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21歳大学生、市議会議員に。マイノリティーの自分だから、できることがある

World Now
ヒバ・カウザーさん(本人提供)
21歳で市議会議員になったヒバ・カウザーさん(本人提供)

ヒバ・カウザーさん(22)は今年の1月最終週、目が回るほど忙しかった。試験期間を前に毎日、勉強した。そのうち2日間は小学校で先生を補佐するアルバイト、3日間は市議会議員としての仕事があった。夕方からの本会議は、深夜まで続いた。

どんなに忙しくても、友達との時間は大切だ。勉強からも政治からも離れ、話し、笑い、エネルギーをもらっている。 1999年、両親は宗教的迫害から逃れるため、パキスタンを離れた。母が身ごもっていたのがカウザーさんで、旧東独地域の難民施設で生まれた。2001年には米同時多発テロもあり、外国人への風当たりは強かった。

8歳の時、両親は暮らしやすい土地を探し、中部のオッフェンバッハに移った。移民が増えるドイツでも、大都市のフランクフルトに近いこの街はとくに国際色豊かだ。人口14万人で移民の背景を持つ住民は6割超。トルコやルーマニア、モロッコなど50を超える国々から来た人が住み、様々な言葉が飛び交う。

ドイツでは、移民と地域住民の共生は古くて新しいテーマだ。小さな都市で、女性の地位向上を訴え、ブラック・ライブズ・マター(BLM)のデモで演説、と若くして活動を始めたカウザーさんは、目覚めたZ世代のひとりとして注目の存在だった。

知人らとSPDの青年組織の旗を広げるヒバ・カウザーさん(前列左)=本人提供
知人らとSPDの青年組織の旗を広げるヒバ・カウザーさん(前列左、本人提供)

ただ、もともと政治家になる気はなかった。中道左派の社会民主党(SPD)に加わってはいたが、「何かを変えたい。街頭に出て、差別や貧困と闘う人と一緒にいたい」という思いで動いていただけだった。何かを決めるため、政党間で話をするといった政治の場に入ると、妥協を余儀なくされ、「自分の価値観を損なうのでは」と恐れた。

だが、市議選を前に、党や地域の人から立候補を促された。立ち止まり、考えた。街には移民や難民への偏見や差別があると思う。移民は多いのに、議会には中高年の白人男性が目立つ。本当は、つらい体験をし、きつい立場に置かれた人のことを分かる人が、政治家になるべきなのでは。

ヒバ・カウザーさん(本人提供)
ヒバ・カウザーさん(本人提供)

迷った末、立候補を決めた。母に伝えると、まじまじと見つめられ、「それは許されているの?」と聞かれた。市議選の被選挙権を持つのは18歳以上だが、母には、21歳の女性が出るのは信じられなかった。「最初は驚いたけど、もちろん母は私を支え、力をくれました」。だが、母は、わが子に1票を投じることはできなかった。投票には、18歳以上で、ドイツ国籍かEU加盟国の国籍がなければならない。ドイツ生まれのカウザーと違い、両親はドイツ国籍を持っていない。似た事情の人は、街にあふれていた。

選挙運動中、あからさまな差別にも遭った。名前と写真が載った自分のビラを配っていると、中年男性に言われた。「外国人には投票しない」「外国人ではなく、ドイツ人です」「違う。お前のような人間は市議にふさわしくない」

昨年3月の投票日が近づくと、カウザーさんはインスタグラムに投稿した動画で呼びかけた。政治に変化をもたらすのに必要なものを。「若者、女性、BPOC(黒人や有色人種)です」

ヒバ・カウザーさん(右)。男性が持っているのは市議選のパネル=本人提供
ヒバ・カウザーさん(右)。男性が持っているのは市議選のパネル(本人提供)

ふたを開ければ、2番目に多い2万624票で当選。「人々はこれまでと違う政治を求めている」と実感した。議会は若返った。カウザーさんは最年少女性議員だが、19歳の男性議員も誕生している。女性は71人中、32人。でも、満足はしていない。もっと女性を政治に引き込もうと、超党派の女性グループの立ち上げに関わった。「若者も、女性もまだ増やせるはずだし、移民の代弁者はもっと必要です」

