中川 パックン、早いものでこのシリーズも第6回を迎え、年の暮れも近づいてきました。
今日はまず11月2日に行われたアメリカ・バージニア州の知事選挙の話題から始めたいと思います。
(編集部注:中川浩一さんとパックンの対談は11月4日にオンラインで実施しました。)
■バイデン大統領が知事選で「敗戦」した理由
中川 バイデン大統領が大統領選挙で勝利してからちょうど1年となりましたが、その節目の選挙で、与党民主党候補のマコーリフ前州知事(64)が、共和党のヤンキン氏(54)に逆転勝利を許しました。
バイデン大統領にとっては、1年後に中間選挙を控える中で「手痛い」敗戦となりました。
一方、国際社会では直近では主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット、イタリア・ローマ)、国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26、イギリス・グラスゴー)も冒頭で首脳会合が開催されました。また、RCEP(地域包括的経済連携)発効の関連で10月末のASEAN関連首脳会議にも触れていきたいと思います。
バージニア州知事選挙については、バイデン大統領の支持母体である民主党の候補、マコ-リフ氏はなぜ敗北したのでしょうか。
共和党候補の大逆転なのか、あるいは民主党は負けるべくして負けたのか。トランプ色をあえて薄めたことで、逆に共和党候補の勝利につながったとの皮肉な見方もあります。
今年を振り返ると、いまのところ、8月のアフガニスタンでのタリバン政権復活が歴史に残るでしょうし、やはりバイデン大統領のアフガン撤退失敗が、支持率にも直結し、ずいぶんと下がっています(43%)。
また、アメリカ国内では大型経済対策法案とインフラ投資法案をめぐって民主党内で路線対立があり調整が難航したようですね。ずばりパックンの分析をお聞かせください。
パックン 民主党の敗北の要因はいくつもあると思いますが、まずご指摘のバイデン大統領の支持率の低下は一大事で、大きな要因だと思います。
バイデン大統領の支持率の低迷の理由は3つあると思います。1つはやはりアフガニスタン。中川さんとこのシリーズでも何度も触れましたが、撤退の仕方がみっともなかった。
戦争を終わらせること自体には、アメリカ人の過半数は賛成でしたが、結局、撤退する際に現地でテロが起き、アメリカ兵が亡くなりました。
バイデン大統領がもう少し控えめな言い方をしていれば良かったと思いますが、「アフガニスタンの政権は倒れない」「すぐにタリバンが台頭することはない」と言っていたのに、すぐにタリバンがアフガニスタン全土を掌握してしまいました。
これは、大統領が現状を分かっていないのではないか、とアメリカの国民から受け取られてしまいました。このことが非常に大きいです。
■左派と右派が対立 ワクチン義務付けは「自由」の侵害か
パックン もう1つはコロナです。バイデン大統領の支持率が一番高かった3月あたりは、コロナが間もなく収束し、アメリカは2年前のコロナ前の生活に戻れるのではないかとすごく楽観視する雰囲気がありました。
バイデン政権のコロナ対策も評価されていましたが、そのあとは過去2番目に多い新規感染者数を記録したり、デルタ株にやられたりして収束に向かうとは言いがたい状況が続いています。
中川 いまアメリカ国内は、コロナの状況がようやく収まりつつある日本より収束しているような印象があると思います。
たとえばテレビに映るメジャーリーグの観客の様子からも、そのように見てとれますが、実際は少し違うのでしょうか。
パックン いまは1日平均10万人弱の感染者数となっています。アメリカでは良い方の数字です。
それでも、5歳から11歳までの子どもがワクチンを接種するのかどうかや、学校でワクチンを義務付けするかどうかという議論がまだ続いています。
ワクチンの義務付けという点では、日本では、日本人は何だかんだ言いながらも素直にワクチンを受けています。
ワクチンの義務化について、日本で議論が最も加熱していたときの10倍ぐらいの盛り上がりが今のアメリカだと言っていいでしょう。
ワクチンの義務付け、マスクの義務付けで、右派、左派でものすごくもめています。左派にとってはたいしたことではなくても、自由が侵害されることをとても嫌う右派にとっては、非常に大きな論点になっているのです。
義務化に反対するために投票に行くぐらい、モチベーションを高める問題なのです。ここは日本人からすると理解しづらいのではないでしょうか。
中川 今回のバージニア知事選挙でも、少しはこの「義務化」の議論が影響しているのですか。
パックン ワクチン義務化への反発も選挙における敗北要因の1つです。特に学校における議論が大きいです。
先日も、FOXニュースを見ていたら、「子供にワクチンを打たせるな! ワクチン接種を拒む親をバカにするな!」と怒っている右派の方の映像が流れていました。こういう右派の方はアメリカでは非常に多いです。
一方、学校側は生徒にワクチンを義務付けたい。なぜかというと、たしかに子どものコロナ感染率は低いのですが、学校で働いている教員は大人で、職員を守るため、そして公衆衛生の面で疫病収束につなげていくために義務付けしようと考える学校が非常に多いのです。これに対し、保守派、つまり右派の親は「自由侵害だ」と主張するわけです。
■差別教育でも世論が二分するアメリカ
パックン 同時に、これは日本ではほとんど報じられていませんが、CRT(Critical race theory、批判的人種理論)の側面から考える必要もあるのです。
