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夜行列車、ヨーロッパで次々復活 心をつかむのはノスタルジーだけじゃない

Travel 更新日: 公開日:
同室になった乗客たちがビールで乾杯=中村靖三郎撮影

10月29日。金曜夜のパリ・オステルリッツ駅は、バックパックやスーツケースを抱えた人でごった返していた。待合スペースで、駅員が乗客のワクチン接種を証明する「衛生パス」をチェックし、青い腕輪を手首につけていく。

午後8時52分に出発。ニースまでの1088キロを13時間かけて走る。飛行機なら1時間半で着く距離だ。

記者が乗ったパリ発ニース行きの夜行列車=中村靖三郎撮影

廊下は狭い。すれ違うのは難しく、客室に入って譲り合う。予約した2等客室の定員は6人。ただ、コロナ禍で4人ずつの利用になっていた。

みな、どんな思いで乗っているのか。車内を回って話を聞いてみる。

学生時代の友人という男女4人がいた。ピエールさん(26)は「夜行列車は効率的。仕事の後に出発できるし、夜寝ている間に移動すれば時間の無駄がない」。友人の男性は「僕は値段が一番重要。ただ、今後は環境のことを考えて使う人も増えていくんじゃないかな」。

パリ―ニース間の夜行列車の車窓から見える風景=SNCF提供(E・ポティエ撮影)

料金は2等客室で29ユーロ(約3700円)から売り出される。航空料金より格安だ。ただ、鉄道の料金は需給に応じて変動し、乗車日に近づくほど高くなる。記者が25日前に買ったときは、160ユーロ(約2万500円)に跳ね上がっていた。

家族と一緒だった女性、マリロさんは休暇で親類を訪ねた帰りだという。夜行列車は20年ぶり。子どもが幼い頃はよく乗った。「普通の列車だと、長時間の移動を子どもは耐えられないから」。確かに個室のある夜行列車は、子連れの家族に優しい乗りものかもしれない。

ほかにも「時間を有効活用できる」「ホテル代が浮く」と言う人は多かった。翌日の旅の日程に備えてか、想像以上にみんな早く眠りにつく。

パリ―ニース間の夜行列車の車内=SNCF提供(E・ポティエ撮影)

静まりかえる車内で、ビールを飲んで盛り上がる部屋があった。

「夜行列車は同室になると、一緒に話す雰囲気ができあがっている」。フランソワ・パジさん(60)は男性3人と会話を弾ませていた。オーレリアン・プルさん(28)ら3人は友人同士で山歩きに行くという。エンジニアで、夜行列車は今年で5回目だ。

「自然や山が好き。夜行列車があれば、飛行機は使わないだろうね」。再来年までに開通予定のベルリンやウィーン行きの夜行列車も楽しみだという。

記者が夜行列車で買ったパンや飲みもの=中村靖三郎撮影

午後10時過ぎ。自室に戻ると同室の家族連れ3人は寝ていた。上段の寝台によじ登る。座った姿勢でも天井がすぐ頭上に迫り、首が伸ばせない。がさごそ音を立てていると、父親が目を覚まし、黙ってトイレに向かった。気まずい雰囲気のまま、眠りについた。

■鉄道は「最もクリーンな移動手段」

「市民の意識が変わり始めた。それが一番の理由だ」。夜行列車の復活の背景を、フランスのインフラ・交通・海洋総局の担当者、ピエール・クリストフ・ソンカリューさんはこう説明した。「鉄道は最もクリーンな移動手段だ」

かつて各地を結んでいた夜行列車は、乗客減などで2路線だけになっていた。欧州連合(EU)によると、鉄道は、飛行機や車より温室効果ガスの排出を8割近く抑えられる。EUで夜行列車を活用する検討が始まり、フランスも2019年に方針を転換。ソンカリューさんは「今後7、8年で、さらに10路線は開通が可能だ」。

フランスのインフラ・交通・海洋総局のピエール・クリストフ・ソンカリューさん=2021年10月28日、パリ、中村靖三郎撮影

フランス以外でも、ウィーン〜ブリュッセル間(20年)など、オーストリアを中心に国境を越える夜行列車が、続々と復活している。オランダでは、夜行列車専門のベンチャー企業も立ち上がり、22年からオランダやドイツ、チェコなどを結ぶ路線を開通する予定だ。

欧州では市民団体が連携し、飛行機に乗るのは「飛び恥」だと、政府の方針転換を後押しした。フランスの団体「はい、夜行列車に賛成」は20〜30代の若者を中心に約50人が復活を求めてきた。その一人で会社員のアドリアンさん(40)は「ノスタルジーだけで、夜行列車を残すべきだと訴えているわけじゃない」と強調する。「温暖化に対して私たちは間違いなく何かをしないといけない。夜行列車ですべてを解決できるわけではないが、最も簡単な解決策の1つだと思う」と語る。

