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金正恩氏が厳命したリゾート開発、途絶えた消息 「経済強国」行き詰まった北朝鮮

北朝鮮インテリジェンス 更新日: 公開日:
2019年秋当時の、北朝鮮・元山葛麻海岸観光地区の工事現場=北朝鮮関係筋提供

今年12月17日は金正恩朝鮮労働党総書記の父、金正日総書記が死去して10年にあたる。正恩氏は、祖父・金日成の思想強国、父の軍事強国に続き、経済強国を目指した。権力継承間もない2012年4月の演説で「二度と人民のベルトを締め上げない(飢えさせない)」と宣言したが、今年6月の党中央委員会総会では「人民の食糧状況が緊張している」と認めた。正恩氏は経済改革を進めたが、十分な成果を上げないうちに、国連の経済制裁が強化され、身動きが取れなくなった。改革の副作用で賄賂が横行し、海外文化の流入も広がった。正恩氏の経済改革は、北朝鮮が抱える様々な矛盾を詰め込んだ「パンドラの箱」を開けた格好になった。(牧野愛博)

■最重要事業、途絶えた報道

元山葛麻(ウォンサンカルマ)海岸観光地区。金正恩氏が開発を厳命したリゾート施設群だ。11分余りの完成予想映像は、空港そばの海岸沿いに林立するホテル群や観覧車、コンサート会場、サッカー場などを紹介する。2016年夏に韓国に亡命した北朝鮮の太永浩・元駐英公使によれば、2018年末までに約170棟の建築物の外観が完成、正恩氏は年間100万人の海外からの観光客を見込んだ。

その巨大リゾートの消息がすっかり途絶えた。正恩氏は当初、18年4月の完工を目指したが、同年9月、19年4月、同年10月と、3度にわたって延期された。朝鮮中央通信が20年5月、同地区に新型電車が同地区に導入されると報じたのを最後に、新たな動きは伝えられていない。19年末時点で撮影された現地の写真数点を見ると、ホテルと思われる高層建築の外観はほぼ出来上がっていたが、窓ガラスのはめ込みはまだで、内装も手つかずだった。金正恩氏が2020年中に建設すべき最重要事業だと強調した平壌総合病院も依然、完成したというニュースはない。

2019年秋当時の元山葛麻海岸観光地区の工事現場=北朝鮮関係筋提供

北朝鮮経済に詳しい韓国統一研究院の金昔珍上席研究員によれば、2017年に相次いだ国連制裁が北朝鮮経済に大きな影響を与えた。金氏は「北朝鮮は機械類やIT部品などの輸入を禁じられ、設備の更新ができなくなった」と語る。

正恩氏は大規模な建設事業に必要な資材を得るため、鉄鉱石や無煙炭の輸出、観光業を積極的に展開したが、制裁で不可能になった。大韓貿易投資振興公社(KOTRA)によれば、北朝鮮の貿易総額は11年から17年まで毎年50億ドル以上、輸出額も毎年30億ドル前後を記録したが、18年には貿易総額が約28億ドル、輸出額はわずか約2億4千万ドルに急減した。さらに北朝鮮は2020年1月、新型コロナウイルスの防疫措置のために国境を封鎖した。韓国統一省によれば、20年の貿易総額は全盛期の9分の1の約8.6億ドル、対中貿易も同10分の1以下の約5.4億ドルにまで減った。20年の経済成長率は前年比でマイナス4.5%という。

また、正恩氏は12年、生産力の増大を狙い、新たに「社会主義企業責任管理制度」を導入した。金昔珍氏によれば、中国やベトナムも経済改革初期に導入したやり方で、国営の企業や農場に独立採算制を一部導入した。当局が命じた生産ノルマを達成すれば、各企業や農場が独自に市場価値の高い商品を生産し、市場で販売して収益を得られるとした。

労働新聞などの報道では、正恩氏や金徳訓首相ら指導部がダムやカバン工場、農場などを次々と訪れ、指示を飛ばしている。統一省によれば、権力継承後の金正恩氏の公開活動は今年12月7日現在で計1229回。うち分野別では、経済活動が最多の397回にのぼり、政治(251回)、軍事(367回)の両分野を上回っている。

