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アバターが働き、足音も聞こえる「仮想オフィス」 開発次々、付加価値で競う時代に

World Now
バーチャルオフィスの中でアバターが打ち合わせをする様子=OPSION提供

パタ、パタ、パタ。軽快な足音を立てて、記者がアバター(分身)で入っていくと、ソファやテーブルを囲んで4人の社員のアバターが談笑していた。「どーもー」「お疲れ様です」。記者に気がつくと、明るく声をかけてくる。

ここは、官公庁や大手企業向けウェブサービスを提供するIT企業マーズフラッグのバーチャル(仮想)オフィス。パソコン画面の中のオフィスに天井はなく、頭上にはさわやかな青空が広がる。22部屋ある「会社」の中で、社員は好みの顔や髪形、服装をしたアバター姿で働く。

バーチャルオフィス内のアバターは顔や髪形、服装などを自分の好みで選ぶことができる

もともと、東京・新宿にオフィスを構えていた。2018年に通勤とテレワークの併用を加速。コロナ禍をへて、今は郵便物の宛先や法令上の要件を満たすためだけの所在地としてシェアオフィス内に小さな個室があるだけだ。約30人の社員は世界中どこで仕事をしても自由で、仮想オフィスへ「出勤」する。

アバターを使った仮想オフィスのシステム「RISA」を導入したのは21年7月。仮想オフィス内では、どの部屋にだれがいるか一目でわかる。アバター同士が近づくと、実際に会っているように声をかけられる。隣に座っていっしょに作業もできる。ウェブ会議のように事前に日程を決めたり、背景や見え方を気にしたりする必要もない。「オフィスで机を並べて作業していたのと同じ状況を作れる」と城田彩・管理部長は言う。

アバターを通して社員に話しかけるマーズフラッグの城田彩・管理部長

仮想空間にいる社員に声をかけてみた。「会社にいたときはお手洗いに立ったときなど、ふっと声をかけられたが、(リモートで)そういう機会を失った。仕事の話しかしないと、どうしてもギスギスする。ざっくばらんに話せるようになった」。小川さんは、完全リモート化で埼玉の実家に自由に帰れるようになったという。

各自がテレワークをしながら、いつバーチャルオフィスに入るかは自由。その中でずっと仮想空間で過ごすという男性がいた。「勝手に、『いつでも話しかけても良いよ』状態にしています。毎日誰かとしゃべりたいなと」(菅さん)

それでも、相手の実際の顔が見えない悩みは残る。月1回、みんなで直接、顔を合わせる機会も設けている。

こんな働き方は、採用活動にもつながる。同社はトルコや韓国、台湾、イタリアなど海外出身のエンジニアも多いが、近年、「テレワークができないなら、ちょっと…」との声も聞かれるという。小学生の息子がいる城田さんは、「子育てや親の介護があっても、無理なく働ける環境というのは、良い人材に来て頂く一つのキーワード」とも言った。

■競争が激化する仮想オフィス開発

RISAを開発したOPSION(大阪市)には、コロナ禍以降、多いときで月約200件の問い合わせがあり、約50社がサービスを導入した。テレワークとは縁遠かった製造業や大企業での利用も目立ち、数万人規模の会社もある。

バーチャルオフィスでは外の風景も自由につくり出せる=OPSION提供

同社の深野崇社長(29)はこう明かす。「実は1回、バーチャルオフィス事業を撤退しているんです」

サービス提供を始めたのは19年。当時は関心を持つ企業はあったものの、定着せず、数十人いた社員には泣く泣く全員やめてもらった。そこへ「全くの想定外」のコロナで、状況が一変した。問い合わせが相次ぎ、「もう1回やろう」と20年夏に事業を再開した。

機能は日々進化をとげている。好評の一つが「足音」だ。作業中でも、誰かが近づいてくると自然と認識できる。「画面を見ていなくても、何かしら会話のきっかけになるものを増やしたかった」

バーチャルオフィスの中でアバター同士で声をかけあう=OPSION提供

米メタ(旧フェイスブック)が、メタバースという仮想空間に注力するように、国内外で競合サービスが次々と生まれ、競争は激化している。仮想空間の中でただコミュニケーションが取りやすいというだけでは、もはや他社と差別化が図れず、どんな付加価値をつけられるかの「独自性を競い合うフェーズ」に入ったと深野さんは言う。

■いったん「保留」の会社も

仮想空間へ「完全移行」する方針を、いったんは保留した会社もある。

自動翻訳サービスなどを手がけるメタリアル(旧ロゼッタ)は20年10月、本社機能を仮想空間に移転する、と発表して話題をさらった。

20年春から完全にテレワークに移行していたが、社員の一部である約30人に、導入した仮想オフィス用のゴーグルを支給すると、リモートで頻発した思い違いや、認識の齟齬(そご)は途端に消えた。会議でも、誰かが一方的に話す「教室の発表会」のような雰囲気はなくなり、「リアルと同じ感覚でしゃべることができるようになった」(五石順一・代表)。

ただ、一定割合の人はゴーグルを体質的に受け付けないことがわかり、21年春、仮想オフィスの活用は一部に限定した。それでも、五石さんは、近い将来、サングラスのように軽量で手軽に着けられる機器がそろったとき、「理想のバーチャルオフィスが誕生する」と言う。

なぜ、そこまでこだわるのか。テレワークへの転換で年間1億円の経費が浮くという理由だけではない。五石さんは「我々は世界の78億人の人たちと一緒に住んでいるはずだが、リアルだと何十人のコミュニティーになってしまう。リアルで直接会うのは大変だが、バーチャルならできる。世界はもっと広まらないといけない」と強調する。