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自動運転車、受け入れへ先頭走るシンガポール 現地で見えた実用化への課題

World Now 更新日: 公開日:
今年1月、シンガポールで行われた自動運転バス運行の実証実験。大きなトラブルもなく通勤などに使われたという==2021年1月26日、西村宏治撮影

駅前のバス停に、フロントにカメラをつけたバスがスーッと滑り込んできた。1月下旬、シンガポール西部の工業地域で行われていた、自動運転バスの実証実験。研究所などが集まる地域から鉄道駅の前へと着いた乗客は、足早に駅へと消えていった。

「利用者の多くが、当たり前のように自動運転バスを使っていました。今回の実証実験で驚かされたことのひとつです」。実験に加わったシステム開発企業STエンジニアリングのホエ・イーンテク氏はそう振り返った。

シンガポールでは1~4月、自動運転バスを使った実証実験が行われた。=STエンジニアリング提供。乗客はスマートフォンのアプリで乗車を予約する仕組みだった

実証実験はシンガポール運輸当局のほか、ソフト開発会社、バス事業者などが集まる官民の共同体が主導。1~4月にかけて、西部の工業地域2カ所で行われた。使われたのは10席仕様と26席仕様の2台のバス。安全のため運転にも対応する安全管理者がつき、立ち席は認めなかった。利用者はアプリを通じてバスを予約するオンデマンド方式とし、料金は最高で2シンガポールドル(約160円)に抑えた。

1~4月にシンガポールで行われた自動運転バスの実証実験では、予約、支払いなどはスマートフォンのアプリを通じて行われた=STエンジニアリング提供

期間中には数千人規模で乗客を輸送。大きなトラブルもなく実験を終えた。

そこから学んだことは何か。ホエ氏が強調したのは、バスの運行事業者側からの視点の大切さだ。

「バス事業者も、運転技術には満足していました。課題は、たとえば、どうやって乗客がお金を払った人かどうかを確認するのか、といった運行上の側面にあったのです」

バスは予約制だったが、予約した客が現れないこともありうる。今回の実証実験では、安全管理者が30秒ほどバス停をチェックして、無人なら走らせるといった対応を取ったという。

一方、日常のバスの運行では、運転手がさまざまな事に臨機応変に対応している。道を聞いてくる乗客がいることもあるし、乗客に急病人が出ることもある。対応を考えればきりがない。完全に自動運転になった場合に、これらにどう向き合っていくのか、課題は多い。

シンガポールでの実証実験で使われた自動運転バスの内部。運転操作はスムーズだったという=STエンジニアリング提供

さらに事業者目線からは、バスのメンテナンスの方法と頻度をどうするか、自動運転バスと普通のバスを混在させる場合、どのような運転手の勤務態勢を組むか、といった課題も出てくる。

ホエ氏はこう言う。「3~5年で、完全な自動運転が実現するようなことはないでしょう。さらに大事なことは、利用者が使いたいと思うサービスになるかどうかです。利用者の理解を得つつ、一歩一歩進めていく必要があります」

コンサルティング企業KPMGは、世界30の国と地域を対象にAVをめぐる政策、インフラ、技術開発などを調べてランキング化している。このランキングでシンガポールは2019年は2位、2020年は1位だった。特に政府の導入に前向きな姿勢と政策が評価された形だ。

1~4月、シンガポールで行われた自動運転バス運行の実証実験に使われた車体=STエンジニアリング提供

シンガポールではここ5年余り、様々なAVの実証実験が行われてきた。

シンガポール国立大のキャンパスで行われてきた実証実験に参加していたのが、フランスのAV開発企業EasyMile。同社のアジア太平洋マネジングディレクター、グレッグ・ジロー氏は「民間と運輸当局が緊密な協力関係を築けていることがシンガポールの強み。AVの導入を進めるには技術開発も重要だが、規制の進化や環境の整備も大事だからだ」と話す。

6~7年前には「2020年にも完全自動運転車が発売される」という予測もあったが、ジロー氏は「将来予測は難しく、とても注意しなければならない。だが一般的には、より幅広く導入されるまでにまだ15年程度はかかるとみられているのではないか」と言う。

そこで、環境整備を含めた全体的なアプローチが重要だと指摘する。やはり、最大の課題は安全面だ。

AVが苦手とするのは、予測できない事態への対応だ。様々な車が入り乱れるところなどでは走るのが難しくなる。自動運転バスだけが走るレーンの整備など、環境側で予測不能な事態を減らすことで、AVを導入しやすくなるとの考え方だ。

南洋理工大学が自動運転車の試験などに使っているテストコース=南洋理工大学提供

南洋理工大学にあるAV向けのテストサーキットでは、歩行者がいる場合、自転車がいる場合など、実際の環境に近い様々なパターンで試験を実施。運輸当局にもデータを提供している。サーキットのプログラムディレクターを務めるニールス・ドボワール氏は、それでも、完全自動運転については「すぐに実現することはないでしょう」と言った。

南洋理工大学のニールス・ドボワールさん=南洋理工大学提供

たとえば、雨は対応が難しい問題のひとつだ。「シンガポールでは、AV事業者は、自分たちの技術が熱帯の大雨に対応できると保証できなくてはいけません」とシンガポール陸上交通庁のラム・ウィーシャン、上級グループディレクターは指摘する。

シンガポールでは、突然、前が見えないほどの雷雨になることは珍しくない。道路脇に停車し、雷雨が収まるまで待つ人もいる。では、どこまで降ったら運転をやめるのか。運転をやめて停車することが別の問題を引き起こさないか。判断は難しい。

安全面とともに、保険制度についても問題が残っていると関係者は口をそろえる。南洋理工大のドボワール氏は「いまは事故が起きたらすべて運転手の責任で、それをカバーする保険もあります。酔っ払い運転や危険運転などをすれば、運転手は罪にも問われます。でも、自動運転となったら誰が責任を取るのか、まだ明確になっていないのです」と話す。