市議になって1年。小さな街の財政は厳しいと痛感する。新型コロナは貧しい家庭をさらに圧迫し、移民はようやく手にした仕事を手放すまいと長時間労働に向かう悪循環が生じる。若い政治家として何ができるか。課題が立ちはだかる。 だが、悲観はしていない。市議選の半年後にあった連邦議会選挙でも、当選者736人中、20代が前回の4倍近い48人を占めた。気候変動対策を求めるデモはコロナ禍でも続き、もっと若い世代も街頭に出ている。スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさん(19)らにも刺激を受ける。「Z世代は不平等に気づき、立ち上がり、声を上げている。異なる場所で違ったふうに育っても、地球規模で動き始めた。私はその一員であることに誇りを持っています」

連帯を訴えるデモに参加したヒバ・カウザーさん(前列右)=本人提供
連帯を訴えるデモに参加したヒバ・カウザーさん(前列右、本人提供)

■Z世代とは誰なのか そしてwokeとは

近年、にわかに注目を集めるZ世代。そもそも誰のことで、どんな特徴があるのか。

米国の世代研究の専門家で、センター・フォー・ジェネレーショナル・キネティクス(世代間動態研究センター、CGK)のジェイソン・ドーシー所長に書面で聞いた。

センター・フォー・ジェネレーショナル・キネティクス(世代間動態研究センター、CGK)のジェイソン・ドーシー所長=本人提供
センター・フォー・ジェネレーショナル・キネティクス(世代間動態研究センター、CGK)のジェイソン・ドーシー所長=本人提供

生まれ年は、およそ1996~2012年。地理的要因などが影響するので、若干のずれは生じる。

ドーシー氏らの著書「Z世代マーケティング」は、1996年、という起点について、これ以降に生まれた人の大部分が2001年9月の米同時多発テロの記憶がない点を指摘。新型コロナ禍の経験が、次の世代との境界になるだろうという。

では、特徴は。ドーシー氏は「これまでのどの世代よりも若い時から、スマートフォンやタブレット端末にアクセスし、テクノロジーに依存し、最もグローバルにつながった世代」と言う。通常、ある世代には国や地域による違いのほか、同じ国内であっても都市と地方で違いがあるが、「Z世代はどの世代よりもよく似ている」。

この世代の台頭を印象づけたのは何だろう。マララ・ユスフザイさん(24)が銃撃にひるまず、女性の学ぶ権利を訴えたことか。グレタ・トゥンベリさん(19)が国連サミットで「How dare you」(よくもそんなことができる)と言ったことか。いずれも強烈なインパクトを与えただけでなく、この世代の人権意識や環境意識の高さに世間は注目している。

ドーシー氏によれば、「毎年の調査からは、彼らの社会貢献への思いが常に強くなっていることが分かる」。社会貢献の活動は、社会正義の実現、環境の改善、不利な立場にある人々の保護などに向けられているという。

そんなZ世代は「woke」という言葉で形容されることもある。

「意識高い」とも訳されるが、日本の「意識高い系」とはニュアンスが異なる。もともとはwake(目覚める)の過去・過去分詞形で、米国で黒人差別に抗議して立ち上がる、という文脈で使われ始めた。近年、「差別や人権、社会正義などを活発に意識する」との意味が定着。それに対し、保守派が反対勢力のレッテル貼りに使うことも頻繁になった。2021年、米辞書出版大手メリアム・ウェブスターは「注目の単語」のひとつに選んでいる。

ドーシー氏の見解はこうだ。「Z世代が、よりリベラルな政治や価値観、社会的活動に熱心であることが理由だろう」。一方で、「新しい世代が前の世代よりリベラルな考えを持つことは新しいことではなく、歴史上ずっとあったこと」と注釈もつける。

ちなみにZの呼称は、米国で1965年~76年生まれの人たちが「X世代」、77~95年が「Y世代(ミレニアル世代とも)」と呼ばれたことによる(年代はいずれもドーシー氏らの著書から)。

ラテン文字の最後の「Z」まで到達したため、ポストZ世代はギリシャ文字の最初の「α」をあてて、「α世代」と呼ばれる。