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いつまで女性器を「恥ずかしい部位」と呼び続けるのか 怒り、行動を起こした医学生

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
**EMBARGO: No electronic distribution, Web posting or street sales before 2:30 a.m. ET Tuesday, Sept. 21, 2021. No exceptions for any reasons. EMBARGO set by source.** Anatomists have bid farewell to “pudendum,
Simone Noronha/©2022 The New York Times

アリソン・ドレイパーは解剖学の授業が好きだった。米マイアミ大学の医学部1年生として、この分野で使われる言語は明確で、正確で、機能的なことに気づいた。体のどの部分についてもほとんどをラテン語で調べ、それがどの部位にあり、どんな機能があるのかを知ることができた。たとえば、「flexor carpi ulnaris(尺側手根屈筋)」は、その名前が示すとおり、手首を曲げる前腕の筋肉のことだ。

ある日、膣(ちつ)と外陰部、つまり女性の外性器に感覚を与える「pudendal nerve(陰部神経)」について調べた。この用語はラテン語の「pudere」に由来する言葉で、「恥じ入ること」を意味する。恥ずべき神経だということに、ドレイパーは注目した。「何? どうして? そんな感じだった」

事態は、さらに悪くなっていく。先生が手渡してくれた解剖学用語の国際辞書「Terminologia Anatomica」を見て、外陰部(小陰唇、大陰唇、陰核、恥丘を含む)のラテン語は「pudendum」であることを知った。翻訳すると、恥ずかしい部位だ。男性器にはこれに相当する言葉はない。彼女を憤激させたのは、この時だった。

**EMBARGO: No electronic distribution, Web posting or street sales before 2:30 a.m. ET Tuesday, Sept. 21, 2021. No exceptions for any reasons. EMBARGO set by source.** Allison Draper, a medical student at the University of Miami, in Miami, Sept. 16, 2021.  Anatomists have bid farewell to “pudendum," but other questionable terms remains. “This is important," she said about changing terminology, “because women, especially women of color and especially gender-nonconforming women, are not getting the same health care." (Gesi Schilling/The New York Times)
米マイアミ大学医学部で学ぶアリソン・ドレイパー=2021年9月16日、Gesi Schilling/©2022 The New York Times

科学としての解剖学は、教養ある男性が学ぶ分野として16世紀にイタリアで始まった。当時、女性の解剖学者はもとより、(解剖用の)女性の死体も見つけるのは至難の業だった。

したがって、用語の一部が現代にはあまりふさわしくないのも無理はない。ドレイパーが驚いたのは、それが過去500年間に改訂や更新を経たものであり、事実上、誰もその意味するところを気にとめなかったことだ。

彼女の解剖学の教授ダグ・ブロードフィールドもその一人である。彼は14年間、学生たちに陰部神経管や陰部神経、陰部動脈の講義をしてきた。「私は実際、そのことを深く考えたことはない」と教授は言う。「その種のことは深く考えないのだ」

この言葉は、学問上だけのものではない。医学部に通った人なら誰でも、注射で陰部神経を麻痺させるブロック処置法をおそらく学んだはずだ。これは、ある種の骨盤痛の診断と治療、外陰部や膣の手術、そして硬膜外麻酔ほど一般的ではないが、分娩第2期の陣痛軽減に使われる。

マサチューセッツ州のニュートンウェルズリー病院の疼痛(とうつう)管理専門医師アンジェ・バレベルドは、年に250回ほど陰部ブロック処置をする。「このラテン語の用語がずっと用いられてきたなんて、信じられない」と彼女は言う。「そのことは医学界の権威や彼らの女性観について何を物語っているのか?」

ドレイパーは2019年、ブロードフィールドの支持を得て、「pudendum」は医学用語として不適切であり、削除すべきだとする論文を書くための研究を始めた。「とても魅力的なプロジェクトだった」とドレイパーは振り返る。「由来を究明する必要があった」

