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自分の周りを変えることが、世界を変える一歩に 山形辰史教授×末吉里花さん

Sponsored by 立命館アジア太平洋大学(APU)
山形辰史教授(左)と末吉里花さん。山形教授はバングラデシュ製シャツ、末吉さんはフェアトレードのインド製ワンピースで対談に臨んだ=駄道賢剛撮影

――開発経済学を専門とされる山形さん、エシカル消費の普及活動を行う末吉さん、おふたりの研究や活動について教えてください。

山形辰史さん(以下、山形さん):
2018年10月にAPUの教員になり、開発経済学や開発学入門を教えています。開発経済学では、貧困指標や不平等指標などさまざまな数値を扱い、開発学の授業では、私自身の経験や研究領域を生かして、貧困・ジェンダー・子ども・難民・障害など幅広いテーマを教えています。

山形辰史さん

末吉里花さん(以下、末吉さん):
日本にいながら世界の問題を学ぶ、難しい領域ですね。APUの多国籍な学生の皆さんとどう接していらっしゃるのか、お話を聞くのを楽しみにしていました。

山形さん:
学生たちには、「先生の話を聞く」だけではなく、自分から興味を持って面白がってほしいと常に思っています。とはいえ、すべての学生を現地に連れていくのは難しい。そこで私が積極的に取り入れているのは映画や本です。とくに、途上国で撮られた作品、現場の視点から描かれた作品にこだわっています。

末吉里花さん

末吉さん:
私はもともとフリーアナウンサーとして、“映像で伝える側”の仕事をしてきました。『世界ふしぎ発見!』(TBS系)の“ミステリーハンター”を経て、2015年にエシカル協会を立ち上げました。エシカルは「倫理的な」という意味で、一般的には「多くの人が正しいと思っている、人の良心から派生した社会的な規範」のことを指しますが、この定義は根底にあるものの、私たちは「人や地球環境、社会や地域に配慮した考え方や行動のこと」と伝えています。

協会のスローガンは、エシカルの頭文字にかけて「いきょうを っかりと んがえ」こと。地球環境や生き物たちへの影響を考え続けることが、エシカルの核になると思っています。

キリマンジャロの氷河、バングラデシュの貧困…人生を変えた「現場」

――おふたりの研究や活動に大きな影響を与えた「現場」でのエピソードは?

末吉さん:
人生のターニングポイントになったのが、2004年にアフリカ大陸最高峰のキリマンジャロに登頂したことです。目的は、キリマンジャロの頂上に横たわる氷河を見に行くことでした。当時、「地球温暖化の影響で2010~2020年の間に消滅する」と科学者から指摘されていました。そこで、実際にどれくらい氷河が溶けているのかを見に行くことになったんです。

標高1,900m地点の村で、植林をしている子どもたちと出会いました。彼らは「どうか再び、頂上の氷河が大きくなりますように」と、1本1本、祈りを捧げながら植えていたんです。氷河の雪解け水の一部は彼らの生活用水になっていて、氷河がなくなることが死活問題だったからです。

2004年、キリマンジャロ登頂時の末吉さん。氷河が大きく溶けている様子がわかる = 一般社団法人エシカル協会提供

そして、山頂で目の当たりにした光景は衝撃的なものでした。氷河は溶けてなくなり、大きく減退していたんです。科学者たちの調査によると、100年ほど前と比べて1割から2割ほどまでになっているんだそうです。言葉を失うほどのショックを受け、村で出会った子どもたちの顔が頭に浮かんできました。

そのときに「地球は一つなんだ」と思ったんです。日本に暮らしながら、遠く離れたこの場所に悪い影響を与え続けていたかもしれないと思ったら、いてもたってもいられなくなり、「残りの人生は、生活のために仕事をする“ライスワーク”じゃなく、“ライフワーク”として環境問題を解決する活動を始めよう」と心を決めました。

山形さん:
私自身は高校まで地元・岩手で過ごし、海外に出るなんて自分には関係のない話だと思っていました。でも、大学に入り、バックグラウンドの違う学生との出会いが世界を広げてくれた。そして大学の図書館で、エチオピアの飢餓の子どもの写真を見たとき、この問題に向き合いたいと突き動かされました。

もっとも大きく影響を受けたのは、APUで働く前の「アジア経済研究所」で勤めていた2000年に、バングラデシュで1年間過ごした経験です。

当時私は繊維産業の研究をしていました。繊維産業はさまざまな国で産業化の最初の業種になることが多く、女性を含め一般の方の雇用につながる業種でもある。そこから見えるアジアの経済発展が興味深かったんです。中でもバングラデシュは、最貧国と言われながらも輸出の半分以上が衣類だったことが驚きでした。現地を見てみたいと自ら手を挙げ、行かせてもらいました。

今でもよく思い出すのは、毎朝の車通勤中、物乞いの障害者たちとおしゃべりをしていたことです。渋滞がひどく、車が前に進まないときには必ず、障害者たちが近づいてきました。お金を渡す際に、「何の障害があるのか?」「なぜ障害を負ったのか?」などとベンガル語での会話が始まり、そんな毎日のやりとりが、障害者を取り巻く環境について、研究領域を広げるきっかけになりました。

