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相次ぐ北朝鮮のミサイル発射 「ああ、またか」で済ませられない理由

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
北朝鮮が12日に公開した極超音速ミサイル。外形から5日のミサイルと同一とみられる
北朝鮮が12日に公開した極超音速ミサイル。外形から5日のミサイルと同一とみられる。5日の試験成功を踏まえ、11日に最高指導者を招いたとみられる=北朝鮮ウェブサイト「わが民族同士」から

取材で見えてきた11日の動きは、次のようなものだった。

韓国軍合同参謀本部によれば、北朝鮮は11日午前7時27分、中朝国境近くの慈江道から日本海に向けて弾道ミサイルを発射した。

ミサイルが噴射する炎を米国の早期警戒衛星が探知し、日米韓に自動的に同送する。合同参謀本部はその一報を韓国人記者団にショートメッセージで送り、ここから騒ぎが始まる。日韓関係筋は、韓国の素早い反応について「北朝鮮のミサイルなのに、第一報が日本政府より遅れれば、韓国メディアが黙っていない」と語る。当然、韓国メディアは相次ぎ、速報を流すことになる。韓国の聯合ニュースが速報を流したのは午前7時32分だった。

日本の首相官邸に勤務経験がある元政府関係者によれば、日本では事態対処・危機管理を担当する内閣官房副長官補室のメンバーらの携帯電話に、発射通知が自動音声で流れる。そして通知から15分以内に、官邸地下にあるオペレーションルームに駆けつける。30分以内に到着することになっている官房長官より遅れれば大変な失態になるという。

ルーム正面には戦争映画で見られるような巨大なモニターがあり、そこに防衛省や海上保安庁などから入る情報を刻々と加えていく。この時点での最優先事項は、日本の航空機や船舶への被害確認だ。ミサイルの軌道や速度などは、被害確認が終わってからの仕事になる。

朝鮮中央通信は、11日のミサイルは1千キロ先まで飛行したと発表した。岸信夫防衛相は11日の会見では、通常の弾道軌道ならば、飛行距離は約700キロ未満だったと説明。12日には、記者団に最高高度が約50キロで、飛行距離が700キロ以上になる可能性があることを認めた。

元自衛隊幹部によれば、日本海にイージス艦を展開していない限り、水平線の向こう側に落下するミサイルを地上レーダーだけで最後まで捕捉することは難しい。岸防衛相の発言は、弾道軌道を描いている途中でレーダーで捕捉しきれなくなった状況を示唆している。元幹部は「通常なら、日米韓でデータを突き合わせる。単純軌道ならすぐに速度や高度、射程を割り出せるが、プルアップ軌道だったり、低高度だったりすると分析に1カ月くらいかかる場合がある」と語る。

ここで思い出されるのが、昨年10月19日、北朝鮮が潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を発射したときの岸田文雄首相の対応だ。岸田氏は発射から約1時間後、遊説先で記者団に「2発が発射された」と説明した。防衛省は11月9日、発射されたミサイルは1発だったと訂正した。岸田首相は今月5日と11日も、やはり記者団に北朝鮮ミサイル発射を受けたコメントを出した。

岸田氏は昨年10月の首相就任以降、頻繁に記者団とのやり取りに応じている。メディアへの発信を強く意識した動きだが、逆に昨年10月のように誤った情報を発信する危険性も高まると言える。

■「敵基地攻撃能力」繰り返される言及

岸田内閣だけでなく、自民党政権は過去、北朝鮮問題を政治的に扱ってきた。安倍晋三元首相は2017年秋、解散総選挙を行う主な理由の一つとして「北朝鮮の脅威から国民の皆様の命と平和な暮らしを守り抜く」とアピールした。安倍、菅、岸田各政権は、北朝鮮による日本人拉致問題の解決を内閣の最重要課題としてきたため、メディアへの発信に力が入ることになった。

金正恩氏(中央)は11日、極超音速兵器研究開発部門の中心メンバーを平壌の党中央委員会本部庁舎に招いて記念写真を撮影した
1月11日、首相官邸で記者団の質問に答える岸田文雄首相=上田幸一撮影

また、岸防衛相は11日、「いわゆる敵基地攻撃能力の保有も含め、あらゆる選択肢を検討し、防衛力の抜本的な強化に取り組む」と語った。岸氏は5日のミサイル発射後にも敵基地攻撃能力に言及している。これは、北朝鮮が防衛力整備の理由として都合の良い存在だからだ。

日本政府が防衛力整備を急ぐ最大の理由は、弾道ミサイルや空母など、中国の著しい軍備力増強の動きが背景にある。だが、国家安全保障戦略で北朝鮮を「脅威」と位置づける一方、中国は「懸念」にとどめている。外務省幹部は「中国を脅威と認めれば日中関係の決定的な悪化を招く。経済も混乱する。中国が尖閣諸島などで挑発を強めれば、安全保障上の危機に陥る」と説明する。

また、日本政府が北朝鮮を非難するのは、当然とも言える。国連安全保障理事会決議で、北朝鮮は弾道ミサイルの発射が禁じられている。つまり、弾道ミサイルを発射すればただちに安保理決議違反になる。

バイデン米政権は最近まで、核実験や米本土に影響がある大陸間弾道ミサイルの発射でない限り、国連制裁決議の強化には慎重な姿勢を示してきた。ロイター通信によれば、米国のトーマスグリーンフィールド国連大使は12日、北朝鮮に対する制裁強化を国連安全保障理事会に働きかけていることを明らかにした。だが、北朝鮮と友好関係にある中国やロシアは昨年、制裁決議の緩和を提案している。

こうした様々な政治や軍事、外交の思惑が重なり、EEZの外に落ちた可能性が高いミサイルに対しても、日本政府が強い姿勢を示す結果に至っている。

■ミサイルの脅威、どの程度?

