昨年11月、上智大学の学園祭「ソフィア祭」のイベントの一つ、「ソフィアンズコンテスト」のステージ。1人の女性が静かに話し始めた。
「私が伝えたいことは、学びの大切さと、ジェンダー問題について知ることの大切さです」
オンライン配信された動画は、顔から下しか映さない。ファイナリスト4人のうちの1人、4年生のあさみさん(26)が「顔出しなし」で臨んだからだ。
あさみさんは、表情を見せられない分、抑揚をつけ、指を折ったり、手を胸元に置いたり、様々な表現を駆使して語った。専門学校卒業後、客室乗務員になったが、体調を崩し、あこがれた仕事ができなくなったこと。転職したが、社会についての知識がないと痛感し、学び直そうと思ったこと。ジェンダーなどを深く学ぼうと、フェリス女学院大から上智大に編入したこと……。10分弱のスピーチを終えると、顔が見えないようお辞儀した。
上智大では長く、「ミス/ミスター」を決めるコンテストが開かれてきた。特にミスコンは「アナウンサーの登竜門」とも呼ばれ、大橋未歩さん、杉浦友紀さんらを輩出。ウェディングドレスやタキシードを着用する慣例もあった。
これに、性差別や外見による差別(ルッキズム)につながるとの指摘が寄せられた。他大学でも見直しが進んでいた。
「多様性の尊重をうたう大学でやるのはどうなのか」「女らしさ、男らしさという古い価値観の押しつけでは」
上智大生でつくる実行委員会は議論の末、2020年、男女を分けない、SDGsについての発信を求める、自分らしさを表現する衣装で登壇など内容を大きく変更。「ソフィアンズコンテスト」と形を変えた。
新たな挑戦は好意的に受け止められたものの、ネットなどで「結局、ルックスの良い人が選ばれた」との指摘があった。コンテストが終わり、21年に向けての打ち合わせが始まった。コンセプトは引き続き、自身の魅力と社会的課題を発信するインフルエンサーとしての活躍を競うこと。誰かが提案した。「顔はあってもなくてもいいんじゃないの」。確かに。「いけるんじゃない」「いいよね」と賛同が相次いだ。
そうして決まった「顔や個人情報を隠しての出場も可能」と書かれた告知に目をとめたのが、あさみさんだった。
訴えたいメッセージはある。そのために顔を出すことは必要か。あさみさんは「ない」と判断した。顔出しなしの参加者がいることで、コンテストが前向きに変わったと伝えられるとも感じた。
エントリー後、2回の面接を経て、あさみさんは、ファイナリストになった。そこから先は、SNSへの投稿や学園祭本番でのプレゼンなどに対する学内外からの事前ウェブ投票、教授らによる審査、当日票で競う本選、と続く。
インスタグラムへの投稿では、顔を花束や本、帽子で隠した。文章中心でどうしても地味になるが、感銘を受けたジェンダー学の本などを紹介した。「絵文字を入れたり、何度も書き換えたり、どうしたら伝わるか、本当に悩みました」
グランプリは結局、手話を交えて情報発信の重要性をプレゼンした別の参加者に贈られた。でも、あさみさんには充実感があった。「やれるだけのことはやったし、伝えたい人に伝えられた」
実行委員会で広報を担当した2年生の小塩巴菜さん(21)は「候補者の違いがより分かるようになり、人気投票っぽくなくなってきた」と手応えを語る。ただ、世間の注目は初回より明らかに下がった。ミスコン時代と比べると、さらにだ。そこが残念と悔しい表情を見せた。
「顔出しNG」も許容したコンテストが今年、どんな形になるのか。改革のバトンは、同じZ世代の後輩たちに託されている。