◆女性器だけに使われるようになった「恥」

**EMBARGO: No electronic distribution, Web posting or street sales before 2:30 a.m. ET Tuesday, Sept. 21, 2021. No exceptions for any reasons. EMBARGO set by source.** Allison Draper's copy of “Terminologia Anatomica" with the “pudendum femininum" entry in Miami, Sept. 16, 2021.  Anatomists have bid farewell to “pudendum," but other questionable terms remains. (Gesi Schilling/The New York Times)
女性の外陰部を意味する用語「pudendum femininum」が載っているアリソン・ドレイパーの解剖学の国際辞書「Terminologia Anatomica」。辞書から「pudendum」は削除されるが、問題がある他の用語はそのままだ=2021年9月16日、Gesi Schilling/©2022 The New York Times

そもそも、恥に性別はなかった。第1世紀のローマの著述家たちは、「pudendum(恥部)」を男性、女性、さらには動物の性器を意味する単語として使った。

この言葉は、1543年、時に「近代解剖学の父」と呼ばれるフランドル(訳注=ネーデルラントの一部で、現在のベルギーとフランス北部にまたがる地方)の医師アンドレアス・ヴェサリウスによる解剖図録中の奇妙なイラストに添えられていた。その画像は人間の子宮とされていたが、男性器のように見えるのは明らかで、陰毛の巻き毛の房が付いていた。女性は、体内に不完全な器官を持つ男性であるとの考えを反映したものだ(ここで、女性の解剖用死体が不足していたことを思い起こしてほしい)。

解剖学は1895年、(その単語が)男性と女性、両方の陰部を指すことを公認した。ところが60年後、女性の恥ずかしい部位として「pudendum femininum」だけが記載された。その後、「pudendum」と簡略化され、「vulva(外陰部)」を指すやや格式ばった同義語として使われた。今日では、この言葉は「Gray's Anatomy」 「Williams Obstetrics」「Comprehensive Gynecology」の最新版を含むほぼすべての医学教科書に出てくる。

用語のこうした由来に困惑したのは、ドレイパーだけではなかった。2014年、英ウェールズにあるカーディフ大学の解剖学部長バーナード・モクサムは、大学の同僚スーザン・モーガンと協力して解剖学の教育における性的偏見を調べた。その結果、大半の医学教科書は男性の体を基準とし、生殖器系や生殖器、そして乳房を示す時だけ女性を持ち出していることがわかった。

モクサムとモーガンは2016年、何百人もの医学生や解剖学者に「pudendal」という言葉が「恥ずかしさ」という感情に由来する事実に、懸念はないかと尋ねた。ほとんどが、無いと答えた。ある解剖学者は「由来は興味深いけれど、すでに確立した用語だ」と付け加えた。

この無頓着な態度に、モクサムは愕然(がくぜん)とした。彼は、確立された用語であっても変更できることを知っていたし、医学における人種や性別の偏見を排除する一環として変更すべきだと考えていた。「国際解剖学会連合(IFAA)」が国際辞書「Terminologia Anatomica」の最新版を出版する準備にかかっていた時、彼はIFAAの会長職をちょうど辞任したばかりだった。

その2016年、彼はIFAAの用語担当グループ――当時はメンバー全員が男性で、大半がヨーロッパ人だった――に対し、近く出版される辞書から「pudendum」とその関連用語を削除するよう提案した。解剖学におけるあらゆる性差別に取り組むことはできなかったが、この厄介な単語の削除は容易だろうと思っていた。「削除することに、何か問題があるとは思えなかった」と彼は言う。「(削除できないなんて)想像すらできなかった」と言い添えた。

用語担当グループは、その使命を、「急速に進化する医学、生体臨床医学および保健関連専門職の世界において適切であり続けるため、素早く適応力に富む語彙(ごい)管理をすること」としている。ところが、実際は進展が遅い。解剖学者で用語担当グループ元代表のトーマス・ゲストは取材に対し、電子メールで返答を寄せ、指針について「用語の変更を検討する際は伝統を守ること、そして変更の実施に当たっては論理的であること」としている。