金正恩氏(中央)は11日、極超音速兵器研究開発部門の中心メンバーを平壌の党中央委員会本部庁舎に招いて記念写真を撮影した
金正恩氏(中央)は11日、極超音速兵器研究開発部門の中心メンバーを平壌の党中央委員会本部庁舎に招いて記念写真を撮影した。経済が停滞する国内を激励する意味がありそうだ=北朝鮮ウェブサイト「わが民族同士」から

一方、では北朝鮮のミサイルの脅威はどの程度なのか。

北朝鮮が今月、発射した2発のミサイルは射程から、主に韓国への攻撃を想定しているとみられる。

ただ、2020年7月に公表された20年度版の防衛白書は、北朝鮮が核ミサイルで日本を攻撃する能力をすでに持っていると、初めて言及した。北朝鮮は過去6度の核実験で、核弾頭の小型化を相当程度、進めたとみられている。北朝鮮軍事の専門家のなかでは、中国と同レベルの300キロ程度にまで小型化したという指摘もある。日本のほぼ全員を射程に収めるノドン中距離ミサイルの弾頭搭載重量は700キロだ。

また朝鮮半島有事の際、北朝鮮が米軍の補給基地になる在日米軍基地を攻撃する可能性は十分ある。

朝鮮中央通信は2013年3月29日、1枚の写真を配信した。金正恩氏が軍幹部らに指示を飛ばす最高司令部の様子が写っていた。その壁面には「戦略軍米本土打撃計画」という世界地図がかけられていた。

19年12月12日、京都市の立命館大学で講演した米ミドルベリー国際大学院モントレー校不拡散研究センターのジェフリー・ルイス博士は、この写真や北朝鮮がミサイル発射実験の際に公開した図面などを分析した結果について説明した。博士によれば、打撃計画に沿って北朝鮮から伸びた線の行き先などを分析したところ、韓国・釜山や、岩国、グアム、ハワイ、米本土サンディエゴ、ルイジアナ、ワシントンを標的にしていたことがわかったという。

北朝鮮は200台以上の移動発射台を保有している。発射前に、北朝鮮のミサイルの種類を特定し、目標や被害を予測することは難しい。北朝鮮の弾道ミサイルは十数分で日本に到達する。北朝鮮がミサイルを発射するたびに、首相官邸のオペレーションルームや国連安全保障理事会がにわかに、騒がしくなる理由が、ここにある。

極超音速ミサイルの軌道を示したとみられる図を見る金正恩氏(右端)と金与正氏(左端
極超音速ミサイルの軌道を示したとみられる図を見る金正恩氏(右端)と金与正氏(左端)。12日に発表された正恩氏の写真4枚のうち、3枚までが正恩氏の後頭部を写したカットだった。後頭部に貼られたばんそうこうの痕跡などについて健康不安を指摘した海外メディアの論調を打ち消す狙いがあるとみられる=北朝鮮ウェブサイト「わが民族同士」から

特に、北朝鮮は予想をはるかに超える速度で兵器開発を進めている。弾道ミサイルの半数必中界(CEP)も近年、劇的に向上している。朝鮮中央通信は、11日の極超音速ミサイルの試射について「開発された極超音速兵器システムの全般的な技術的特性を最終実証する目的で行われた」と報道。相手に脅威を与えるための宣伝工作の可能性が残る一方、実戦配備が間近いことを示唆してみせた。

北朝鮮の宣伝扇動工作に一方的に利用されず、北朝鮮の本当の軍事力や情報収集能力を探る努力も必要だ。だが、政府は「無条件での日朝首脳会談」を訴えるばかりで、日朝関係は断絶した状態にある。過去の協議で傷ついた信頼関係を回復し、日常的に情報・意見交換ができるシステムを構築すべきだろう。北朝鮮の意図がわかれば、ミサイル発射のたびに緊張する事態も多少は緩和できるかもしれない。

また、自衛隊OBを含む安全保障の専門家からは、「敵基地攻撃能力だけでは中国はもちろん、北朝鮮のミサイルも防ぎきれない」と懸念する声が異口同音に上がってる。北朝鮮も中国も1千発以上の弾道ミサイルを保有する。移動発射台もあり、日米の偵察衛星や高高度偵察機などを総動員しても、事前に相手の攻撃をすべて探知することはほとんど不可能だからだ。

また、政府が2019年に配備を断念した陸上配備型の迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の代替策についても、イージス艦2隻を建造する方針は決まったが、イージスシステムだけを搭載する艦にするのか、水上戦や対潜戦などにも対応できるものにするのか、詳細は詰まっていない。その場合、海上自衛隊だけで600人の新規増員が必要とみられるが、その手当てもついていない。

自衛隊OBの一人は「本当に北朝鮮と中国のミサイルを抑止するためには、実際に攻撃を防ぐ能力である拒否的抑止力だけではなく、同等かそれ以上の被害を相手に与える能力である懲罰的抑止力が必要だ」と語る。

岸防衛相が「あらゆる手段を検討する」と言っている意味がそこにある。日米共同安全保障協議委員会(2プラス2)も7日に発表した共同文書で「日本は、戦略見直しのプロセスを通じて、ミサイルの脅威に対抗するための能力を含め、国家の防衛に必要なあらゆる選択肢を検討する決意を表明した」とする。

2プラス2を受け、日本メディアの視線は敵基地攻撃能力に集中した。だが、政府内では、年末までの国家安全保障戦略の改定に向け、懲罰的抑止力を持つために、専守防衛政策の見直しが始まっているのかもしれない。