漁場を「見える化」し、海を守る次の一手を
──洋上風力と漁業は相乗効果を生み出すものだというお話が印象的でした。(vol.1参照)
渋谷 私は海洋調査の際、地元の漁師さんをできるだけ巻き込んで、一緒に取り組むようにしています。
漁師さんの話に耳を傾け、洋上風力の設備が建つことによる不安や心配事も率直に語ってもらう。そうすることで、どんな調査が必要なのかが見えてきます。
初めから決まったことを調査するのではなく、対話をしながら調査自体をデザインしていく、そんな感覚です。今日来ている3人の若手漁師とも漁獲調査を一緒にやりました。
ルール上、環境影響調査を実施し許認可を取り、風車を稼働させていくことになります。「影響」という言葉はマイナスの印象を受ける方もいらっしゃると思うのですが、私が力を入れている調査は「海の中を豊かにするにはどうすればいいか」を探るための調査。視点がまるっきり違うんです。
田村 渋谷さんと僕らがこうして直接お会いするのはまだ3回目くらいだと思うんですが、すでに何十年もお付き合いさせてもらっているような感覚があります。
親身になって話を聞いていただけるし、何より本当に海が好きなんだということが伝わってくるんです。
実は渋谷さんには、この前から相談していることがあるんですよね。灘(なだ:沿岸部の遠浅)だけでなく、沖合50kmのキンメの漁場についても調べてほしいと……。
渋谷 そうそう。実際のところ、水深200〜300mに水中ロボットを入れてキンメの生態を調査するって、宝くじを当てるくらい難しいことなんです(笑)。
でも技術的には不可能ではないし、彼らといずれ実現しなければと思っています。
というのも、洋上風力では風車を設置する海域ばかりが注目されがちですが、周辺の海もつながっているわけですから、周辺海域も一緒に見ていくことには意味があるんです。
キンメの漁場をより良くするヒントが見つかるかもしれないし、灘をもっと豊かにできればキンメだけに頼らない漁業が可能になるかもしれない。
漁場を「見える化」することで、漁師さんたちは、海の環境や漁業の発展のために何をすべきか分かり、可能性や希望を見いだすことができます。
彼らは会うたびに大変な課題をくれるわけですが(笑)、どうにかして僕も期待に応えたい。
洋上風力に、よりポジティブなものを乗せていき、豊かな海にしていくよう、これからも一緒に頑張っていけたらと思っています。
洋上風力をめぐる、日本独自のアプローチ
――銚子の洋上風力発電プロジェクトの、運転開始までのスケジュールは。
花﨑 2025年から送電線などの陸上工事、2027年から洋上工事に着工し、2028年9月の運転開始を目指しています。
着工までのこの3年間は、大切な開発フェーズと位置づけられています。渋谷さんに依頼している漁場実態調査や環境影響評価のほか、海底地盤の調査、風況の分析なども行っています。
―― 銚子では「地域活性化の起爆剤」としても期待されているそうですね。
花﨑 洋上風力プロジェクトは、30年という長期間にわたって銚子の海を使わせていただく事業です。
ですから三菱商事グループでは、エネルギーの安定的かつ安価な供給にとどまらず、地元企業との連携による地域経済への貢献や競争力の強化、さらに、地域の社会課題に向き合い総合力で地域創生を実現していくことなども目指しています。
黒田 具体例をあげると、洋上風力の設備は、構成する部品が数万点に及ぶほど関連産業が多いんです。
そこに少しでも多くの地元の企業が関われるよう分野別にマッチングイベントなどを実施し、地元と連携したサプライチェーンの構築を目指しています。
銚子は人口減少、特に若い世代の流出が課題となっていますが、新たな産業を誘致したり、少しずつでも雇用を創出できれば、長期間にわたる経済波及効果をもたらすことができると考えています。
渋谷 長崎県五島市沖の洋上風力の例でいえば、洋上風力の風車ができたことで、洋上風力の先進地域として全国から人々が視察に来るようになりました。視察と観光を一緒にやっている事例もあります。
人口減少が長らくの課題ですが、自治体の努力もあって、今では移住してくる人も多いそうです。
それから五島では、洋上風力の事業や将来の展望を小中学生にわかりやすく伝えるプログラムや、高校生向けの課外授業も実施しています。
将来の進路の選択肢が増えることは、若者の人口流出に歯止めをかけるだけでなく、地域で新たな事業が生まれるきっかけにもなるでしょう。銚子にもそのポテンシャルは大いにあると思います。