**EMBARGO: No electronic distribution, Web posting or street sales before 2:30 a.m. ET Tuesday, Sept. 21, 2021. No exceptions for any reasons. EMBARGO set by source.** Allison Draper, a medical student at the University of Miami, holds a pelvis in Miami, Sept. 16, 2021.  Anatomists have bid farewell to “pudendum," but other questionable terms remains. “This is important," she said about changing terminology, “because women, especially women of color and especially gender-nonconforming women, are not getting the same health care." (Gesi Schilling/The New York Times)
ドレイパーが骨盤をかかげてみせた=2021年9月16日、Gesi Schilling/©2022 The New York Times

当初、「pudendum」は削除すべき、ひどい用語だと誰もが確信していたわけではない。そのラテン語のルーツは、「恥ずかしいこと」という意味だけでなかったと主張する人もいた。理屈の上では、美徳や慎み深さという意味もあり得るというわけだ。また、不可思議なラテン語のルーツに基づいて用語を変更するとなれば、何百もの用語に疑問を投げかけなければならなくなる。「penis(陰茎)」がなぜ、「尻尾」を意味するのか。「acetabulum(寛骨臼)」、つまり腰骨の関節部がなぜ、「酢のボウル(おわん)」になるのか、といった具合に。

「人は変化を好まないのだ」と用語担当グループを率いる米テュレーン大学の解剖学者シェーン・タブスは言う。「解剖学の世界には、用語の由来の歴史にこだわりの強い人がいる」

しかし、一部に不満の声が出たものの、「pudendum」の削除には全員が同意した。そして、関連する用語も変更される時が来たのだ。「pudendal nerve(陰部神経)」「pudendal canal(陰部神経管)」「pudendal artery(陰部動脈)」といった用語である。

ドレイパーは2019年の後半、ある医療記事の最後段に、「pundendum」は国際事典「Terminologia Anatomica」の次版から正式な用語としては記載されなくなることを知った。ところが、同記事には「pudendal artery」「pudendal canal」「pudendal nerve」はそのまま変更されないと書かれていた。「男女とも、その構造に関する用語として『pudendalis』という単語を使うことが性差別主義と受けとめられることはないから」というのだ。

誰もが納得したわけではなかった。たとえ臨床医が新しい単語の採用をためらったとしても、「それは不適切で不快な用語の使用を永続させる理由にはならない」。南アフリカの解剖学者で現在のIFAA会長ビバリー・クレイマーは、取材に電子メールで答えた。モクサムも同じ意見で、「いつの世も時代から取り残される人はいるものだ」と言う。だが、「覚悟を決めて困難に取り組むことをしないのなら、用語担当グループの存在意義はあるのか」と続けた。

他人によってではあるが、当初の目的を達成したドレイパーは、医学におけるジェンダー関連の偏見についてより広い見地から議論を始める機会を得た。医学誌「Clinical Anatomy」に2021年に掲載された彼女の論文で、何世紀にもわたって「pudendum」が医学用語集に存続させたのと同じ性差別主義的な姿勢が、今日の医療における現実を招いたと主張した。

「これは単に意味論を論議しているのではない」とドレイパーは言う。「女性、とりわけ有色人種の女性や性不適合の女性にとって重要なのだ。彼女たちは、しかるべき医療や医療へのアクセスを得られていないからだ」

羞恥(しゅうち)心は、女性やトランスジェンダーの男性、ノンバイナリーの人(訳注=自分の性認識がはっきりしない人)が劣悪、ないし遅れたケアを受ける要因の一つになっている。英国の慈善団体「The Eve Appeal」による2014年の調査だと、若い女性の3分の1は婦人科関連の健康問題で医者に行くのを避け、65%が「vagina(膣)」とか「 vulva(外陰部)」という言葉を使うことに苦慮していることがわかった。同じ年に、米国の公衆衛生の研究者は、外陰部の痛みを持つ人は最大でその半数が、少なくとも部分的には恥辱ゆえに医師に痛みを打ち明けないことを突きとめた。

実用的な意味で、神経の名称の正式な変更は、それに日々かかわっているアンジェ・バレベルドのような臨床医に難題を突き付けることになる。同時に、彼女は「それは正しい動きだ」と言い、「変更は大変だが、これは力強い声明でもある」と話していた。(抄訳)

(Rachel E. Gross)©2022 The New York Times

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