作品の舞台となっているのは、インドネシア東部に位置するレンバダ島。森と海に囲まれたわずかな居住地ラマレラ村に、敬虔なカトリック教徒が住む。
毎年5~8月、漁師たちが沖合のサブ海に乗り出し、命がけでマッコウクジラ漁を行う。小さな木造の舟で巨大動物に挑む漁。帰らぬ人となった漁師も少なくない。
ラマレラのクジラ漁はこれまでベールに包まれていた部分もあったが、石川さんは海中、船上、上空での漁の撮影に成功。世界で初めてという。
石川さんはフランス通信社(AFP通信)のカメラマンをへて1990年にフリーランスに。大自然とともに生きる人々の「祈り」をライフワークに撮影を続け、2012年に出した写真集「The Day After 東日本大震災の記憶」で日本写真協会作家賞を受賞した。
2015年に発生したネパール大地震の際には、日本人カメラマンとして最初に被災地に入り、惨事から懸命に立ち直ろうとする村人の姿をドキュメンタリー映画「世界でいちばん美しい村」にまとめた。
今回の作品は石川さんにとって2作目の映画作品だ。ラマレラ村に初めて訪れたのは30年前。以来、日本から約5000キロ離れた村に何度も訪れ、現地での取材や撮影を続けてきた。
石川さんは制作の狙いをこう明かす。
「捕鯨は地域の信仰とも結びついている。村のDNAそのものである『くじらびと』のありのままの姿を記録に残したかった」
ラマレラ村の人口は約1500人。急峻(きゅうしゅん)な地形に加え、過去の噴火で降り注いだ火山灰が土壌を覆う。農作物の耕作には適さない。
そのため、村民はこの島に住み着いたころから、食料を海の恵みに依存してきた。漁師は季節によってトビウオやサメ、マンタなどの魚も捕るが、東からの風に乗り、沖合に姿を見せるクジラは最も貴重なたんぱく源だ。
年間10頭捕獲すれば、村人は飢えることもなく、安心して生活を営むことができる。そのため、舟の舳先(へさき)に立って銛を打ち込む「ラマファ」は村一番の勇敢な漁師がその重責を担う。英雄ではあるが、その分、使命感とプレッシャーも大きい。
「漁が始める際には儀式を行う」「漁のシーズンの家族の不和はいけない」。漁のしきたりは村人の生き方そのものであり、ラマレラの地域信仰と結びつていた。
捕獲に成功すれば、多くの村人が浜に集まってきて全員で解体作業を行う。余すことなく消費し、「もったいない」の精神が息づいているようだ。
鯨肉は貧しい人たちや一家の稼ぎ手を失った世帯に優先に配給されるなど、社会保障の役割も担う。週に一度、山間地域で市場が開かれ、鯨肉は物々交換の主要品にもなる。イスラム教徒の民らと野菜や果物などの山の恵みと交換して、鯨肉は島全域に行き渡る。
こうした分配システムは世界で捕鯨を行っている地域で共通するものだ。江戸時代から古式捕鯨が行われていた和歌山県太地町でも、鯨肉は各家庭に配給されていた。
人口5万人のデンマークの自治領フェロー諸島でも、コミュニティー全体が漁に参加し、捕獲された際には警察署長が伝統的な計算方法を使って、無料で各世帯に均等に配る。
ラマレラ村では、インドネシア語は若い世代しか通用せず、中高年の多くが文字のない「ラマレラ語」を話す。
ラマレラ語の文献も少ないうえ、現地で英語を話す人は少なく、日本人にとっての言語障壁は相当なものだった。しかし、石川さんは現地での長期間の滞在を何度も繰り返し、和をもって尊しとなす彼らの清廉な暮らしに寄り添うことで、多くの住民が信頼して素顔を見せるようになった。
大自然に生きるラマレラ村の子供たちの目は生き生きとして美しい。ラマファを夢見る少年エーメンと天真爛漫な妹のイナが垣間見せる日常風景から、石川さんがいかに現地に溶け込んでいたかがわかる。
ラマレラの暮らしぶりについて、石川さんは「昔懐かしい日本の村にタイムスリップしたかのようだった」と振り返る。
石川さんは船の前を泳ぐクジラの身体を狙って、果敢に海に飛び込むラマファの決定的瞬間を取ろうと、村に多くの高性能カメラや編集機材を運びこんだ。漁師らと一緒に舟に乗り込んで、撮影には水中カメラや上空から俯瞰(ふかん)してとらえるドローンも使った。
しかし、石川さんが村に滞在する間、漁に出てもクジラが獲れない年が続いた。「ボン(石川さんのこと)がいると鯨が出ない」――。迷信深い人々は不漁の原因を石川さんに押しつけることもあったという。
粘った末の2019年6月、最後の機会のつもりで臨んだ撮影の最終日。石川さん自身も「奇跡としか言いようがない」という「世界を驚かす映像」が撮れた。その貴重なシーンの一部を今回、公開する許可を得た。
「くじらびと」には平和な村に起こったある大事件をもとに、ストーリーが展開される。同時に、生きとし生けるものへの賛歌が描かれる。
老若男女を問わず、全ての住民の表情が豊かで、老漁師の顔のしわには村の歴史そのものが刻まれている。主人公の一人である舟づくりの名人イグナシウスさんが石川さんにこう言ったという。
「我々はクジラ漁を通して先祖とつながっている。世の中が変わっても、クジラ漁の伝統は親から子へ受け継がれてゆく」
捕鯨をめぐってはここ最近、クジラの絶滅危惧や愛護などを訴える団体の抗議運動が世界規模で展開され、捕鯨国への軋轢(あつれき)が高まっている。日本の捕鯨も世界中の反捕鯨団体のターゲットになっている。
実は、ラマレラにもこうした反捕鯨団体からの圧力があった。団体側が経済援助やホエールウォッチングなどを代替案に捕鯨をやめることを勧めたという。
だが、ラマレラの人々にとって400年の伝統を持つ捕鯨は食料確保だけでなく、アイデンティティーそのものだ。彼らは提案を拒否した。
実際、ラマレラの人たちは自分たちの生存に必要な量以上の頭数を捕獲することはない。海の生態系を守りながらの「持続可能な開発目標(SDGs)」にかなったライフスタイルだ。
石川さんによると、ラマレラと反捕鯨団体の双方が話し合った結果、団体メンバーが村に訪問することは禁止になったという。
アメリカ・アリゾナ州立大学博士課程の研究者として、和歌山県太地町につたわる古式捕鯨の実態を研究しているジェイ・アラバスターさん(47)はこの映画の翻訳作業に携わった。
石川さんがとらえた渾身の映像についてこう評価する。
「舟の上で動き回る漁師の立ち振る舞いだけでなく、石川さん自身が海中に飛び込んで、人間と闘うクジラの姿も克明にとられている。クジラの声も収録されていて、とにかく圧倒される。近代捕鯨は、大きな船で大量にクジラを捕獲する。この映画は、人間とクジラが同じ立場で描かれており、かつての日本の古式捕鯨の営みを彷彿させる貴重な記録だ」