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「銃弾が足りない。助けて欲しい」PKOの現場で、韓国からのSOS まさかの結末

揺れる世界 日本の針路
南スーダンのジュバで、工事現場の周辺を警戒する陸上自衛隊のPKO派遣隊員
南スーダンのジュバで、工事現場の周辺を警戒する陸上自衛隊のPKO派遣隊員=2016年11月、仙波理撮影

13年12月当時、南スーダンには、日本など50カ国以上の約7600人で構成される国連南スーダン派遣団(UNMISS)が駐留し、平和維持活動にあたっていた。首都ジュバで同月15日、クーデター未遂事件が発生。反乱軍が各地で蜂起し、治安が急速に悪化していた時、事件は起きた。

13年12月22日の深夜、自宅に戻っていた高橋氏に事務局員から連絡が入った。防衛省が「南スーダンPKOに派遣されている現地自衛隊の部隊長が、韓国軍部隊長から要請された話」を伝えてきたという説明だった。韓国側は「銃弾が足りない。何とか助けて欲しい」と訴えているという。

韓国軍の工兵部隊は当時、ジュバから約200キロの東部ジョングレイ州ボルで学校建設にあたっていた。同地は、18日に反乱軍に制圧された。韓国軍はボルの宿営地に避難民約1万5千人を受け入れていたが、隊員や住民を保護するための銃弾が絶対的に不足していた。

高橋氏は事務局員からの報告を聞きながら、「無理かもしれない」と感じたという。PKO法25条は「物資協力」を定めるが、政府は1991年のPKO法の国会審議の際、物資協力に武器や弾薬、装備は含まれていないという答弁を行っていたからだ。日韓の間には、物品役務相互支援協定(ACSA)も結ばれていなかった。

だが、その2時間後、事務局員から再び、高橋氏に連絡が入った。事務局員は「もう一度、PKO法をチェックしましたが、法的には弾薬を明示的に禁じていません」と語った。事務局員らは「韓国軍に銃弾を渡さなければ、すぐにも死人が出る」という現地の緊迫感に突き動かされていた。

高橋氏は「24時間以内に送らないと大変なことになるという様子でした。防衛省の熱量が特に高かったのを覚えています」と語る。自衛隊の現地部隊長は「韓国を見捨てるわけにはいかない」と訴えていた。当時、米軍も同じタイプの銃弾を使っていたが、韓国軍は「銃弾に余裕があるのは、自衛隊しかない」とも伝えてきていた。

高橋氏は「これは人道問題。やらないわけにはいかない」と思い定めた。同時に過去の国会答弁との整合性が問題になる。実現すれば、日本の弾薬が国連や他国に譲渡されるのは初めてのケースになり、武器輸出3原則との関係も問われるだろう。「事務的に処理する問題ではなく、すぐに官房長官の判断を仰ぐべきだと考えました」

高橋礼一郎氏

高橋氏は翌23日午前、菅義偉官房長官に説明した。過去の国会答弁との関係、武器輸出3原則の例外扱いとする説明が必要だと訴えた。政府は2011年に3原則を大幅に緩和し、平和・人道目的や、国際共同開発・生産への参加であれば、例外として武器の輸出を認めていたが、国連を譲渡先にしていなかったため、官房長官談話も必要になった。

高橋氏は「現地は緊迫しており、ただちに内閣法制局と調整したい」と訴えた。菅氏は調整が可能かどうか確認したうえで、「すぐに取りかかれ」と指示した。内閣法制局から「何とか、できそうだ」という連絡があったのは同日深夜になってからだった。

翌24日朝、高橋氏は菅氏に準備が整ったとして、持ち回り閣議と官房長官談話の説明を行った。同日午前に持ち回り閣議を開催。その後、国家安全保障会議関係閣僚会合、官房長官談話の発表と続け、同日中に韓国側に銃弾を渡し終えた。

高橋氏は過去、総括公使として韓国に勤務した経験があった。韓国の自衛隊に対する微妙な感情も理解していた。高橋氏は手続きを進めながら、外務省に「現地部隊長のやり取りだが、こうした要請は外交ルートを通じてやるのが普通だ。間違いなく韓国政府の意思なのか確認してほしい」と要請した。外務省は在京韓国大使館に問い合わせた様子で「確認が取れた」と連絡してきた。

だが、高橋氏の一抹の不安が的中した。しばらくして、外務省から「韓国が『国連の業務として起きた事案だから、韓国という名前を出さないでほしい』と言っている」という報告が上がってきた。高橋氏は「武器輸出3原則の例外をつくるのに、国の名前を出さないわけにはいきませんでした」と語る。

果たして、韓国外交省報道官は24日の会見で「国連派遣団に支援を要請し、派遣団を通じて支援を受けたに過ぎない」と述べ、自衛隊との直接のやりとりではないと強調した。報道官は「一部のメディアで指摘されているような、日本の集団的自衛権や軍備増強とは何ら関係がない」とも語り、日韓の防衛協力だと受け取られることへの警戒感を隠さなかった。

菅官房長官は24日の記者会見で「国連からの正式な要請。韓国からも要請があった」と強調したが、韓国国防省報道官は「我々も部隊の防護、基本的な任務遂行に必要な弾薬は持っていた」「予備分を確保するために臨時に借りた」と説明した。このため、「緊急、人道上の要請に応えるため、既存の法律の枠内でできることを行った」という日本政府の説明に疑問を持つ声が一部で上がることになった。

韓国軍は1月10日、自衛隊から無償譲渡を受けた弾薬1万発を、UNMISSに返還した。日本の自衛隊との直接のやりとりではないとも強調した。

PKOの任務を終え南スーダンから撤収する自衛隊員たち=2017年5月、ジュバ、杉本康弘撮影

高橋氏は「あの事件の前から武器輸出3原則を根本的に見直すという話はありました。でも、このオペレーションにはまったく関係がありません。南スーダンの問題を扱っているとき、3原則の見直しという話が出たことも、考えたこともありません」と語る。

防衛省は当時、韓国政府の反応に大いに怒ったという。「我々の現地部隊長がウソつき呼ばわりされていいんですか」と憤った。後日、韓国の現地部隊長から自衛隊の隊長に非公式な謝意の表明はあったという。

高橋氏は、南スーダンでの事件について「韓国はいきなり、国内政治の論理をぶつけてきました。恩をあだで返すのは日本の政治家が一番嫌う行動です。あの事件で、日本の政治家の多くが韓国を嫌いになってしまった」と話す。

どうして、韓国は内政を持ち出してしまったのか。高橋氏は「日韓に共通の戦略目標がないことが原因の一つだったのではないでしょうか」と振り返る。日韓は冷戦時代、反共産主義という米国主導の陣営に入ることで事足り、共通の戦略について語り合うことがなかった。「今は冷戦も終わり、韓国の経済力や国際的地位も上がっています。未来志向という言葉だけでは、お互いの違いを乗り越えられません」

日韓両国はこれまで、台湾海峡、南シナ海、インド太平洋の安全保障などで、共通の戦略を共有できずにいる。高橋氏は「韓国は日本だけでなく西側諸国との間でも、大きな戦略目標を共有できずにいます。5月に発足する尹錫悦新政権が、ぜひ共通の戦略目標の構築に向けて努力してくれるよう、期待したいと思います」と語った。