水揚げ量日本一 銚子の「持続可能な漁業」とは
── 今日は、銚子市漁協の青年部の皆さんにもお越しいただきました。皆さんは銚子名物のキンメダイ漁がご専門だそうですね。漁師の仕事の魅力や日々の操業の様子は、どのようなものでしょうか?
田村 僕らは銚子で生まれ育ち、祖父や父の背中を追って漁師になりました。「11年連続水揚げ日本一」という記録をみんなで達成したり、観光客の方が魚料理を口にして喜んでくれたりすると、銚子の漁師として頑張ってきてよかったな、とうれしく思います。
キンメダイ(キンメ)は日の出とともに漁を始め、「立て縄」という一本釣り漁法で傷つかないように1尾ずつ釣り上げます。
水揚げしてその日の午前中には市場で競りにかけられるので、鮮度は抜群。銚子沖でぶつかる黒潮(暖流)と親潮(寒流)が豊富なプランクトンや小魚を集めてくれるから、一年を通して良質な脂がのっているのも特長です。
煮付け、刺し身、天ぷらと、どんな料理にしてもおいしいですよ。
加瀬 銚子でのキンメ漁には、漁業資源を守るために自主的に設けているルールがあります。
例えば、僕らが漁をするのは「日の出から3時間以内」だけ。仕掛けの糸につける針数も、糸1本につき60本以内と厳しく決められています。
鴨作 ほかにも、潮が速いときは漁を打ち止めにするなどの取り決めもあります。そんなときは、真夜中に出港して3時間かけて漁場に着いても、取らずに戻ります。
みんなが「取りすぎない」ためのルールをきちんと守ってきたおかげで、銚子のキンメの漁獲量は横ばいで推移しています。
「高齢化」「資源の枯渇」 深刻な課題も
── 銚子の漁師として感じている課題や懸念はありますか。
加瀬 漁師の「高齢化」「後継者不足」は深刻な問題です。僕たちが行っているキンメ漁をはじめとした家族で経営している小型船の20~30代の漁師は、僕ら3人しかいません。
いまは僕の祖父も含め、80歳を過ぎても現役で働く先輩たちが大勢いますが、将来的に上の世代の人たちが引退していったらどうなるのか、という不安があります。
田村 東日本大震災後の2〜3年間、キンメが取れない時期が続いたんです。当時、僕は漁師になりたてでしたが、あの衝撃は忘れられません。震災以降、魚がいなくなってしまう可能性についても考えるようになりました。
数年前に黒潮の大蛇行が始まってからは、それまで取れていたキンメが取れなくなった地域もあると聞きました。
海の魚は目に見えない資源なので、今後も温暖化や地震の影響などでパタッと取れなくなる日が来るのでは、という不安は常にありますね。
鴨作 僕も、親の代からキンメ一本でやってきましたから、もしキンメが取れなくなったら……という点は気がかりです。
ほかの魚種にシフトするということも簡単にはできませんし。銚子のキンメを大切に守りつつ、同時にキンメだけに依存しないやり方も考えなくてはと思っています。
動き始めた洋上風力発電プロジェクト
──そんな日本有数の漁業の町・銚子市で、洋上風力発電事業が始まったわけですね。
花﨑 まず、なぜ洋上風力なのかという点からお話しさせてください。世界的に気候変動対策が求められる中、日本でも再生可能エネルギー(再エネ)の主力電源化は喫緊の課題です。
そこで、海に囲まれた国土の特性を生かし、再エネ拡大の切り札として国を挙げて取り組んでいるのが、洋上風力発電なんです。
エネルギー安全保障上の観点でも、エネルギーの自給率を高めることにつながるので、洋上風力によって国産の再エネを安価かつ安定的に供給できることには大きな意味があります。
黒田 銚子市が洋上風力発電の促進地域に選ばれたのは、遠浅(とおあさ:岸から遠い沖の方まで水が浅く続いていること)の海が風車の建設に向いていること、年間を通して強い風が安定して吹くことなどが主な要因です。
また、市も、洋上風力発電の誘致を積極的に進めていて、昨年は「ゼロカーボンシティ銚子」として、2050年までに温室効果ガスの排出量実質ゼロを目指すことも表明しています。
