待つ行列にいた24歳のサニー・チャンは、「私はもっとぜいたくをするわ」と言った。その店は、世界で最も高価な衣料品の店舗が並ぶショッピングモール「プラザ66」にある。コンサルティング会社に勤務するチャンは、これまでハンドバッグを年に六つ購入していたが、最近は月に五つ買っている。
「私はハンドバッグを毎日取り換えています」と彼女は言い添え、「上海のロックダウン中は何もかもが味気ないと感じていたので、今この瞬間をエンジョイすべきだと思っているんです」と話した。
多くの西洋のファッションや高級ブランドは、この新たな消費者心理の恩恵に浴している。ルイ・ヴィトンやティファニー、ディオールといったブランドを子会社に持ち、売上高で世界最大のフランスの高級品グループLVMHは2023年4月、第1四半期の売り上げが前年同期比で17%増加したと発表した。同社最大の部門であるファッションおよび皮革製品は売り上げが18%アップしたが、主に中国の消費の回復によるものだった。
4月下旬、LVMHの株価は過去最高値に急騰し、時価総額は欧州企業で初めて5千億ドルを突破した。同社のライバルであるフランス企業エルメスは、第1四半期のアジア(日本を除く)での売り上げが「非常に好調な中国の旧正月のおかげ」で23%増加したと言っている。
4千ドルのブレザーや「クワイエット・ラグジュアリー(主張しないぜいたく)」という流行を提供するイタリアのブランド「ブルネロ クチネリ」は、第1四半期の売り上げが56%跳ね上がったと発表した。同社の共同CEO(最高経営責任者)ルカ・リサンドローニは、2023年を中国市場にとっての「黄金の年」と呼んだ。
中国のぜいたく品への支出は、同国の経済全体よりも速いペースで回復している。中国国家統計局の調べだと、この3月の宝飾品や金、銀の小売りの売上高は前年同月比37.4%の増加で、小売り全体の売り上げの3倍以上も速い回復ペースだった。中国の3月の宝飾品売上高としては、2023年が過去最高だった。実際この3月は、旧正月前の贈答シーズンを除くと、過去2番目に高い売上高を記録した。
モルガン・スタンレーの株式アナリスト、エドゥアール・オーバンは4月下旬の電話取材に、「米国や韓国など他の中核市場が減速気味な点を考慮すると、私たちは中国が今年の高級品市場の中心的な成長エンジンになると期待しています」と語った。
彼が付け加えて言うには、シャネルやエルメス、ルイ・ヴィトンなどステータスシンボル的な価値がある「価格ピラミッドの頂点に立つ」大手ブランドが、ライバル各社を上回る業績をあげている。最近デザイナーを変えたグッチとバーバリーもそうだという。
「景気回復を促す初期消費の多くは、現時点では、中国の中間層によるものというより富裕層の消費増加によるところが大きい」とオーバンはみる。彼は、今年後半になって中間層の消費が復活するとの見通しを示した。
中国におけるこの有名ブランド志向は新しい現象ではない。14億人の消費者を抱える中国は、10年以上にわたって西洋の高級品市場をリードし、市場収益の3分の1を担ってきた。そのうちの3分の2は、中国本土以外での支出だった。中国人観光客たちは自国の高額な輸入関税や消費税を回避しようと、香港や東京、パリなどにどっと向かったのだ。
ところが、2020年になると、中国がパンデミック(感染症の大流行)への対応として国境を閉ざしたため、業界にとっては過去最悪の年になった。ネット通販に大きく依存してきた3年間を経て、現在、中国の多くの消費者は、実際に布地に触れたり、ハンドバッグを手にしたりサングラスをつけてみたり、あるいは誰かと一緒に買い物できる喜びを感じている。
修復を重ねた木組みと優美な石柱を備えた建物が並ぶ(上海の)張園地区では、ディオールの店の前に多くの人が集まり、セレブたちを見ようと待ち構えていた。だが、そう長く待つ必要はなかった。台湾の有名歌手・伊能静が、薄型テレビが入るほど大きなディオールの白いバッグを抱えた若い女性を伴って店から出てきた。
ディオールの店で、Kポップグループ「ブラックピンク」のメンバーが持っているハンドバッグを探していたツォイ・チョウは、故郷の南京でも、繁華街のモールで高級品を買おうと店の前に並ぶ人たちの狂乱状態を目撃したと言った。
「(パンデミック対策の)規制が解除された今、ハンドバッグを買いあさる人がたくさんいます」。チョウ自身は、欲しかったバッグが売り切れでがっかりしていた。「海外に行けばいいんですよ。国内と外国とでは、価格差がとても大きいのです」と彼女は話した。
多くの高級ブランドが最近、価格を引き上げたが、中国での値上げが際立っている。しかし、中国国外への旅行はパンデミック前と比べるとはるかに困難なままである。
航空運賃は高くなり、国際線の便数もかなり削減されている。中国政府は、国家安全保障政策の一環としてパスポートの取得や更新を難しくしている。
熱帯にある免税の島・海南島のような国内旅行先は相変わらず人気があるし、成都や杭州といったショッピングスポットができてきて、中国の消費者による国内での買い物は増え続けると予想される。ソーシャルメディアでも、在庫不足や(商店に並ぶ)長蛇の列についての投稿がよく見られるようになった。
「国内消費の回復は順調に進んでいるようですが、海外旅行はまだ新型コロナ以前の水準にはほど遠く、中国人観光客が近い時期にかつてのような規模でヨーロッパに戻ってくるとは考えていません」とトーマス・ショーベットは言う。Citi(訳注=米ニューヨークに本社を置く金融関連事業の持ち株会社)の高級品調査部門の責任者だ。彼は、香港やマカオ、そしておそらく円安の日本など、距離的に近い旅行先には中国人客が早く戻ってくるかもしれないと言い添えた。(抄訳)
(Elizabeth Paton、Keith Bradsher)©2023 The New York Times
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