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「人種差別」で信頼落ちたアメリカの警察、改革の現場を見た

ホワイトハウスへ猛ダッシュ
警察の暴力に抗議し、「警察なんてやめてしまえ」と書かれたプラカードを警官に突き出す女性=2021年8月25日、バージニア州アレクサンドリア、ランハム裕子撮影

首都ワシントン郊外にあるバージニア州アレクサンドリア警察の本部=2021年8月25日、バージニア州アレクサンドリア、ランハム裕子撮影

米国には、州や郡、市といった行政単位の警察に加え、公共交通機関警察や学校警察、空港警察、病院警察などを含む約1万8千もの警察機関が存在する。このため、警察改革は連邦政府がひとまとめで実施するのではなく、一つ一つの機関が取り組んでいる。
首都ワシントンから車で15分ほどでバージニア州アレクサンドリア署に到着した。出迎えてくれたのは、黒人のドン・ヘイズ署長代行。正式な承認を経ると、1870年のアレクサンドリア警察設立以来、2人目の黒人署長になる。

■「現場の興奮」を抑えるために

ドン・ヘイズ署長代行によれば、改革の要請を受けて、アレクサンドリア警察がもっとも大きく変えたのは2点。「ディエスカレーション(事態の鎮静化)」を強化することと、武器の使用を最小限に抑えることだ。

多くの警官は現場に駆けつける際、無線での緊迫したやりとりやサイレンの音によって興奮状態になることが多い。「(興奮した状態から冷静さを取り戻すのは)160キロで走る車のスピードを突然90キロまで落とすようなものだ。決して容易ではないが、高ぶった感情をどうコントロールし、現場の様子を的確に把握するかということを徹底して教育している」とヘイズ氏は語る。

今年6月にアレクサンドリア警察の署長代行に就任したドン・ヘイズ氏=2021年8月25日、バージニア州アレクサンドリア、ランハム裕子撮影

アレクサンドリア署では、事件対応の際のスローガンはこれまで「私たち警官が無事家に帰れるよう細心の注意を」だった。だが、今は「私たちだけではなく(犯人も含む)現場にいる全員が無事であるように」に変わった。「冷静さを保ちつつ現場の緊張状態を緩和し、脅威の査定を繰り返す。脅威がないと判断すれば、『戦士』から『守護者』モードに切り替える」。1番の課題は、思いやりに基づく人への対応と最悪の事態も考慮しつつ行う脅威の査定のバランスだ。ヘイズ氏は「一つ一つの現場状況は異なり、どんな結末が待っているか知る術はない」という。

■精神疾患を持つ人への対応

事件現場を鎮静化させる訓練に加え、「CIT(クライシス・インターベンション・トレーニング)」も新たに導入された。CITとは、危機的な状況に陥った精神疾患者への介入訓練を指す。米国では、精神疾患を持つ人が取り乱す場面に駆けつけた警官が、「脅威」とみなし武器を使用することが頻繁に起きている。

ジョージ・フロイドさんの死を受け、警察の暴力に対する抗議運動が行われる中、ホワイトハウス周辺を警備する警官隊=2020年6月2日、ワシントン、ランハム裕子撮影

「精神的な病に苦しむ人が必要とするのは、銃を向けられることや逮捕されることではなく『ヘルプ』であるということを警官に理解させることで、対処方法が変わるはずだ」とヘイズ氏は説明する。精神医療の専門家がパトカーで警官とともに出動するという取り組みも検討されているという。「新たな訓練を受けた警官は、現場に到着した際に『捕まえて投獄してやろう』という発想から『困っている人を助けよう』という考え方に変わる」。警官の責任追及や説明責任に関しても、民間人が警察の行動をモニターしたり、警察に対する苦情の調査を行なったりする新たな監査委員会の設置が進んでいるという。

■導入進まないボディカメラ

だが、全てが順調に進んでいるわけではない。その一つが、ボディカメラだ。警官がクリップで胸に装着したり、ヘッドフォンのように頭や耳にかけたりすることで、市民とのやり取りや事件の一部始終を記録するための小型カメラは、事件の証拠となるだけではなく、警官の行動を監視するという意味でもその必要性が高まっている。

警察の暴力に対する抗議運動が行われるホワイトハウス周辺を警備する警官隊=2020年6月3日、ワシントン、ランハム裕子撮影

だが、アレクサンドリア警察では十分な予算がなくボディカメラは導入できていない。アレクサンドリア警察が毎年更新する「21世紀の取り締まり概要」の報告書によれば、ボディカメラは維持費だけでも年間100万ドル以上(約1億1千万円)かかり、バージニアの法律に沿ったデータの扱いや保存を実現するためには、管理者の高額な人件費も要する。アレクサンドリア警察は2021年度の予算要求で、ボディカメラ導入の担当者を設けることを市に申請したが、却下された。