花﨑 そうですね。ご存じの通り、欧州は洋上風力発電の先進地ですが、洋上風力が水産振興や地域振興と併せて語られることは決して多くありません。
「洋上風力」と「地域共生」をセットで追求していくという点は、日本の洋上風力における素晴らしい考え方だと思います。
銚子は、秋田と共にそのモデル地域として、日本の洋上風力の代名詞のような存在になれたらと思っています。
ちなみに私は、2年ほど前からここ銚子に単身赴任しているのですが、地元の方々と触れ合うにつれ、洋上風力プロジェクトへの期待をひしひしと感じ、身が引き締まる思いがします。
次の世代に残したい、銚子の海とまち
── 洋上風力発電との共生にどんな未来を描きますか。これからの銚子への思いをお聞かせください。
田村 最近、魚をさばけない人が増えていると思うんです。僕も同級生に魚をあげようとして断られたことがあって(笑)。
だからまずは、魚や漁業に対する皆さんのハードルを下げることから始めたいなと思っています。
そういう意味で、若い世代や子どもたちが海や魚に親しむ場に銚子の町がなれたらいいし、僕もそんなまちづくりに貢献できたらと思います。
洋上風力が来ることで関連の工事などで人口が増えて、その結果、漁業に新たに就く人が増えてほしいし、町が活性化することに期待しています。
もちろん、自分の子どもが漁業をやりたいと言えば継がせたいし、次の世代のためにも漁業資源は大切に守っていきたいです。
加瀬 銚子沖にはいま、実証実験のための洋上風力発電の設備が1基だけありますが、その付近で最近よくヒラメが釣れるそうなんです。
これから30数基も建ったら、ヒラメに限らず色々な他の魚がつくのではと期待が膨らみます。
沿岸の灘が豊かな漁場になれば、それは漁師にとって「新たな選択肢」になります。年齢を重ねて沖合に出ていくのが難しくなっても漁が続けられますし、キンメ一本に頼らなくても生活を守っていける。
漁師という仕事のハードルも少し下がると思うので、後継者不足の解消にもつながるかもしれません。
鴨作 漁業ももちろんですが、風車が建つことで、おそらく観光の面でも良くなると思うんです。
銚子を担っていく次の世代には、僕たちがこの洋上風力発電プロジェクトにどんなふうに携わったかということを言いたいし、自分たちを見習ってというわけじゃないけれど、「より良い銚子の未来のために、今度はみんなが次の一手を考えてみて」と伝えることはできるんじゃないかなと思います。
田村 たしかに。銚子市漁協では、これまでもそうした挑戦が繰り返されてきたんだと思います。
いま銚子の名物「銚子つりきんめ」があるのも、上の代の人たちが、付加価値を付けてブランド化する努力を何十年も続けてきてくれたおかげですから。
銚子の未来のために
── 漁業に関わる皆さんの話を伺ってみて、三菱商事グループの一員として本プロジェクトにかける思いを改めてお聞かせください。
黒田 この洋上風力発電プロジェクトを機に、漁場がさらに豊かになり、地域経済が活性化し、観光に来たり居住したりする人が増える、いい循環が作れたらと思っています。
実は私自身、このプロジェクトの担当になるまで銚子に来たことがなかったのですが、来るたびに色々な魅力に出会います。
海が近くて気持ちがいいし、気候も穏やか。漁業も農業も盛んで、キンメはもちろん野菜も果物もしょうゆもおいしい。銚子電鉄や屏風ケ浦などの観光資源もある。
都心からもそんなに離れていないですし、成田空港だって近い。そんな魅力の数々を効果的に発信することも、銚子を盛り上げる一助になるかなと考えています。
花﨑 私は漁協の方から「洋上風力は未来につながる話だから、青年部と話してほしい」と言われたことがとても印象的でした。
上の世代は若い世代のことを信頼しているし、実際こうして若い漁師さんたちが志を持って頑張っている。
素敵な関係性だなと思いますし、そんな皆さんを少しでもサポートできたらうれしいです。
そして三菱商事は総合商社ですので、漁業のみならず、農業や食品、観光など、多種多様な産業に広く深く関わっています。
銚子の皆さんには我々をどんどん活用していただきたいですし、我々もどこまで成長できるか一緒にチャレンジしていきたい。
30年後、「洋上風力が来てよかった」と銚子の皆さんに心から思っていただけるように、これからも三菱商事グループの総力を結集して頑張っていきます。
*vol.3では、地元の様々な産業で活躍する方々との座談会の模様をお送りします。
*この取材は、感染症対策に十分留意し実施しました。マスクは撮影時のみ外しています。