夜行列車推進団体「はい、夜行列車に賛成!」のアドリアンさん=2021年10月26日、パリ、中村靖三郎撮影

■移動中に旅の「わくわく感」

翌朝、目覚めると、車窓には地中海の海原が広がっていた。廊下で外を眺めていた父親に安眠を妨げたことを謝った。「ノー・プロブレム」。笑顔で返してくれたティエリ・クレストさん(48)は、「夜行列車が好きなんだよね」と続けた。
妻アンヌさん(47)も「小さい頃、スキーをしに夜行列車に乗り、起きたら『わ!別世界』と感激した。いつもと違う所で寝るわくわく感、旅の楽しさがここから始まっている」。娘3人が生まれた後も、夜行列車で旅してきたという。

パリ―ニース間の夜行列車の車窓から見える風景=SNCF提供(E・ポティエ撮影)

気候変動を特に意識し出したのは3年ほど前から。干ばつや森林火災などのニュースに触れ、家族で話し合ったこともある。「最近は、電車で行ける先を娘と探すのが休暇の大きな一部です」

パリ―ニース間の夜行列車の車内から外の景色を眺める乗客たち=SNCF提供(E・ポティエ撮影)

娘のソリーヌさん(19)は、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリさんの運動など、数年前から欧州で広がった気候変動に対するデモ活動が環境を意識する大きなきっかけになったという。「ゴミや肉の消費量を減らしたり。ここ数年で意識が変わってきたのは間違いない」

最後にティエリさんは「自分たちがフランスの家族の代表でもない。人によって意識は全然違うと思う」と話した。

別れ際、アンヌさんが言った。「私の娘は日本の漫画に夢中なんです」。コロナのパンデミックが起こる1年前、日本に旅行をしたこともあるという。

「また日本に来る際は、連絡を」。そう言うと、「たくさんの二酸化炭素が出てしまう……」「シベリア鉄道で行こうか。でも、時間がかかっちゃうから、リタイア後だな」。そんな返事が返ってきた。

■より速くから、よりスマートに

人間とはどんな動物なのか。知恵があり、道具を工夫し、文化を育んだ。いろんな特徴がある中で、自然人類学者の片山一道・京都大名誉教授が着目したのは、人間の「卓抜な移動力」だった。アフリカで生まれた私たちの祖先は何万年もかけて世界中に飛び出し「移動に移動を重ねて進化した」。そこにこそ本質があろうと考え、ホモ・モビリタス(移動するヒト)と名付けた。約30年前のことだ。
そんな私たちの移動が新型コロナウイルスによって突如奪われた。海外に行けなくなるどころか、家からさえ出られない状況に陥った。全世界が同時に移動できなくなるという、恐らく人類が初めて直面する事態だ。

コロナ禍は「本当に移動する必要があるのか」まで問いかけた。取材したバーチャルの世界は驚くほど広がっていた。仮想空間でもアバターで、オフィスにいるのと同じように働ける。自宅にいながら観光や買い物ができるサービスも始まった。「通勤で人生の半分を損している」。そんな声が聞かれるほど、移動をめぐる価値観の転換が起きている。

ただ、今回フランスの夜行列車に乗りながら改めてしみじみと感じたのは、「やっぱり人は旅が好きなんだ」ということだ。ある人は日本で乗った新幹線に感激した話を、また別の人は子どもの頃の家族旅行の思い出をうれしそうに語ってくれた。

そういえば、オランダで夜行列車専門の企業「ヨーロピアン・スリーパー」を立ち上げたエルマー・ファン・ブーレンさんは、欧州で夜行列車の需要が高まる理由は温暖化への配慮からだけではない、と話していた。「コロナ禍も後押しとなって、最速の交通手段ではなく、最もスマートな手段を選ぶ人が増えている」。

飛行機のように郊外の空港に行く必要も、セキュリティーチェックの行列に並ぶ必要もない。ゆったり夜間に移動しながら、本を読んだり、翌日の会議の準備をしたり、子どもとゲームをしたり、旅のパートナーと話したりと、自分の時間をより賢く使いたいと考える。より速くから、よりスマートに。

オランダで夜行列車専門のスタートアップ企業を立ち上げたエルマー・ファン・ブーレンさん=本人提供

パンデミックは私たちに、移動するか、しないかだけではなく、どう移動するか、なぜその移動を選ぶのかについての問いも突きつけた。バーチャルも含めて今後、移動手段はますます多様になっていく。「とにかく速く」「できるだけ効率的に」だけではない答えを、一人ひとりが考え、選択する時代に入ったのかもしれない。

一方、パンデミックの2年目が終わろうとする今も、感染が拡大に向かうたびに移動は制限され、衛生パスで疎外されてしまう人たちをどうするのかといった新たな課題も出ている。

あるべき移動のあり方はまだ手探りで、答えも一つではない。ただ、もし人類が移動することで新しい経験をしながら進化してきたのならば、コロナ禍という未知の経験は、答えを考える絶好の機会と言える。あちこち移動を続けながら、自分なりに探していきたい。