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オリンピックの意味、外交官の目で見ると 中国大使も務めたJOC常務理事に聞いた

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
日本オリンピック委員会(JOC)の横井裕常務理事
日本オリンピック委員会(JOC)の横井裕常務理事=牧野愛博撮影

東京大会の開会式が行われた21年7月23日、都内では新たに1359人の感染が確認された。パンデミックと緊急事態宣言のなかでの開催になった。朝日新聞を含め、開催中止を求めたメディアもあった。横井氏は「大会直前の世論は大体、6~7割が開催は望ましくないとしていた。中止を求めた海外メディアも多かった」と語る。

日本政府やJOCは当時、反対世論を十分説得できなかった。「コロナのパンデミックのなか、どんな説明をしても、『いくら反対しても、日本政府、IOC(国際オリンピック委員会)、JOCはやるんでしょ』という雰囲気だった。未知のウイルスを前に、誰も世論の不安を払拭できる説明ができなかった」

東京オリンピックの開会式が開かれた国立競技場の周囲でデモ隊が抗議の声を上げた
東京オリンピックの開会式が開かれた国立競技場の周囲でデモ隊が抗議の声を上げた=2021年7月23日、東京都新宿区、瀬戸口翼撮影

五輪の開催を巡り、IOCが手にする巨額の放映権料を問題視する指摘も出た。日本政府などが、IOCのバッハ会長を特別扱いしているという批判もあった。横井氏は「五輪はIOCと開催都市との契約になっていて、五輪をキャンセルできるのはIOCだけという仕組みになっている。安全安心の確保が大前提で準備を進めたが、バッハ氏の発言は開催ありきが前提となっていると受け取られた事情もあった」と語る。

コロナによって、無観客など不本意な開催も余儀なくされた。横井氏は「各国・地域の選手が地方都市で事前キャンプを行うなど、最大の交流のチャンスが数多く失われた。より多くの子どもに、五輪やパラリンピックを直接見せてあげられなかったのは、返す返すも残念だった」と語る。

それでも、IOCの調査によれば、テレビやインターネットなどで視聴した人数は世界で30億5千万人にのぼった。横井氏は「かつてない規模でスマートフォンが普及するなか、史上最も多くの人々が観戦した大会になった」と語る。

東京オリンピック開会式で点火された聖火台
東京オリンピック開会式で点火された聖火台=2021年7月23日、国立競技場、林敏行撮影

大会後の世論は一変した。IOCが民間に委託して17カ国を対象に行った調査では、「大会は成功した」(65%)、「新型コロナのなか、トンネルの先の光を見せてくれた」(59%)など肯定的な反応が多かった。大会に参加したボランティアの8割以上が「今後もスポーツボランティアを続けたい」と答えた。

横井氏は「東京大会はあらかじめ、成功が約束されていたわけではなかった」と率直に認める一方、「大会で学んだことも確かにある」と語る。「世の中の人々は大会前、スポーツは当たり前にできるものだと考えていた。東京大会を経験し、スポーツには、社会の平和と安定が必要だと気づかされた。だからこそ、スポーツは、積極的に平和な社会づくりに貢献していく必要がある」

五輪開催に伴う巨額の費用負担にも焦点が集まった。東京大会の場合、21年9月時点での大会経費は1兆6440億円。都、国、大会組織委員会の3者が負担する。無観客開催による人件費減などで最終的にはこれを下回る見通しだが、2013年招致時の見積もりから倍増している。横井氏は「これだけの費用が必要になると、ホストできる都市も限られてくる。そんなに多額の費用をかけて良いのかという話には必ずなる。そのため、IOCも既存施設の活用など、持続可能性を重視する方針を打ち出している」と話す。

2月4日、北京冬季五輪が開幕した。米国は政府の公式代表団を派遣しない「外交ボイコット」を行うと表明し、英豪などが同調している。日本政府は独自の判断を行うとし、「外交ボイコット」という言葉は使わない一方、政府関係者の出席を見送った。横井氏は「JOCは選手を安全に派遣し、活躍してもらうのが仕事だ。政治的なポジションは日本政府が決めることであり、我々は見守るだけだ」と語る。

そのうえで、横井氏は「アスリートが競う世界を政治化すべきではない。同時に、18年の平昌冬季五輪の開会式には北朝鮮の金与正朝鮮労働党副部長が出席し、皆が喜んで出迎えた。東京大会が開催できたのは、1年の延期を経て世界が安定したからだ。五輪憲章にあるように、スポーツには国際平和や安定に貢献する役割がある」と語る。

一方、外交官だった横井氏の目には、五輪を巡る活動が貴重なもう一つの外交の場になりうると映る。横井氏は21年10月、山下泰裕JOC会長とともに、各国・地域オリンピック委員会関係者が出席してギリシャで開かれた会議に出席した。「本国で影響力を持つ委員が大勢いた。現役の外交官だったら、ぜひ仲良くなりたいと思う人たちだ。スポーツには、外交だけでは入り込めない世界がある」と語る。

IOCのトーマス・バッハ会長(中央)、JOCの山下泰裕会長(左
IOCのトーマス・バッハ会長(中央)、JOCの山下泰裕会長(左)=2021年8月25日、国立代々木競技場、西畑志朗撮影

横井氏は2016年から20年まで駐中国大使を務めた。「中国は大きな国際行事を次々と主催している。北京大会では、東京大会で日本がみせた安全を維持する力や組織力よりも優れた姿を見せたいと考えている」と語る。中国は東京大会当時、日本のバブル方式などの防疫措置やノウハウを詳細に研究していたという。

そして、札幌市は2030年冬季大会の招致を目指している。同市が21年11月末に発表した大会概要案によれば、大会運営・施設整備費は2800億~3千億円。秋元克広市長は原則として税金を投入しない考えを示した。横井氏が指摘した財政負担増への批判を意識した内容になっている。

横井氏は「五輪はすごくお金がかかるという心配は当然だ。IOCもできるだけカネをかけない方針に転換している。札幌大会も13競技会場のうち、12会場は既存の施設を使う計画と聞いている」と語る。

「1972年大会の後、札幌はウィンタースポーツの殿堂になった。2030年は国連が策定したSDGs(持続可能な開発目標)の目標年でもある。人にも環境にも優しい都市作りを目指す札幌市の新しい挑戦を理解して欲しい。JOCも応援していく」

よこい・ゆたか 1979年、東大卒。同年、外務省に入り、在米日本大使館公使、上海総領事、外務報道官、駐トルコ大使、駐中国大使などを歴任した。2021年6月からJOC常務理事。