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ナイキもバンズも注目 スケボー天国メキシコ市から生まれる、未来のオリンピアンたち

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
Skateboarders at Parque Lira Skatepark in Mexico City, Jan. 8, 2022. With improved accessibility and support from the government, skateboarding schools, stores and a diverse social scene have taken flight in Mexico. (Alicia Vera/The New York Times)
メキシコ市内のスケートボード公園に集まった若者たち=2022年1月8日、Alicia Vera/©2022 The New York Times

スケートボードの腕を磨いて生きていこう。カロリーナ・アルタミナーロがそう決意して、メキシコ南部の歴史の街オアハカ市にあるわが家を出たのは1年前のことだった。

スケボーを始めて9年。数年前なら、米国のロサンゼルスかニューヨーク、あるいは遠く離れたスペインのバルセロナに向かっていただろう。しかし、選んだ先は、母国の首都メキシコ市だった。

「スケボー公園は多いし、もっと増えそうだ」とアルタミナーロ。街にはあちこちでスケボーを楽しむ姿があり、国際的な競技の場としても急速に名をはせるようになった。優秀な選手たちを育む場「すにもなっている。

「とても強力なスケボー社会がここにはある」とアルタミナーロはいう。「ボードを手にした見知らぬ人と出会っても、誰もが気軽にあいさつし、話しかけてくれる」

そんな一人にイツェル・グラナドス(20)がいる。この国屈指の女子選手で、市内のスケボー公園ではセレブのような存在だ。

競技歴は輝かしい。2021年11月には、南北アメリカ大陸の各国が参加して4年に1度開かれる「パンアメリカン競技会」のジュニア大会で、女子「ストリート」部門(訳注=「パーク」とともにスケボー競技2部門の一つ)の2位になった。その前には、米カリフォルニア州での著名な女子の大会「エクスポージャー」で3位に入っている。

当面の目標は、24年のパリ。この競技が、正式種目になって2度目の五輪だ。

Itzel Granados, Mexico's top-ranked skateboarder, in Mexico City, Jan. 8, 2022. With improved accessibility and support from the government, skateboarding schools, stores and a diverse social scene have taken flight in Mexico. (Alicia Vera/The New York Times)
メキシコ屈指のスケートボーダー、イツェル・グラナドス=2022年1月8日、メキシコ市、Alicia Vera/©2022 The New York Times

グラナドスがスケボーを始めたときは、メキシコ市内には教えてくれるスクールなんてなかった。

しかし、今は違う。よき仲間たちに囲まれるようになった。「ムヘレス・エン・パティネタ(Mujeres en Patineta=スケボーに乗る女性たち)」のように女性の校長がいて、低所得層の幅広い年齢の少女を受け入れている専門校もでき始めている。

その校長マリアーナ・ムニョスは、「この国のスケボーの世界は、最もよい専用公園がいくつもあるメキシコ市に集中している」と話す。「中でも女子のスケボーは、この街が持つ社会的な開放性と女性運動に支えられて類を見ないほどの成長を果たした」

ただし、この「新スケボー天国」ができるまでの道のりは、決して平坦ではなかった。1980年代から市内での関連動向を記録してきたオルガ・アギラールによると、当初はスケボーそのものの入手自体が困難だった。

「当時はスケボーを見つけることすら難しく、売っている店は一軒もなかった」とアギラールは振り返る。「誰か米国に行く人がいると、買ってくるようお金を渡して頼むしかなかった。しかも、高かった」

加えて、女子にとっては難問がもう一つあった。男子固有のスポーツなので、手を出すべきではないと見なされていたことだ。アギラールらは、それを少しずつ変えていかねばならなかった。

「母親に反対されるので、ボードを隠しておかねばならなかった」とアギラール。「スケボー公園は一つもなかったし、70年代の終わりまでは覚える施設もなかった。だから、街の通りでやるしかなかった」

メキシコ政府が専用公園を造り始めたのは、80年代に入ってからだった。公共スペースを確保する一環で、その後、数十年かけて整備を続けた。同時に、公園様式の多様化も図られた。