■去っていく警官たち

アレクサンドリア警察が直面する1番の課題は人手不足だ。今年に入ってからすでに22人の警官がアレクサンドリア警察署を去った。退職率の上昇や治安の悪化という「不測の事態」を受け、定員を増やして警官を318人確保できる態勢にしたが、現在の警官の数は299人だ。ヘイズ氏によれば、警官が黒人を死なせた一連の事件を受けて、地域社会の人々だけでなく政治家や市議会からの支持をも得られなくなったと感じている警官が多いという。その結果、若い警官の辞職が目立つようになり、長年勤めた警官が早期退職をするケースも増えた。早期退職する警官は「自分はもう十分やったという思いと、事態は悪化するだけなので今のうちに辞めておこう」という思いを抱くケースが多いという。

首都ワシントンのメトロポリタン警察がローカルコミュニティーの人たちと交流を深めるイベントに参加する警官=2021年8月3日、ワシントン、ランハム裕子撮影

警察署長や学者らが警察の政策を研究するワシントンの非営利団体「ポリス・エグゼクティブ・リサーチ・フォーラム」が今年6月に発表した特別リポートによれば、2020年から2021年にかけて、全米の警官の退職率は前年度から45%増加し、辞職率は18%増えた。「前代未聞の事態が起きている。警察はこれまでにない困難に直面している」。チャック・ウェックスラー所長は言う。

この状況をヘイズ氏は決して楽観視していない。「経験豊富な警官が辞め、若い人材を募ることで警察全体が若年化すると、彼らを導くリーダーが不足する。このことが何らかの過ちに繋がる可能性がある」ためだ。

米連邦議会議事堂を警備する議事堂警察官たち=2021年8月3日、ワシントン、ランハム裕子撮影

6月にヘイズ氏が署長代行になったのも、前任者のマイケル・ブラウン署長が家族の事情を理由に突然の退職を申し出たためだった。市政代行官からの正式指名を受けるまで「署長代行」の立場で指揮をとっている。私が面会をしたこの日も「今日辞める同僚をどうしても見送りたい」と、ヘイズ氏が謝りながらインタビューを中断する場面があった。

■警官全員がリクルーター

アレクサンドリア警察のウェブサイトには、「警察官になるためには」と表された応募過程が、給料や応募条件などの情報とともにわかりやすく記載されている。2週間前に行われた筆記試験の日程はすぐさま次の予定日に更新されていた。人手不足の現状を克服するため、ヘイズ氏は「アグレッシブな(積極的な)募集活動」をしていると話す。

ワシントン警察がローカルコミュニティーの人たちと交流を深めるイベントで、子供たちとスポーツをする警官=2021年8月3日、ワシントン、ランハム裕子撮影

「人事部だけではなく、警察の制服を着る人は全員がリクルーターだ。あらゆるところで警官が名誉ある仕事だということを説明し、警察のイメージが変わるよう努めている。就職フェアや大学、米軍基地などにも足を運び応募を呼びかけている」。バージニア州で1人の応募者が警官になるまでは、警察学校での20週間の基本訓練やその後の現場訓練を含め1年半を要する。警察学校での訓練は年に2回しか行われないものの、現在は応募を1年中受け付けている。その間候補生には事務などの仕事を与えることで何とか人材をキープするという。

ジョージ・フロイドさんの死を受け、警察の暴力に対する抗議運動が行われる中、ホワイトハウス前で警備態勢につく警官隊=2020年6月2日、ワシントン、ランハム裕子撮影

「でもね……」祈るように両手を合わせるヘイズ氏の体が前のめりになった。「現実として一番重要なのは人格だ。警官一人一人がどんな考え方を持ち、どのように人と接するかが問われなければならない」。ヘイズ氏は「国民全般が警察に対して抱く不満や不信感のために、資格要件を満たす人材の獲得が困難になっている」としつつも、警官志望者を選考する過程で人材選びには妥協しないと言い切る。「人手不足を解消するために合格基準を下げれば適切な人材がさらに不足し、最終的には国全体に害を及ぼすことにつながる」。このため、通常のバックグランドチェックに加え、応募者がどういう人格や考え方を持っているのかということを徹底して調べるという。

今新たな警官が20人必要だと話すヘイズ氏は「誰でもいいわけではない。『グッドな20人』でなければ意味がない」と強調した。(つづく)

■【つづきを読む】黒人として警察人生40年 「差別」批判を受ける身になって思うこと