例の「Black Lives Matter」(黒人への人種差別)の問題が起きてから、ものすごく話題になっているのですが、アメリカの学校では最近、アメリカの歴史や現行の制度に潜在的な差別が潜んでいることを高校生らに教える動きがあります。
ただ、これがほとんどの学校でカリキュラムに盛り込まれているというわけではなく、一部の学校だけなのです。
保守メディアは「アメリカ人は全員差別主義者だ」、「白人に対する差別が唯一の解決策だ」と教えていると伝えていますが、それは誤報です。
おもしろいアンケートがあります。CRTについて詳しいですか、という質問に対し、イエスと答える方が67%いるのに、次にCRTについての詳細な質問をすると5%の人しか答えられない。つまり、みんなCRTを知っているつもりで、実は知らないのが現実です。
保守メディアはCRTを学校で教えるかどうかについても親が決めるべきだと主張しています。
アメリカのSchool Board(教育委員会)を検索すると、怒っている映像がたくさん出てきます。こういう映像を通じて見えてくるのは、右派の方々を過熱させ、投票に向かわせるという、共和党の上手な作戦です。
かつては、3Gと言われ、Gods(神)、Guns(銃)、Gays(同性愛者)の問題をつつけば保守派の有権者はすぐ動きました。いまはCRTやマスクとワクチンの義務付けがそれに代わるものとなりつつあるのです。このCRT騒動がバイデンの支持率低下の3つ目の要因です。
■「反バイデン」で存在感増すトランプ氏の影
中川 共和党のヤンキン候補は、今回の選挙戦でこのCRTをかなり利用したのでしょうか。
パックン 今回、共和党のヤンキン候補が勝ったのは、バイデン大統領に対する怒り、トランプ前大統領に対する支持が背景にあります。
ヤンキン氏自身はトランプ大統領とは距離を置いてました。他方、民主党のマコーリフ候補はバイデン大統領、ハリス副大統領の人気にあやかろうとしたのですが、そもそも2人に人気がなく効果がありませんでした。
一方、ヤンキン氏は、集会にトランプ前大統領を呼びませんでしたが、マコーリフ氏は、ヤンキン氏をトランプの弟子だ、手下だと批判をすることで、逆にトランプ支持層のヤンキン氏の支持を掘り起こしてしまいました。皮肉なことです。
ヤンキン氏はトランプ頼みでなく、自分のビジョンをアピールできていたのに、マコーリフ氏はトランプ批判に終始し、自分のビジョンを示せなかった。
民主党はトランプ氏の使い方を間違えていると思います。このままでは来年の中間選挙は相当厳しいです。民主党が来年の中間選挙でもトランプ批判に終始するなら、共和党が圧勝してしまうのではないかと思います。
中川 でもそのトランプ前大統領は、ちゃんと声明を出して、「ヤンキン氏の勝利に祝意を示し、ヤンキン氏に投票してくれた私の支持者たちに感謝したい。あなたがた抜きでは彼の勝利はなかっただろう」と言って、ちゃんと自分の存在、お手柄をアピールすることに余念がありませんでしたね。
今回の結果は、1年後の中間選挙に向けて、共和党、民主党各党にとっても、また各議員にとっても、どうすれば勝てるのか、あるいは負けるのかを学ぶ意味で、中間選挙のひな型的な戦いになったと言えるでしょう。
パックン 共和党側はトランプ支持率が高い州では、トランプ氏を呼んで集会を開くと思いますが、そうでもないパープル(共和党になったり民主党になったりする)な州では、トランプ氏とは距離を置きながらバイデン批判で人気を稼ぐでしょう。
バイデン大統領のコロナ対策は間違っているとか、自由を侵害しているだとか、CRTを押し付けようとしているとか。自分たちを差別主義者扱いするな、弱腰外交だ、経済政策はできていない、などの批判を重ねて票を稼げるはずです。
中川 バージニア州は昨年の大統領選挙では、バイデン大統領がトランプ前大統領に10%もリードして勝利した州です。そこで民主党が負けた意味は来年の中間選挙を考える上では大きいですね。
パックン 投票率の違いも大きいと思います。やはり4年に1回の大統領選挙と、中間選挙や地方選挙とでは違います。後者はコアな支持者しか投票しません。中間選挙は、コア支持者が多い共和党が毎回強いですね。
中川 バイデン大統領がアフガニスタン撤退の失敗もあって、共和党との関係のみならず、民主党内部の調整にも戸惑っているという見方もあります。バイデン大統領の内政上の調整能力も問われますね。
パックン 民主党員もこれまでのバイデン大統領の仕事ぶりには正直がっかりしていると思います。日本でも一時期、「仕事師内閣」という政権がありました。バイデン大統領も「仕事師大統領」というブランディングをしてきました。
長年、上院議員を務めたバイデン氏は、民主党にも共和党にも友人がいてパイプがあり、法案の通し方もわかるという触れ込みでした。
それなのに、アフガニスタンからの撤退、コロナ対策、さまざまな立法などの「仕事」をバイデン氏はできていないように見えます。
ただ、先に述べた2つの法案について言うなら、まもなく通ると思いますよ。
(注:2つの法案のうちインフラ投資法案は11月15日にバイデン大統領が署名しました。大型経済対策法案は11月19日に下院で可決し、今後、上院で審議される予定です)
この続きの【後編】はこちらからどうぞ。
(中川さんとパックンさんの写真はいずれも上溝恭香撮影)
(この記事は朝日新聞社の経済メディア『bizble』から転載しました)