1. HOME
  2. 特集
  3. 移動をめぐる「旅」
  4. リモート化進む世界、それでも移動に命をかける人がいる 記者が目撃した密航の現場

リモート化進む世界、それでも移動に命をかける人がいる 記者が目撃した密航の現場

World Now
ゴムボートから救助された赤ちゃんを抱きかかえるトルコの沿岸警備隊員=2021年7月1日、エーゲ海、高野裕介撮影

パキスタンの首都イスラマバード。区画整備された中心部から10キロほどの場所に「アフガン・バスティ(アフガニスタン人の居住区)」はある。土やれんがの壁の家は、シートやサトウキビの葉が屋根代わりだ。電気や上下水道はなく、汚水や家畜のふんの臭いが鼻をつく。

多くのアフガニスタン難民が身を寄せるスラムのような一帯。土やれんがを使っただけの粗末な家が密集している=2021年10月4日、イスラマバード、高野裕介撮影

「アメリカ、イタリア、どこでもいい。日本に連れていってくれよ」。10月初め、アブドゥルラヒム・ハーンさん(35)は開口一番、私に言った。アフガニスタンでは今夏、米軍撤退を機にイスラム主義勢力タリバンが権力を握った。恐怖を感じ、直後に同国北部から車で3日間。何とか越境できたという。

混乱のなかで、アフガニスタンでは9月下旬、国内の37の新型コロナウイルス対応病院のうち9カ所が閉鎖したと、世界保健機関(WHO)が感染の広がりに危機感を表明していた。

だが、ハーンさんも、集まってきた人たちもマスクを着けていない。「コロナは心配では?」。そう聞くと、「俺たちが直面していることはコロナより恐ろしい。そんなことを考えるのは最後の最後だよ」と笑われた。

アフガニスタン難民の居住区でひげを整えるアブドゥルラヒム・ハーンさん=2021年10月4日、イスラマバード、高野裕介撮影

1979年のソ連軍のアフガニスタン侵攻以降、多くの人々がパキスタンへと逃れ続ける。同時に、ここはアフガニスタン人の「出発点」でもある。より豊かな生活を求める人々は、西へ向かう。

トルコとイランとの国境には今、難民や移民の流入を阻む高さ3メートルの壁の建設が急ピッチで進む。完成すれば全長240キロ超。シリアやアフガニスタンからすでに400万とも言われる難民を受け入れるトルコに余力はない。

国境に近いトルコ東部の街タトワンで、40人ほどのアフガニスタン人グループに出会った。10〜30代くらいの男性たちは服が汚れ、荷物もほとんどない。

私を見ると取り囲み、まくし立ててきた。「密」を避けようと距離をとるよう促したが、聞く耳をもたない。マスクをしていない彼らは、足の裏のまめや切り傷を見せた。警察に発見されぬよう、国境から山道や草むらを歩いてきたという。直線距離でも170キロ以上ある。

密航業者から連絡を受け、雑木林へと駆け出すアフガニスタンからの密入国者たち=2021年8月19日、トルコ東部タトワン、高野裕介撮影

アフガニスタン軍兵士だったサッド・コトワールさん(30)は欧州を目指す。職を得て、5人の子と妻を呼び寄せるのだと言った。「だから絶対に捕まるわけにはいかない。どんなに過酷な旅だとしても」

夜、イスタンブールなどへの移動を手引きする密航業者から連絡が入った。集合場所へ向かうため、彼らは闇を駆け抜け、雑木林に消えていった。

だが、旅路は険しい。人を詰め込んだ小型バスが事故を起こしたり、警察を避けて湖を渡る船が沈没したり。国境に接するワン県に「名もなき墓場」がある。移動中に命を落とした人々が眠る。そこには、赤ちゃんが亡くなったことを示す墓標もあった。

地元で「名もなき墓場」と呼ばれる場所には、国境を越える際に凍死した人や、事故で亡くなった密入国者らが埋葬されている。ほとんどの墓標に名前はない=2021年8月19日、トルコ東部ワン、高野裕介撮影

トルコを西へ抜ければ、欧州の玄関口ギリシャは目の前だ。だが、両国を隔てるエーゲ海を渡るには、再び密航業者に頼る必要がある。難民らには大金の1000ドル(約11万円)前後を工面しなくてはならない。そのため、しばらくトルコの畑や工事現場で働く人もいる。

そのエーゲ海で今、上陸を阻止する「プッシュバック」という危険な行為が相次ぐ。エンジンの付いたゴムボートなどの密航船がギリシャの海域に入ると、沿岸警備隊がエンジンや燃料を没収し、トルコ側に押し返して沖合に放置するという。私は7月、トルコ当局の巡視艇に同乗し、現場を目撃した。

アフリカから来た約40人を乗せたゴムボートには、赤ちゃんが2人いた。トルコ側で救出されるまでの約12時間、炎天下を漂流し続けた。

夜にも、放置された救命いかだが、サーチライトで漆黒の海に浮かび上がる。子ども連れのアフガニスタン人がいた。

トルコ沿岸警備隊のライトに照らされる密航船。エンジンもなく、暗闇の洋上を漂っていた=2021年7月3日、エーゲ海、高野裕介撮影

「一度はギリシャのレスボス島に上陸したのに、当局に拘束され、船で沖合に連れ戻されました」。タリバンに迫害されてきた少数民族ハザラ人の女性、ザハラさん(28)は、小さな2人の子を連れていた。救命胴衣もなく、転覆すれば助かる可能性は低い。故郷から約3800キロ、1カ月かけてきた旅路が悲しい終わりを告げた。入管当局に引き渡され、その後どうなったのかはわからない。

四角い救命いかだから救助されるアフガニスタンの女性や子ども=2021年7月2日、エーゲ海、高野裕介撮影

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は8月末、21年末までにアフガニスタンから最大で約50万人が難民となる可能性があると指摘した。周辺国が流入阻止に動く中、それでも多くの人々が命がけで移動しようとしている。