■ごみが増えると追加料金
カパンノリ市は、イタリア中部トスカーナ州の人口約4万7000人の中規模自治体だ。オペラ「蝶々夫人」を作曲した、ジャコモ・プッチーニが生まれた城壁都市ルッカ市の東隣にある。
各家庭の前には、曜日によって青や茶色など分別するごみごとに色や形が違う袋や箱が並ぶ。分別は主に生ごみ、紙類、ガラス類、プラスチックやアルミまたは鉄などの容器類、再生できないごみの5種類。妻と2人暮らしのブルーノ・ペラさん(75)は「最初は面倒だったが、分別すると再生できるごみがいかに多いかわかる」と言う。
カパンノリ市の住民は定額のごみ処理費用をあらかじめ処理公社に納める。料金は標準的な4人家族で年間約200ユーロ(約2万6000円)。リサイクルできるごみはいくら出しても値段は変わらないが、再生できないごみは最初に渡される1人4枚程度の袋(1袋80リットル)を使い切ると、1枚10ユーロ(約1300円)が課金される。追加で高額なごみ袋の代金を払いたくない住民が分別に励み、リサイクル率が上がる仕掛けだ。
「戸別回収と再生できないごみへの課金システムでリサイクル率は飛躍的に上がった」と、ごみ収集・運搬業務を請け負う「アシット」社長のアレッシオ・チャッチさんは言う。戸別収集が始まった2005年に39%だったリサイクル率は、20年は82%になった。1日1人あたりのごみの量も1.9キロから1.3キロに減った。
12年には各家庭が再生できないごみを出す量を管理する仕組みを採り入れた。ごみ袋についたマイクロチップのデータは日本の「マイナンバーカード」のような個人識別カードとひもづけられている。収集車には読み取り装置がついており、収集員が袋を車に放り込むと、各家庭ごとに出したごみの重さが把握される。ごみ袋の横流しや偽造ができなくなり、処理する側はごみの内容がわかるので、さらにごみは減ったという。
■人口の1割が「ごみゼロ宣言」の街に
カパンノリ市がごみ減量に取り組むきっかけは、1994年に持ち上がった焼却炉建設計画だった。当時はごみを燃やさずにそのまま埋めていたが、埋める場所が減り、燃やしてかさを減らす必要性に迫られた。
だが、計画地から約3キロの小学校に勤める教諭のロッサーノ・エルコリーニさん(66)らが、ごみ焼却で発生するダイオキシンによる住民の健康被害を心配し、市民を動員して街頭で大規模な抗議活動を展開。計画は97年、中止に追い込まれた。
エルコリーニさんは全国各地に呼ばれて住民の反対運動を支援する一方で、焼却に代わるごみの減量運動にも取り組んだ。戸別収集や再生できないごみの課金システムは、彼が行政や市民といっしょになって実現させた。
市は07年、欧州で初めてゼロ・ウェイストを宣言。宣言は96年のオーストラリアのキャンベラが最初で、世界で約500の都市や自治体が宣言している。このうち300以上がイタリアの自治体で、全人口約6000万人の1割以上になる。
エルコリーニさんは「ゼロ・ウェイストは単に環境を守るための運動ではない。焼却や埋め立てをやめることは、天然資源を守ることにつながる。雇用も増えて経済効果は大きい」と話す。エルコリーニさんは活動が評価され、13年に環境分野のノーベル賞と言われる、ゴールドマン環境賞を受賞した。
15年から3年間カパンノリ市に住んだ、佐藤友啓さん(62)は「こちらはワインやオリーブオイル、ヨーグルト、洗剤などは量り売り。ごみの量は劇的に減った」と言う。
その一方で、個人ががんばっても減量には限界があると感じた。「自治体や企業を巻き込む必要がある」と言う。現在はルッカ市に住み、ゼロ・ウェイストについて発信を続けている。
エルコリーニさんが所長を務める、ゼロ・ウェイスト研究センターには、歯磨き粉のチューブ、プラスチック製ハンガーなどの「ブラックリスト」を示すポスターが掲げられていた。エルコリーニさんは「これらの再生できないごみをリサイクルするにはメーカーによるリデザイン(再設計)が必要だ」と言う。
センターは企業に働きかけ、製品のリデザインをすすめる。コーヒー製品メーカー「ラバッツァ」は15年、再利用可能な生分解性プラスチックによるコーヒーカプセルを開発した。ほかにも生鮮食料品を入れるガラスコーティング付きの紙袋など、リデザインが進められた製品は63に上るという。
カパンノリ市のルカ・メネジーニ市長は「紙おむつなども再生できるようになれば、リサイクル率は95%まで上がる」と自信をのぞかせる。
市民が出した不用品を修理してもう一度売っている協同組合「ダカーポ(イタリア語で「再生」)」。店には洋服や家具、雑貨などが所狭しと並ぶ。
洋服の修理や製造を担当するマルチェラ・ニッコリーニさんは昨年10月、ルッカ市の劇場で上演されたオペラ「ピノキオ」について、「衣装は私がデザインして、市民が持ち込んだ生地でつくりました」と誇らしげに言う。海外公演も予定され、ほかの作品や劇場についてもデザインの依頼が来ているという。