東京・浅草。10月の平日の朝、カジュアルな格好のグループが隅田川沿いを、東京スカイツリーを背に歩き始めた。会話をしながら歩いていく。しばらく行くと、両国国技館が見えてきた。「発想する会」のメンバーたちだ。
企業などのコミュニティー構築を支援する会社conecuriを経営する高橋龍征さん(45)が昨年10月、知り合いの経営者らに声をかけて始めた。高橋さんは「私自身、歩きながらツラツラと考えを消化してきたから」と呼びかけた理由を説明する。
この日の参加者は4人。会話に耳を傾けると、事業の話からブログに書く文章の書き方、身の上話や大学時代の思い出話まで、さまざまだ。
「歩きながらだと、すっごいアイデアが出る」と話すのは、池森裕毅さん(41)。自ら立ち上げたネットサイト企業を売却した経験を持つ起業希望者のメンターだ。この日も、高橋さんといろいろな話題を交わすなかで、ビジネスの案が浮かんだという。
ベンチャー企業の財務支援会社ファインディールズ代表の村上茂久さん(41)は今回、初めて参加した。「きょうの気づきは、散歩自体が良質な経験だということ。(コロナ禍で)オンラインで仕事中も常にメッセージを確認する。何も考えずに会話に集中する状況にならないので」
会の常連で映像制作を営む三浦善さん(40)は、神奈川・湘南などで一般の人を対象に「ただ歩く」会も企画している。「今の世の中、人々は競争し、評価を気にしている。だが、散歩を人と比べる視点はほぼない。歩くことで今の価値観から解放されると思う」
新しいコワーキングスペースを見る寄り道もしながら、7キロ先の築地で終了。所用で歩けなかった2人がランチに加わった。未病改善に取り組む日本セルフメンテナンス協会の運営などに携わる中村友香さん(38)は「会議室では防御の意識が働く。同じ方角へただ歩いていると、そのふたが取れる」。職場でも歩いてコミュニケーションを取り始めたという。
歩くことは、発想を生むのか。アリストテレスやニーチェは歩いて思索し、ベートーベンは散策した。ダーウィンもよく歩いた。アップル創業者のジョブズは歩きながらの会議や交渉を好んだ。
「我々の研究がそれを証明した」。米スタンフォード大教育学大学院のダニエル・シュワルツ教授(64)が話す。
176人を対象に2014年、「屋内で座る」「屋内でトレッドミルを歩く」「屋外を歩く」と環境を変え、タイヤなど身近なものの新しい使い方を挙げる、といったテストをした。
80%以上が歩くときに創造性が向上。歩いているときは、座っているより創造性が60%増し、屋内と屋外で結果に大差はなかった。
シュワルツ教授によると、歩くことで「膨大な記憶で押さえ込まれた脳のフィルターが減り、アイデアが意識上に出てくる」「創造性を増すホルモンが分泌される」などが理由として考えられる。
ポイントは「自然に繰り返すそれ自体を考える必要のない行為であること」。たとえば、ヨガのクラスで指示通りに動こうと忙しい場合、創造性は上がらない。サイクリングも、周囲の交通に注意が必要な状況なら、同様に創造性は高まらないとみられるという。
一方で、「歩くだけで突然、発想は生まれない」とも。歩く前に「スピーチをどう始めるか」「大切なパーティーをどう企画するか」といったテーマを設けておくことがコツだと勧めている。