朝鮮中央テレビでは、化粧工場の関係者が、正恩氏が「口紅の種類は多ければ多いほどよい」という「素晴らしい教え」を伝えたと証言していた。金昔珍氏は「中国の場合、鄧小平氏は独立採算を命じた国営企業に対し、やり方に一切口をはさまなかった。正恩氏は若いし、自信もあったのだろうが、経済全てに精通できるわけがない。関係者は最高指導者の指示を無視できないから、改革が不徹底になった」と語る。

北朝鮮・黄海北道で2019年4月、共同農場を訪れ、農業従事者や地元当局者たちから話を聴く国連世界食糧計画(WFP)と国連食糧農業機関(FAO)の調査チームのメンバー=WFP提供・ジェームズ・ベルグレイブ撮影

経済や技術を無視した政治の無理な介入により、元山葛麻海岸観光地区のような「幽霊建築物」があちこちに生まれた。旧社会主義諸国でよく見られた失敗を、正恩氏も繰り返した。

2016年から20年まで実施した国家経済発展5カ年戦略は失敗に終わった。

そして、こうした経済政策の副作用が生まれた。

■給料上がらず、広がる賄賂

正恩氏は、厳しい経済状況のなか、一般市民の生活を保障する施策を放棄した。1990年代まで機能していた配給制は軍や、政府の高官を除いて崩壊し、市場の取引を黙認した。北朝鮮がかつて吹聴した無償教育、無償医療の制度も有名無実化した。韓国統一省によれば、北朝鮮の市場は400カ所以上に膨れ上がった。同省によれば、2000年以前に42.8%だった国営経済活動は、20年には25.2%にまで下落。逆に私経済活動は同17.8%から34.4%にまで上昇した。金昔珍氏も「90年代は2割ほどだった民間経済が、今は3~4割ほどを占めているようだ」と語る。こうした人々は、国からの恩恵を受けないため、金正恩体制への忠誠心が薄らぐ結果を招いた。

また、正恩氏は経済改革は行ったものの、ハイパーインフレを懸念したのか、公務員の給与を市場経済に見合った額に引き上げなかった。公務員の月給は、コメ1キロ分程度にしかならない4千~5千ウォン。4人家族で30万ウォン、平壌では80万ウォン程度必要とされる1カ月の生計費に遠く及ばない。

北朝鮮では世帯で最低1人は公務員になる義務がある。配給制度の恩恵を受けられない公務員は、家族が市場で働くほか、本人が夜間警備や運送などのアルバイトで生計を立てるしかない。限界があるため、公務員が旅行許可証や事業免許などの公文書の発行などの際に賄賂を取る慣行が急速に増大した。米国に本部を置くNGO「トレース・インターナショナル」が11月17日に発表した資料によれば、世界194カ国のなかで、北朝鮮は最も賄賂の危険がある国とされた。

ロシア・ウラジオストクの空港から帰国の途に就く北朝鮮海外派遣労働者。海外派遣されるためにも賄賂が必要だとされる=2019年12月、牧野愛博撮影

民間経済が活発になった背景もあり、携帯電話も600万台以上に増えた。金正恩氏が権力継承直後は海外文化の開放に前向きだったため、米国や韓国の映画、ドラマなどが広く流入した。当局は体制に対する批判につながることを懸念し、昨年12月に反動思想文化排撃法を制定し、海外ドラマの販売や視聴などを厳しく処罰する方針を打ち出したが、効果は十分上がっていない模様だ。

米政府系放送局「ラジオ・フリー・アジア」は11月24日、北朝鮮の高級中学生7人が、米動画配信大手ネットフリックスのオリジナル韓国ドラマ「イカゲーム」を視聴したとして摘発されたと報道した。購入した学生は無期懲役、その他の学生は労働強化刑7年、販売した住民は銃殺刑になったという。

北朝鮮は今年から、新たな経済5カ年計画を始めた。正恩氏は12月1日に開いた党中央委員会政治局会議で「国家経済が安定的に管理され、わが党が重視する農業部門と建設部門で大きな成果を収めた」と語った。今月下旬に開かれる党中央委総会でも、同じような自画自賛の言葉が続くだろう。

だが、金氏は「制裁が続く限り、生産設備の保守・更新に必要な資材が入ってこない。自力更生路線だけでは、徐々に生産量は落ちていくだろう。このままなら、新たな5カ年計画も失敗に終わるだろう」と語った。