── 一般海域での洋上風力としては、かなり大規模なプロジェクトだそうですね。
花﨑 そうですね。銚子市南沖合2〜10kmの海域に水深20〜30mほどの遠浅の海が広がっているのですが、この約4000ヘクタールほどのエリアの海底に、31基の着床式の風力発電施設を建設する計画です。
風車の高さは海面から250mほど。最大出力は約40万キロワット、原発1基分の約4割程度で、標準的な家庭の約28万世帯分の年間使用電力量をまかなえるといえば、その規模の大きさがお分かりいただけるかと思います。
銚子の洋上風力発電は、一般海域では国内初となる大型プロジェクトであり、今後の日本の再エネ事業全体にとっても非常に重要な取り組みと捉えています。
私たち三菱商事グループは、欧州市場で10年間にわたって洋上風力発電事業を担ってきましたから、蓄積されたノウハウや強化してきた人材もフル活用し、本プロジェクトに取り組んでいます。
洋上風力と漁業 意外な相乗効果とは
── 洋上風力発電の風車建設を前に、海洋調査を手がけているのが潜水士の渋谷さんですね。まず、海洋調査の仕事について教えてください。
渋谷 私は48年間、海に潜って仕事をしてきました。以前は港湾や橋脚をはじめとする海洋工事に携わっていましたが、ここ30年ほどは「海洋開発」と「環境・漁業」の共生の道を模索すべく、漁場や藻場(もば:海草や海藻の作り出す茂みで、稚魚が育つ場となる)の調査、洋上風力関連の水中調査などに取り組んでいます。
銚子での洋上風力発電については、実際に風車を建てる沿岸部の遠浅の海、いわゆる「灘(なだ)」の環境や生態系を調査してほしいと漁協さんから依頼をいただき、今年の春から君ヶ浜(きみがはま)や海鹿島(あしかじま)など30カ所ほどを調査しました。
──海の中の様子は、いかがでしたか。
渋谷 銚子の海の豊かさには驚かされました。いま、日本中、特に太平洋側の海では、海藻が枯れる「磯焼け」が大変な問題になっています。
ところが、銚子の海には海藻がいっぱいある。驚きましたし、これは大事にしなければと思いました。
銚子の海は荒く、そのため透明度が低い。潜水士にとっては手ごわい存在なんですが、その荒さこそが海を守ってくれているし、何より漁師の皆さんによって漁業資源が守られている。すごく希望が湧きましたし、今後、よりよい海にしていかなければと思いましたね。
──長年、海洋調査をしてきた渋谷さんから見て、漁業と洋上風力発電事業の共生についてどのように考えていらっしゃいますか。
渋谷 30年ほど前、東京湾アクアライン連絡道の海中の鋼管に、クロダイやスズキなどたくさんの魚がすみついていることを発見しました。
人工の海洋構造物も、やり方によっては生態系を豊かにしうるのだと気付かされた出来事でした。
それ以来、海中の構造物と生態系の関係について調査・研究を続け、洋上風力発電の先進国であるオランダやイギリスをはじめ、国内外の様々な海でデータを集めてきました。
少なくとも私の経験上、洋上風力発電事業によって、生態系が壊れたり魚が消えてしまったりした事例は知りません。
それどころか、例えば2013年に商用規模の実証機が設置された長崎県五島市沖の洋上風力発電施設の水中部には、わずか1年で根魚(ねうお:岩礁や海藻の茂みなどに生息する魚)もつき、回遊魚がきて、小魚の餌場となる海藻も着生していました。魚礁としての効果が実証されたのです。
今後、適切に手を入れていけば、生態系はさらに豊かになり、大漁場ができあがる可能性もあります。洋上風力と漁業は共存共栄が可能なのです。
カーボンニュートラルを目指して洋上風力発電を拡大しながら、海の中を一層豊かにしていく──。洋上風力発電事業は、日本の未来に大きな可能性をもたらす、希望に満ちた取り組みだと思っています。
*vol.2では、座談会の後編をお送りします。
*この取材は、感染症対策に十分留意し実施しました。マスクは撮影時のみ外しています。