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アフガン撤退後のアメリカの先行きは?「テロとの闘い」から「対中強硬路線」にシフト、成否は?【後編】

これだけは知っておこう世界のニュース 更新日: 公開日:

いま海外で起きていること、世界で話題になっていること。ビジネスパーソンとして知っておいた方がいいけれど、なかなか毎日ウォッチすることは難しい……。そんな世界のニュースを、コメディアンやコメンテーターとして活躍しているパトリック・ハーラン(パックン)さんと、元外交官の中川浩一さんが、「これだけは知っておこう」と厳選して対談形式でわかりやすくお伝えします。

■バイデン大統領の「アフガン戦争終結」をトランプ氏ら批判

中川 前編に続き)8月のアフガニスタン問題について振り返ります。

バイデン大統領
アメリカ・バージニア州アーリントンで演説に臨むバイデン大統領=7月23日、朝日新聞社

バイデン大統領は8月31日に、アフガニスタン戦争が終結したことを宣言する演説をおこないました。

ところが、アフガニスタンで政権をタリバンに奪取されてしまったことで、トランプ前大統領はじめ共和党側はバイデン大統領、ハリス副大統領、ブリンケン国務長官は辞任すべきだと批判を強めています。

もちろんこれは政治の世界の話なので、共和党としては民主党側をたきつけることに狙いがあるのでしょう。

しかし、アフガニスタン問題に対するアメリカ国民の関心の低さを考えると、バイデン大統領の終結宣言を機にアメリカ国内はひと段落して落ち着いていくのでしょうか。あるいは、民主主義、人権重視を標榜してきたはずのバイデン政権がアフガンの民主主義、人権を見捨てたという論調で今後も尾を引く話なのでしょうか、パックンはどう見ていますか。

対談する中川浩一さんとパックン
対談する中川浩一さん(左)とパックン(※実際の対談はオンラインで実施しました)

パックン まず、アメリカ軍の最後の撤退ぶりがみっともない、というのは私も認めなければいけないと思います。民主党の方が、共和党よりはるかに好きな私でも、そう思います。

アフガニスタン人のスタッフや通訳の方々をもっと守れなかったのか。アメリカ軍ではなく、女性や子どもを先に、弱い人たちを先に撤退させるべきでした。アメリカ軍が残した装備がタリバンにわたるのも、とんでもない失態です。ブラックホークの戦闘ヘリだけでなく、アメリカの基地がそっくりそのままタリバンの基地になるというのは、これはだめでしょう。

アフガニスタン北部クンドゥズで戦闘に巻き込まれて頭を負傷したタマナちゃんの一家
アフガニスタン北部クンドゥズで戦闘に巻き込まれて頭を負傷したタマナちゃん(左)の一家は、村を捨てて首都カブールに逃げてきた=8月10日、朝日新聞社

バイデン大統領は責任転嫁をしています。確かに、トランプ前大統領もひどかった、タリバンと2020年2月に、2021年5月までの完全撤退を合意しました。撤退のやりかたは無様だし、テロも発生してアメリカ兵も亡くなりました。しかし、最終的には12万人のアメリカ人と関係者を避難させることはできました。前政権から引き継がれた条件下では、まあまあベストかなと思います。

■トランプ前大統領の交渉、実は負け続け?

中川 トランプ前大統領がタリバンと交渉して合意をした撤退でした。正統なアフガニスタン政府があるにもかかわらず、反政府組織のタリバンと合意をしたことが、今回の撤退の混乱の遠因ではなかったのでしょうか。大きな分岐点になったのではないですか。

ホワイトハウスで行われた式典で演説するトランプ大統領
ホワイトハウスで行われた式典で演説するトランプ大統領(当時)=2019年8月29日、アメリカ・ワシントン、朝日新聞社

