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身近な気づきから課題を発見、解決へスタートアップ “いま”につながるAPUでの学び

Sponsored by 立命館アジア太平洋大学(APU)
komham代表取締役・西山すのさん(左)と一般社団法人若葉会代表理事・佐伯和可子さん

渋谷から発信、「誰もが当たり前に環境問題に取り組める」社会
komham代表取締役・西山すのさん(35)

東京支店で取材に応じてくれた西山すのさん=伊ケ崎忍撮影

東京都渋谷区にある商業施設「東急プラザ表参道原宿」。屋上庭園「おもはらの森」に、微生物を使って生ごみを処理する「コムハムコンポスト」が置かれている。2021年秋から今年1月まで、生ごみを施設内循環させるプロジェクトが行われた時に使われたものだ。

この「コムハムコンポスト」を提供したのが、札幌市のkomham(コムハム)だ。APUを2011年に卒業した西山すのさんが2020年1月に創業したバイオベンチャーで、社名のkomhamは独自開発された微生物群「コムハム」から来ている。

コムハムは、「大食い・早食い」の特徴を持つ自然由来の微生物たち。1~3日ほどで、生ごみのほとんどを処理する超高速分解が可能だ。プロジェクトでは、レストランから出た生ごみを分解し、その堆肥で栽培・収穫されたイチゴを使ったメニューを提供した。

「プロジェクトでは約4か月かけて、生ごみ処理→栽培→収穫→提供と一巡させることができました。渋谷区が進める生ごみ処理の実証実験にも参加しています」

バイオは専門外、アパレル・PR会社などを経て起業

自身はバイオ領域の専門家ではない。APUアジア太平洋学部を卒業後は、大手アパレル会社に入社し、その後、PR会社やゲーム会社での広報など、バイオとは接点のないキャリアを歩んできた。

「在学中に1年、アメリカ・ニューヨークの大学に留学し、帰国した大学4回生の夏には周りの就職活動が一通り終わっていました。多様性を存分に楽しんでいたのに、突然、画一的な就活をすることに心が追いつかず、就職せずにアメリカに戻ろうとも思っていました。でも、母に諭され、秋採用をしている大手企業を探し、内定したのがたまたまアパレルだったんです」

1年目で販売成績トップの常連になったが、そこまで頑張らなくても一定の評価を得られる状況に満足できず、PR会社に転職。その後、憧れだった会社にPR職で採用され、約4年間さまざまなプロジェクトに参画した。

「企業の経営層と一緒にプロジェクトを進めることが多く、貴重な経験が積めました。でも、私は3~4年経つと次のチャレンジがしたくなってしまう。腰を据えて、一つのものごとに取り組むには起業しかないと考え、興味を引かれたのがバイオ領域でした」

スタートアップといえばIT領域が多いが、エンジニアでない自分が勝てるイメージがわかない。でも、バイオなら可能性はあるのではないかと思ったという。そこで目をつけたのが、父親が15年以上前に北海道で発見した微生物群から開発したコムハムだった。コムハムは牧場由来の微生物群で、父親は廃棄物処理業者に技術提供を行なっていた。父親の代で終わらせるのはもったいないと思った。

「父親の会社は廃棄物処理事業者と取引があり、一定の実績もありました。私にはバイオの知識はまったくないし、研究者たちの話もわからない。でも、PRの仕事を通じて、相手にわかりやすく伝える力には自信がありました。父親にコムハムの技術を買いたいと伝え、父親の会社とは別法人であるkomhamを立ち上げました」

何とか北海道銀行から融資を受けて技術を購入。研究開発拠点となるラボ設立に向けて立命館学園の学生や卒業生らの起業を支援する「立命館ソーシャルインパクトファンド(RSIF)」より5,000万円の資金調達をした。RSIFの担当者が、新聞記事に載ったkomhamの記事を見て、連絡をくれたのだという。「卒業生に対し、起業後までサポートいただける懐の深さに感動しました」

APU時代を振り返ってもらうと、多文化環境から得たものが大きかったようだ。

APUには世界94か国・地域(2022年5月1日時点)の学生がおり、1回生の多くがキャンパス内にある国際教育寮「APハウス」に入る。キャンパスの公用語は日本語と英語で、日本人学生と国際学生を混ぜたグループワークや実践型の授業も多い。そうした環境に身を置いた経験が、いまにつながる大事な考え方をもたらしてくれたという。

「APUには本当にいろんな学生がいるんです。みんなが同じ価値観で生きているわけじゃないと知り、違いを許容できるようになった。人間的な学びはとても大きかったです。事業をやるようになると、自分と考えが違う人たちとどこまで一緒にできるか、拒否せずに受け入れられるかが、サービスの幅を決めていきます。自分の許容量に合わせて範囲を狭めてしまえば、せっかくのプロダクトでも大規模なインパクトは残せません。APUで違いを楽しむ力がついたのかなと思っています」

ゴールは、無理しなくても環境負荷を減らせる世界

目指すのは、「誰もが当たり前に環境問題に取り組める」社会の実現だ。

「“環境にいいこと”は、手間もお金もかかるというイメージはまだまだ根強いです。でも、一部の人が取り組んだだけでは地球温暖化の抑制にはつながらない。本気で課題解決を目指すのなら、誰もが無意識に“環境にいいことをしている”状態を作らなければいけません」

そのための一歩が、今年開発した「スマートコンポスト」だ。ソーラーパネルによる自動駆動なので電源が不要で、温室効果ガスの排出量などのデータも取れるという。近い未来、「スマートコンポスト」が街中に設置され、無理をしなくても環境負荷を減らせる世界を作ることが最終的なゴールだ。

