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日本在住のアフガン人親子、一時帰国中にタリバンが全土掌握 日本に戻れず恐怖の日々

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空港周辺の道路を封鎖するタリバン戦闘員(左から2人目)。すぐ横をブルカを被った女性が通りすぎる。カブールでは今、武装した戦闘員たちが路上で通行人らに目を光らせている=8月27日、カブール、ロイター
空港周辺の道路を封鎖するタリバン戦闘員(左から2人目)。すぐ横をブルカを被った女性が通りすぎる。カブールでは今、武装した戦闘員たちが路上で通行人らに目を光らせている=8月27日、カブール、ロイター

「タリバンは政府や米軍などで勤務していたアフガン人の捜索をしているみたいだ」

父親がカブールからインターネットを通じてそう訴えると、日本にいる子どもたちは心配そうに聴き入った。

このアフガニスタン人の家族は夫婦と子どもの7人。「テロとの戦い」で戦場となった祖国を離れ、日本に逃れた。2011年にまず男性が単独で来日し、それ以降、順次家族を呼び寄せた。家族全員が日本でそろったのは3年前。今はある都市に暮らしている。

父親は日本で会社を設立し、生計を立てている。一方、妻が最近、言葉や文化の違いなどから精神的に不安定になった。カブールにいる高齢の母も気がかりだったことから、ラマダン(断食月)に合わせて4月中旬、夫妻と三女の3人が一時帰国することにした。

当時、アメリカのバイデン大統領が駐留軍の撤退を9月11日までに完了させることを表明していたが、滞在は3週間と短期を考えていたことから不安はなかった。

ところが滞在中、予期せぬ事が続く。自分たちと同じように日本から一時帰国していた実弟が新型コロナウイルスに感染して急逝。葬儀に追われるなどしたため、日本に戻るのを6月に先延ばしした。

すると今度は出国の数日前、日本側が新型コロナの水際対策を強化したため、再入国に制限がかかった。その矢先、タリバンがカブールに入り、全土を掌握した。

一家は少数民族のハザラ人。かたやタリバンは最大民族パシュトゥン人を中心とするグループで、過激な思想と武力によって急速に勢力を拡大していった。全土を支配する前年の1995年、家族は危機を感じて隣国パキスタンに避難した。当時の記憶は恐怖でしかない。

タリバンによってガニ政権が崩壊した翌日。早速「悪夢」がよみがえった。父親がパンを買うために外出したところ、タリバンの戦闘員に呼び止められた。

行き先や住所、家族構成などを聞かれ、IDの提示を要求された。持ち歩いていないと答えると、こう言われたという。

「次はもう、ないぞ」

父親は怖くなり、タリバンを批判したり、政治について触れたりしたソーシャルメディアの投稿をすべて削除した。

日本で両親らの帰りを待つ子どもたちは日々、アフガニスタン関連のニュースをテレビでチェックしている
日本で両親らの帰りを待つ子どもたちは日々、アフガニスタン関連のニュースをテレビでチェックしている

「外に出るのが怖くて家の中にずっと隠れている。今ごろ日本で受験勉強をしていたはずなのに…」

三女もそう日本のきょうだいに打ち明けた。カブールでは、タリバンの戦闘員が民家を一軒ずつ回って若い女性の人数を確認したり、戦闘員との結婚を強要したりしているとのうわさが出ているという。

この春、県内の公立中学校を卒業したばかりで、日本に戻ったら夜間中学校に通って来年の高校受験に向けて勉強する予定だった。

前のタリバン政権時代、女性は服装や外出について制限を受け、教育を受けることができなかった。それだけに三女の不安は大きい。「早く安全な日本に戻りたい」

一方、日本に残された子どもたちも気が気でない。

30分ごとにテレビやスマホで最新情報を確認し、カブールの家族と毎日2回、インターネットを通して連絡を取り合っている。

「日本大使館で働くアフガニスタン人も日本に退避できるみたい」

「在留資格のある私たちについてどうなるか、話は上がっている?」

「まだ話はでてないみたい」

ネット回線が悪く、電話は頻繁に途切れるが、子どもたちは何度もかけ直す。

カブールにいる家族と連絡を取り合う長男(写真の一部を加工しています)
カブールにいる家族と連絡を取り合う長男(写真の一部を加工しています)

長男は「ハザラ人だからという理由で命を狙われる危険性がある。家族を一刻でも早く日本に呼び寄せたい」と話す。一方でやるせない思いもある。

「僕たちの世代は生まれてきてから、紛争しているアフガニスタンしか見たことない。死と悲しみしか生まないこの紛争にもう疲れた。普通に学校に行けて、仕事できて、自由に動ける。大事な家族や親戚、友達が殺される心配をしなくてもいい。そんな母国を取り戻すために、何ができるのかもうわからない」

次男はテレビ画面に映る政権崩壊のニュースを見ながらこう悔やむ。「あの恐ろしい歴史がまた繰り返される。こんなことになると知っていたら、両親たちの帰省を力ずくでも止めるべきだった」

両親だけでなく、友人らも気がかりだ。アフガニスタンにいたころ、学校が爆破攻撃のターゲットとなり、子どもが亡くなることが度々あった。

「通っていた学校にはテロから僕たちを守るため銃を持ったガードマンがいた。次は僕たちかもしれない、と思っていた。自分の未来に希望を持つことができなかった」という。

そんな祖国を離れて来日。「人生をやり直したい」とこの2年間、高校受験に向けて猛勉強した。

日中は日本語学校で学び、終わったら夜間中学校に通う日々。やっとの思いでこの春合格し、高校ではサッカー部に入って日本人の友達ができた。今では自動車の整備士になるという夢も描けるようになった。

「全く文化も言葉も違う日本で、自分が生きる目的と夢を持てるようになった。でも、アフガニスタンに残る友達や親戚のことを考えると、国を離れた負い目を感じる」

日本に残された4人の子どもたち。母親不在の今は長女と次女が料理をしているという
日本に残された4人の子どもたち。母親不在の今は長女と次女が料理をしているという

父親は陸路で隣国イランとパキスタンに避難することも考えた。だが、タリバンによる市民への暴行行為が報告されており、妻や娘と外に出るのは危険と判断。第三国経由で日本に戻れるよう、民間航空便の再開を待つことにした。

ただ、カブールの空港には連日、国外へ脱出を試みる人が殺到するなど混乱し、民間航空便の欠航も続いている。

営業停止していたカブールの銀行は数日前に再開したが、再び現金が不足し、引き下ろすことができない。残された現金はあと5万円という。

父親は言う。「タリバンによる統治後、20年間で積み上げてきたものが一瞬にして崩れ去るとは思いもしなかった。不安な思いをさせている子どもたちにも申しわけがない。家族全員が再会できる日が来ると信じて今は辛抱強く耐えたい」