パックン 実力を全く持たないアフガニスタン政府を合意プロセスに入れなかったのは、やむをえない選択かもしれませんが、格好は悪いです。アメリカがつくった政府を、タリバンが攻撃できる内容になっているんです。アメリカはアフガン軍を支えない条件にもなっています。そして2021年5月の撤退を決めたんです。内戦にも介入しないという約束つきで。

これはタリバンがものすごく喜ぶ条件ですね。タリバンは、アフガニスタンをテロの温床にさせない約束はしましたが、女性の権利を守るとか、政府を打倒しないとか、そういう条件は全く入っていません。タリバンのほしいものばかりを認めているのです。

トランプ前大統領は自分のことを世界一の交渉人と言っていますが、実はすべての交渉に負けているのです。タリバンがいつかは政権をとるというロードマップができていたようにも思えます。

中川 バイデン大統領は、政権発足後3か月足らずの今年4月中旬に、アフガンからの「無条件かつ完全な」撤退を表明しました。

パックン マクマスター元トランプ大統領補佐官は、このトランプ大統領とタリバンの合意は、事実上のアメリカの「降伏」だと言っています。バイデン大統領も、前政権が降伏と言ったわけだし、降伏でいいや、もう帰ろう、逃げようと言っているのです。

個人的には、政権がかわったからといって合意を破棄するのは、アメリカのこの先の外交のためにはならないと思います。トランプ大統領は、イランの核合意からの離脱、気候変動のパリ協定からの離脱などをしました。

バイデン政権は、タリバンともう一度交渉を持ち込んでも良かったかもしれません。でも早めに撤退を終えた方が、来年のアメリカの中間選挙を前に、みんな忘れてくれると思ったのでしょう。

■アフガン撤退、2022年中間選挙にどう影響?

中川 バイデン大統領は、アフガニスタンからの撤退を、選挙向けの成果にしたかったんですね。

パックン バイデン大統領が撤退をずるずる引き延ばして2022年の夏になったら、中間選挙で痛い目にあって当然かもしれません。中間選挙で与党は議席数を増やせませんが、来年のこの時期に、今回のような失態が起きたとしたら、影響はもっと大きかったかもしれません。

アメリカの主要メディアが民主党の勝利確実を報じ、喜ぶ民主党支持者
アメリカの主要メディアが民主党の勝利確実を報じ、喜ぶ民主党支持者=2018年11月6日、アメリカ・ワシントン、朝日新聞社

これから1年間かけて、新型コロナが収束したり、経済が好調になったりすれば、来年の選挙にはいいことがあるかもしれません。けれども、このアフガンの問題についていえば、とにかくアメリカ国民に忘れてもらいたいように見えますね。

しかし、共和党寄りのFOXテレビは永遠にこの失態を攻撃材料にするでしょう。他方、CNNはあと数か月で、ほぼアフガニスタンを取り上げなくなるでしょう。アメリカ人はそもそも内政優先で、外交関係のことで投票は決めませんから、尾を引くことはないと思います。

ただ、タリバン政権下で再び公開処刑が始まったり、学校に通う女性が殺されたりする映像が流れたら、話は違うでしょう。

20年前はインターネットや携帯電話は普及しておらず、そういう出来事があっても明るみにはならなかった。でも、いまではアフガニスタン人の7割ぐらいが携帯電話を持っています。タリバンの恐怖政治が再び始まって、アフガニスタン国民、特に女性が苦しめられているような映像が出回ったら、それはバイデン大統領の責任だということにされ、間違いなく来年の中間選挙の攻撃材料に使われると思います。

■女性初の副大統領、ハリス氏の存在感は?