末吉さん:
関心の“スイッチ”は、海外にいても日本にいても、何気ない日常の中にあるのかもしれないですね。さまざまなところで課題がつながっている、と。

山形さん:
APUの学生からよく聞かれる質問に「国内の身近なことより、海外の課題に向き合うべきですか」「国内よりも深刻な途上国の問題に取り組んだほうがいいですか」というものがあります。どちらでもいいし、気になるのなら両方やればいい。「やる意味があると思っていることをやればいい。『これだ!』と“スイッチ”が入ったほうをやったらいいんじゃない?」といつも伝えています。どこにでも「現場」はありますからね。

末吉さん:
私が向き合っている地球環境の問題は、人類共通のもの。健全な環境が土台になって私たちの生活と経済活動があります。暮らしの中でも「この電気はどこから来ているの?」「今日食べたものはどこでどんな風に作られたの?」とさまざまな疑問がわきます。自分の「なぜだろう?」という“スイッチ”が入ったポイントから探っていけば、世界の課題へと広がっていくと思っています。

「世界を変える人材」、育てるために必要なこと

――多くの海外経験を重ねた末吉さん、日本学生と国際学生を「混ぜる」教育を実践するAPUで教鞭(べん)をとる山形さん。おふたりが考える「異文化」に触れる大切さとは?

末吉さん:
中学、高校時代をアメリカのニューヨークで過ごしていたときは、自分の意見に責任を持って意思表示する大切さを感じていました。大事に思う友達だから言いたいことは言える関係性のことを「クリティカル・フレンド」と表現しますが、意見を出さなかったから、聞かなかったから問題が解決しなかった……という経験は少なくありません。

山形さん:
APUには世界94か国・地域(2022年5月1日時点)の学生がいるので、自分が「これは困る」「これはやってほしい」と伝えないと相手は分かりません。多様性に富んだ人が一緒にいるからこそ、発言しないと前に進まないのが世界の日常です。

また、海外に出てみると、同じ事象をまったく異なる立場から見ている人の存在を知ります。戦争はまさにそう。センシティブな問題になりますが、例えば核廃絶に向けた取り組みの中で、日本は世界で唯一“原爆を落とされた国”として国際的な場で意見する機会があります。でも、日本に侵略された国は違う捉え方をするかもしれない。さまざまな立場や視点を分かった上で意見することが大事であり、そうした視点を持つために、海外を見るというのはとても大事なことだと思います。

末吉さん:
すごく共感します。国際学生が多いAPUには、まさにそうした多角的な視点を学べる環境がありますね。

――2023年春にはAPU開学以来初の新しい学部「サステイナビリティ観光学部」が誕生します。育成したい人材は?

山形さん:
持続可能性と“観光”を合わせたコンセプトが、別府にキャンパスを持つAPUらしさです。別府は、温泉が豊富にあるがゆえに医療サービスが発達し、今の「国立病院機構 別府医療センター」の前身である海軍病院も生まれました。医療のハブであり、そこから派生して、障害者福祉のハブにもなってきました。温泉をきっかけに、地域全体で医療福祉に強みを持ち、地域開発や地域振興につながる事例も多くあります。サステイナビリティ観光学部らしい切り口で、地域開発や福祉を学んだり、この地域に進出している企業とビジネスを学んだり、新しいチャレンジをしてほしいです。

APU では 2030 年までに取り組むビジョンとして「APUで学んだ人たちが世界を変える」を掲げています。自分の周りを変えることが世界を変える一歩だと思うので、身近であっても地球規模であっても、さまざまな視点から課題解決に取り組むサステイナビリティ観光学部で、世界へのつながりを見出していってほしいと考えています。

APUのキャンパスには、世界94か国・地域の学生が集っている

末吉さん:
「世界を変える人材」を育てるって、本当に難しいテーマだと思います。人が変わるには、まず現状や課題を知ることが大事だけれど、知っただけでは動かない。「もっと学びたい」「もっと行動したい」と思うような“心の変革”が必要です。そのきっかけをどうデザインしていくかが、世界を変える人材を育てることにつながると思っています。

山形さん:
APUでは学生のうちに起業することを積極的に応援していますが、ほかにも、学生の“スイッチ”が入る材料をたくさん用意しておきたいと考えています。

今の日本社会を見ていると、多様性がなかなか実現していないことに危機感を覚えます。世界に目を転じれば、性別を問わず30代、40代の首相や大統領が誕生している。でも、日本はまだまだ高齢男性が支配的な社会です。これからは、自分が踏み台になるつもりで、学生を応援していく姿勢で動いていきたい。そう意思表明して動くことが、自分がやれる範囲でできる「世界を変えること」だと考えています。

末吉さん:
今の世界は、「この先、この地球上で生きていけるのか」という危機的な状況です。課題解決の難易度はどんどん高まっているけれど、学生の皆さんには「自分たちが歴史を変えていく」という気持ちで行動していってほしい。

私は活動の中で、「一人の100歩より、100人の一歩が世界を変える力になる」とよく話しています。APUの学生の皆さんも、一人じゃなくて「仲間がいるんだ」という気持ちで、自分が捉えた“現場の課題”に向かって進んでいってほしいと思います。