今年9月には、APU卒業生らでつくる「校友会」のスタートアップイベントでスピーカーを務めた。自分の経験を話すことで、母校や後輩たちに恩返しをしたいと考えている。

「社会で生き抜ける力を身につけてほしい」大分でフリースクール設立 
一般社団法人若葉会代表理事・佐伯和可子さん(39)

フリースクールの前で子どもたちと肩を組む佐伯和可子さん(右から4人目)=駄道賢剛撮影

大分市内の一軒家。午後3時を過ぎると、ランドセルを背負った子どもたちが続々と帰ってくる。ここは、APU3期生の佐伯和可子さんが、不登校や発達障害の子どもたちのために作ったフリースクール「ハートフルウェーブ」だ。寮生7人が暮らしている。

2008年にAPU大学院を卒業後、2010年にフリースクールを立ち上げた。きっかけは、国際経営学部に在籍中に始めたアルバイトだった。1回生の夏に始めた家庭教師で、受け持った子がたまたま不登校の中学生だったのだ。

勉強する機会を失い、「もう高校にも行けない」と絶望していた子どもの様子を見て、「高校を目指す学習支援の場を作ろう」と思い立った。在学中に不登校生専門の家庭教師「わかば」を立ち上げ、活動を始めた。ニーズもあり、ビジネスとして成り立つこともわかった。

「不登校生専門をうたうところはほかになく、多いときには月に40人ほど見ていました。APUに入る前から教育には興味がありましたし、当時のAPUには『自分がやりたいなら立ち上げる』という風土があった。『なければ作ろう』と自然に動いていました」

大学院に進んで教育工学を学び、テクノロジーで教育格差をなくしたいと、大手IT企業に就職した。

「私自身、大分県内で育ち、映画館や劇場、美術館が身近にない子ども時代を過ごしました。どこにいても最新の情報に触れられる社会を作れたらいいなと思っていたんです。でも、会社には優秀な人が多く『私がいなくても実現できる』と思えた。子どもにとって唯一無二の存在でいる道を選ぼうと思ったんです」。子どもに教えることを続けたいと、就職から1年後、大分に戻った。

「富士山に登りたい」…やりたいことがあるなら、できる方法を考える

大分に戻って家庭教師を再開したところ、「不登校の子どもたちには“出ていく場所”がない」という声が寄せられた。当時、県内にフリースクールは一つもなかったこともあり、設立を決めたという。

「立ち上げにあたり、国内以外にも、APUで出会ったたくさんの国際生のネットワークを生かして、いろんな国のフリースクールを見に行くことにしました。そこで出合ったのがアメリカのある学校でした。子どもたちが、自分の学びたいことを自分で選んで決めるという考え方に感銘を受けました。学校に行っていないからこそ、決められたことをしなくてもいい。不登校の子どもたちだからこそできる、と思いました」

自らデザインしたTシャツを着る子ども(右)。絵や工作が好きな子どものため、創作活動に特化したデイサービスもつくった

アメリカの学校で得たヒントは、フリースクールの教育で生かされている。

「『富士山に登りたい』と言った子どもがいたら、『じゃあ、登りに行こう』と。でも、登るためにはお金が必要だから、街に出て寄付金を集めようと目標金額を決めました。子どもたちは『なんで登りたいなんて言っちゃったんだろう』と言いながらも、3カ月ほど街頭に立ってちゃんと70万円を集めてきました。今年8月に子ども5人と登りに行き、3人が登頂しましたよ」

やりたいことがあるなら、できる方法を考える。ルーツは、6年間のAPU生活にあるという。

「開学したばかりのAPUには、サークルや部活など、ないものがたくさんありました。でも、『やりたい』と自分が動けば人が集まってきた。学生も先生もオフィスで働く人たちも、みんなの距離が近くて、聞けば教えてくれました。“動けば誰かが助けてくれる”というAPUで得た学びを、子どもたちにも知ってもらいたい。自分の人生に決定権を持ち、『これがやりたい』『これが欲しい』と意見しながら、社会で生き抜く力を身につけてもらいたいと思っています」

「生きる場所は日本じゃなくてもいい」

ニーズをもとに、いまでは、夏休み中の学童保育や家庭教師、通信制高校のサポートなどさまざまな事業を展開している。2022年4月に開学した国際自由学校「シャロム」は、自分の“生きる場所”を選んでもらいたいとのコンセプトで設立された。外国籍の子どもたちが、日本語のコミュニケーションに難しさを感じて不登校になるケースが増えていることを知ったのがきっかけだった。海外体験を通じて自分の居場所を見つけられるようなプログラムも用意している。留学生の受け入れもスタートする予定という。

「APUに入るまでは、与えられるものをただ受け入れる“良い子”をやっていたのですが、APUではそれまでの常識が全然通用しませんでした。言葉が堪能で、やりたいことを主張する学生を見て、生きる道がすごく広がっていく感じがしたんです。フリースクールに来る子どもたちも『こうあるべき』という考えで選択肢が狭まっているのなら、生きる場所は日本じゃなくてもいい。そんな考えは、APUで出会った多様な友人の生き方に影響されているかもしれません」

フリースクールを巣立った卒業生のなかには、APUに入学した学生もいる。「海外に留学したら、留学先で子どもを預かりますよ』と言ってくれているんですよ」。庭で遊ぶフリースクールの子どもたちを見ながら、顔をほころばせた。

     ◇

国際学生と日本人学生を「混ぜる」APUの教育で、自ら課題を発見し、解決する能力を学んだ卒業生たち。社会に出てからも、APUでの経験を糧に、普遍的な課題解決の糸口を見つけて行動を起こし、社会貢献をしています。卒業生一人ひとりが世界を変える挑戦を続けています。