「雰囲気が変わったのは、専門店ができ、ボードを求めやすくなってからだった。今では、誰でも入手できるし、かつてのように変な目で見られることもなくなった」とアギラールは語る。

Skateboarders at Parque Lira Skatepark in Mexico City, Jan. 8, 2022. With improved accessibility and support from the government, skateboarding schools, stores and a diverse social scene have taken flight in Mexico. (Alicia Vera/The New York Times)
スケボー公園の若者たち=2022年1月8日、メキシコ市、Alicia Vera/©2022 The New York Times

成人してからのほとんどをプロのスケボー競技者としてロサンゼルスで過ごしていたオスカール・メサが、母国のメキシコ市に戻ってきたのは21年のことだった。「この街は粗削りだが、スケボーが大好きで、可能性を秘めた新世代を生んでいる。ある意味では、私が失いかけていたものだ」

まだティーンエージャーとしてロサンゼルスにいたころは、いささか不快な思いをしたこともあるとメサは打ち明ける。「メキシコ人なのに、白人の子のスポーツをする変な連中」という同胞の視線を感じたからだ。

しかし、歳月とともに同胞社会の中でもスケボーは受け入れられるようになった。「今では、これをやらなければクールじゃない、という感じにすらなっている」

メキシコ市の街の構造や独特な建築物が、ここでスケボーをするスリルの源にもなっている、とメサは指摘する(いずこも同じで、警察官や保安要員が止めに入るようになるが)。

「ロサンゼルスだと、やるのに適した通りは、スケボーで挑む手すりのサイズがどこもみな同じ。基準が決められているからね。でも、この街には、そんなものなんてないから面白い」

Oscar Meza, a professional skateboarder and Olympic qualifier, in Mexico City, Jan. 9, 2022. With improved accessibility and support from the government, skateboarding schools, stores and a diverse social scene have taken flight in Mexico. (Alicia Vera/The New York Times)
プロスケートボーダー、オスカール・メサ=2022年1月9日、メキシコ市、Alicia Vera/©2022 The New York Times。伝統的な建築物を利用できるのがこの街の面白さという

メキシコ市内にスケボー姿が増えるにつれて、国際的な関心も強まっている。熱狂的な愛好家やプロの競技者、それにスポンサーがやってくるようになった。

14年にはナイキSB(訳注=世界的スポーツ用品メーカーのスケボーブランド)がメキシコ政府と提携して、かつてこの国に栄えたアステカ帝国の様式を模したスケボー公園を造った。

21年12月初めには、スニーカーなどで知られる米ブランドのバンズが、市南部のアステカ文化ゆかりの地ミクスコアクに戦略拠点となるスケボー公園とイベント会場を進出させた。

そんなメキシコ市のスケボー族の最先端に立つのが、先のグラナドスだ。

21年夏には、東京五輪に出るのに失敗している。ローマでの出場選考会で転倒し、頭を強打したのだった。「3人の医者が、『競技続行は無理。ダメッ』といった。それで終わりだった」とグラナドスはいう。

それでも、くじけることはない。急上昇するメキシコ市のスケボーブームに、しっかりと自分のペースを合わせている。関連業界の関心と政府の支援が、草の根レベルを超えるまでになり、それが追い風となっている。

Itzel Granados, Mexico's top-ranked skateboarder, in Mexico City, Jan. 8, 2022. With improved accessibility and support from the government, skateboarding schools, stores and a diverse social scene have taken flight in Mexico. (Alicia Vera/The New York Times)
障害物を越えるイツェル・グラナドス=2022年1月8日、メキシコ市、Alicia Vera/©2022 The New York Times

グラナドスは、この先何年もこの競技を続けたいと願っている。「ひざの骨でも折って、肉体的にできなくなるまで」

市内の練習場は、もっと増えるだろう。冒頭のアルタミナーロのような仲間も増えるに違いない。

そんな街での練習は、「大好き」とグラナドス。「初級者用の公園があれば、中級者向けも、上級者向けもある」といって、こう続けた。

「ここまで来れば、スケボー公園はもう完璧と思う。だって、誰のためにもあるようになったのだから」(抄訳)

(Madeleine Connors)©2022 The New York Times

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