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ベジタリアン歴30年の研究者、「ゆるい菜食=ゆるベジ」のすすめ

LifeStyle
安田陽さん=2019年3月、京都市左京区、槌谷綾二撮影

■食肉の大量消費 考えるべき時

――ウェブに連載しているコラムで「肉を好きなだけ食べることは21世紀になって許されない社会になっている」と書いていました。肉が好きで、これからもずっと食べたいと考える人には衝撃的な内容でした。

私自身はエネルギー問題を専門的に研究していますが、肉食というのはエネルギーの大量消費と似ている面もあります。エネルギーは人間の活動になくてはなりませんから、「今すぐ人類はエネルギー使用を0にしなさい」というのは極論ですよね。徐々に、かつ、先延ばしせず、少なくとも地球を痛めつけることがないように減らしていかないといけません。

肉食も、あるいは食料システム全体もそうなのですが、地球に負荷をかけてまで大量生産、大量消費をしなければいけないのでしょうか。もちろん、これを0にするということではなく、やはり徐々に、適度に減らしていくことが必要です。

――それはなぜなのでしょうか。

例えば牛肉を育てるには、大量の土地やエネルギーが必要ですし、えさや水もたくさん与えなければなりません。二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスも排出します。世界各地では豪雨などによる被害が相次ぎ、気候変動の問題がこれだけ顕在化してきました。いままさに、食肉を大量消費するのはどうなのか、ということについてみんなで考えようという機運が高まっているんだと思います。

――それでも肉を食べたい、という人は多くいると思います。

一番良いのは、安い肉は食べないことです。高い肉に手を出すと必然的に量は下がってきます。同じ費用をかけるのだったら、安い肉をたくさんではなく、高くても質の高い肉を楽しんだ方が良いのではないでしょうか。

高くても質の高い肉というと、「安い肉しか買えない人はどうするんだ!」という批判も出そうですが、単価ではなく適度に量を減らして総額を抑えるという考え方が重要です。これは再生可能エネルギーと省エネルギーの適切な組み合わせなど、エネルギーの分野でも共通です。

また、社会的弱者が質の悪い大量生産品しか手に入れることができないとしたら、それは社会システムそのものがゆがんでいる証拠です。これも電気代や燃料代が安いか高いかという短期的視野ではない、社会全体のあるべき姿とは何かという問題に共通します。

■「隠れたコスト」に注目を

東京・世田谷のヴィーガンレストラン「CORI.」のクラシックベジバーガー=北村玲奈撮影

――高い肉というのは、肉自体の良さもありますし、生産過程も含めての「質」が大事になってくるのでしょうか。

そうですね。これは私の現在の研究にも関わってきますが、経済学には「負の外部性」、わかりやすく言うと「隠れたコスト」という概念があります。例えば、川に汚染物質を垂れ流して何かを生産したとします。河川の環境を守る措置には費用を払いません。そうすると、製品を安く作れる一方で、環境悪化を引き起こしてしまいます。かけるべき費用が価格に反映されず、不当に安くなってしまう。ずるして不当に安くするということは、適切な監視や規制がなければ意外と簡単にできてしまうんです。

これが地球環境問題にも関わってきます。不当にずるして安くなったものは、20世紀は経済成長の名の下で見過ごされてしまったわけですが、21世紀はそれがもはや許される時代ではありません。食肉問題もまさにそうで、安く作られた肉はどういう生産状況で作られたのか、きちんとウォッチする必要があります。動物福祉、従業員の労働環境や人権問題もそうですし、森林伐採、農産廃棄物処理などの過程で温室効果ガスを出している可能性もあります。

日本には「安かろう悪かろう」という言葉がありますね。価格が安いことは本当に良いことなのか考えないといけません。もっとその背景にあるものを考えないと、サステイナブルにはなりません。

■消費によって地球にコミットしたい

――「隠れたコスト」は、肉食と環境問題について考える上でとても重要な点ですね。消費者の方にもそうした点を意識して食を考える動きがあります。

元ビートルズのポール・マッカートニーさんが提唱している「ミートフリーマンデー」のように、週1日だけ肉を食べないという運動もありますね。一切断つ、というのではなく、少しでも減らそうという考え方だと思います。

著名な経営学者のフィリップ・コトラーの『マーケティング5.0』など、マーケティングの上でも、いまは多様性やサステイナビリティーが非常に重要になってきています。消費者はやはり時代を先取りしていますよね。消費によって地球や社会にコミットしたいという要求を持っていますから。消費行動によって環境や人権問題などに貢献できるとなれば、それはうれしいことですよね。ベジタリアンはまだマイノリティーではありますけれど、マーケティングの世界ではすごく成長する分野なのではないかと思っています。

――菜食に関心を持つ若い世代が増えています。

若い世代の人は新しい物事に対して先入観がないからでしょうかね。ベジタリアンは、何か特定の理由がないといけないものではありませんから、意を決してやる必要もありません。私もよく「なぜベジタリアンになったのですか」と聞かれることが多いですが、特に確たる崇高な理由はないですし、単に肉を食べなくても他においしいものがいっぱいあるよ、といった程度で。それ故に30年も無理なく普通に続けているのかもしれません。

最近「ゆるベジ」という言葉がありますよね。ゆるくベジタリアンをやってみるという。私はすごく良い言葉だと思います。ゆるくて良いんですよ。

「絶対に肉は食べない」という禁欲主義ではなくて、今日は肉はやめておこうかな、一週間はやめておこうかな、くらいで良いんです。そしてやっぱり食べたくなったら、食べても良いんです。

■「0か100か」の発想を超えて

――「ゆるくて良いんだ」と思うと菜食のハードルが下がって始めやすくなります。

菜食主義というと野菜しか食べていないと思われますが、人によっては卵や乳製品を口にしたり、魚介類なら食べたりする人もいます。お隣の台湾では「素食」といってベジタリアンの文化が古くから根付いていますが、家族の誕生日には殺生を避けて肉を食べないとか、特定の日や特定の期間だけ菜食主義になる人も多いようです。

日本の場合は「0か100か」の極端な発想が多いですよね。その間のグラデーションがかなりあるはずなのに、「0か100か」でしか議論しない。お互いがお互いを仮想敵にして言い合っています。でもその間にいろいろある、で構わないと思います。

色々な考え方を排除するような社会にだけは、やはりなってほしくありません。ベジタリアンの人で「肉食は絶対ダメ」という考えを他人に押しつける人は、もしかしたら探せばゼロではないかもしれませんが、私は30年間ベジタリアンをやっていて出会ったことはありませんよ。私も、隣で肉を食べる人がいても気にしませんし、それでいいと思います。ベジタリアンにも、その人なりのやり方があっていい。やはり、ゆるくて良いんだと思いますね。

やすだ・よう 1967年生まれ。京都大学大学院経済学研究科・再生可能エネルギー経済学講座特任教授。関西大准教授を経て、再エネの経済・政策に研究を広げた。