中川 そういう状況のなかで、ハリス副大統領、史上初の女性の副大統領ですが、バイデン政権の発足から半年以上が経過して、これまでのパックンの評価はどうですか。

大統領就任式で宣誓する副大統領のハリス氏
大統領就任式で宣誓する副大統領のハリス氏=1月20日、アメリカ・ワシントン、朝日新聞社

パックン まあまあですかね。あまり波風を立てていないかなと思います。演説をおこなっても、やっぱりバイデン大統領の方が注目されています。

私は、もう少し、ハリス副大統領が活躍するかなと思ったんです。バイデン大統領は83歳にしては元気です。

ハリス副大統領が移民問題の担当になったのは、すごく貧乏くじだと思います。これは解決が難しい問題だからです。解決策はあっても、与野党の合意が得られず、前に進めることができない。

国境を超える不法移民の数が再び増えたり、それを阻止するために強硬な手段を使ったりすると、野党からも与党からも政権の移民政策が非難の的になります。その矢面に立つのがハリス副大統領だとすると、すごく大変です。私だったら、移民担当は断ったと思います。

しかし、ハリス副大統領は大きな波風を立てず、失敗もせず、副大統領としての仕事はこなしているかなと思います。

これからは、今回のASEAN訪問をはじめ外交における副大統領のプレゼンスが増すはずです。バイデン大統領もあちこちの国を飛び回る元気はないと思います。バイデン大統領のかわりに、ハリス副大統領、ブリンケン国務長官、オースティン国防長官が忙しくなるはずです。

■中国に対抗する「技術革新・競争法案」成立? 日本への影響は?

中川 アメリカの議会の動きですが、中国に対抗していく「アメリカ技術革新・競争法案」の採決が先送りになったとの報道がありました。

対中国という共通の目標があっても、民主党と共和党の間で、いろんな調整が必要です。ビジネスパーソンにとって、アメリカ議会の中国関連の動きは大事なので、要注意です。

パックン この法案は、対中国政策のタカ派の人たちは一刻も早く通したいと思っています。細かな点で、交渉に時間がかかっているだけで、いつかは通ります。

これは経済関連の法案なので、どの議員にとっても選挙区の企業に影響が出ます。文言を少し修正して秋のうちには可決されると思います。

アメリカのトランプ大統領(当時)と中国の劉鶴副首相
米中貿易摩擦で歩み寄りを見せたアメリカのトランプ大統領(当時)と中国の劉鶴副首相=1月16日、ホワイトハウス、朝日新聞社

中川 「アメリカ技術革新・競争法案」は、日本企業にとってはどんなことに注目が必要でしょうか。例のユニクロ製品の輸入禁止問題もあるので、要注意ですね。

パックン 主な内容はアメリカの半導体企業に対する支援金(520億米ドル)です。それが日本の競合企業には脅威になると思います。ただ、日本側を罰するような内容にはおそらくならないはずです。アメリカ企業にとって有利な内容なので、日本政府が、自国の企業に同額の支援金を出すのか、どうやって便乗するのかがポイントだと思います。

逆に、投資家として、この法律で恩恵を受ける企業に、日本の投資家の方が投資すればよいのではとも思います。

中川 今回のアフガニスタンの「失態」で、共和党が強気になって、この法案の足を引っ張る可能性はあるのでしょうか。

パックン 民主党はいつも弱腰外交だと批判されますが、しかし、タリバンと「降伏」協定を結んだトランプ政権の関係者がバイデン政権を批判するのはおかしいと思います。同時多発テロに関連してアフガニスタンへの攻撃を開始したブッシュ政権の中枢にいた人もバイデン政権を批判しています。攻撃を始めたのは誰だったのかと言いたくなります。

とは言え、バイデン政権も「弱腰」とは見られたくないので、中国への強硬姿勢を見せようとするはずです。民主党は本来、企業への補助金を強化したくはない立場です。国のお金を企業に回すのではなく、国民を救えというのが民主党の立場ですが、弱腰に見られないように、「アメリカ技術革新・競争法案」を通す勢いが増すかもしれないですね。(中川さんとパックンさんの写真はいずれも上溝恭香撮影)

編集部注:中川浩一さんとパックンの対談は9月1日にオンラインで実施しました。

(この記事は朝日新聞社の経済メディア『bizble』から転載しました)