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『ブレッドウィナー』 アニメで描く、11歳の少女の瞳に映るアフガニスタン

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
『ブレッドウィナー』より ©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

アフガニスタンで医療や人道支援に尽くしてきた医師の中村哲さんが殺害されたことで、アフガニスタンの悪化する治安や復興の難しさがあらわになった。目下の紛争のきっかけは2001年の9.11米同時多発テロではあるが、現地の人たちははるか以前から紛争と抑圧にさらされてきた。そんな現実を、9.11直後のアフガニスタンに生きる11歳の少女の目線で見つめたアニメーション映画『ブレッドウィナー』(原題: The Breadwinner)(2017年)が20日公開された。カナダ・アイルランド・ルクセンブルクの合作。アイルランド人のノラ・トゥーミー監督(48)にスカイプでインタビューした。(藤えりか)

『ブレッドウィナー』の舞台は2001年後半、タリバーン政権下の首都カブール。11歳の少女パヴァーナ(声:サーラ・チャウディリー)は、戦争で右脚を失った元教師の父ヌルラ(声:アリ・バットショー)に歴史物語を教わりながら露天商を手伝い、母ファティマ(声:ラーラ・シディーク)や姉ソラヤ(声:シャイスタ・ラティーフ)、幼い弟ザキとつましく暮らしている。ある日、父ヌルラが「女に本を読ませている」としてタリバーンに拘束され、プルチャルキ刑務所へと連れて行かれる。女性だけでの外出が禁じられる中、食べ物を調達しようとしては危ない目に遭い、一家は困窮。パヴァーナは意を決して、長い黒髪にハサミを入れ、亡き兄スリマンの服を着て、少年オテシュとして一家を支える「ブレッドウィナー(稼ぎ手)」となる。

『ブレッドウィナー』より ©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

2018年にアカデミー長編アニメーション賞にノミネート、アニー賞では最優秀インディペンデント作品賞を受賞。製作陣には、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の高等弁務官特使で、アフガニスタンなど多くの紛争地に足を運んできた俳優アンジェリーナ・ジョリー(44)も入っている。

原作はカナダ人作家デボラ・エリスによる2000年刊行の『The Breadwinner』で、日本語版も『生きのびるために』(さ・え・ら書房)として出版されている。この映画化権を持っていたカナダ人プロデューサーが、『ブレンダンとケルズの秘密』(2009年)や『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』(2014年)で世界的に名高いアイルランドのアニメーション・スタジオ「カートゥーン・サルーン」の創設者らに、「一緒にやれないか」と持ちかけたのが始まりだという。

ノラ・トゥーミー監督=本人提供

「カートゥーン・サルーン」共同創設者でもあるトゥーミー監督は「原作を隅から隅まで読み、パヴァーナのキャラクターや、彼女を彼女自身の目線で描く手法にすっかり夢中になった。彼女はまっすぐで、非常に責任感がある。強く心惹かれ、まるで彼女の母のような感じにもなった。そのことが、映画完成までの私を引っ張っていった。それに、紛争地の子どもたちについて若い人たちに見せる映画はそんなに多くないと思った」

脚本を書き始めた2012~13年時点ですでに、原作刊行から10年以上。その間のアフガニスタンの激動を踏まえ、原作にかなり手を加えた。「原作者エリスも、ただ原作をなぞるのではなく、映画を独自のものにするよう促してくれた」

とはいえ、トゥーミー監督自身は、アフガニスタンには行ったことがない。「なんとか現地入りできたとしても、爆発を逃れて大使館に行き着く結果になり、アフガン人の暮らしのある部分だけを見て終わったかもしれない。当時のアフガニスタンがどうだったか見いだすのはとても難しかっただろう」

『ブレッドウィナー』より ©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

そこで「非常に頼みとした」のが、アイルランドやカナダなどに移り住んだアフガン人たちだ。

「絵コンテは、アフガン系アイルランド人協会の人と話をしながら仕上げた。彼はアフガニスタンでの暮らしについて聞かせてくれたうえで、絵コンテの一部を家族や親類、友人、近所の人たちに見せては、彼らの話を数週間後に持ち帰ってきてくれた」

そうして絵コンテの段階で加わったキャラクターの一つが、原作にはない、パヴァーナの亡き兄スリマンだ。

「アフガニスタンの紛争はタリバーンによるものだけではないという感覚を盛り込みたかった。タリバーンが政権に就いた当初、アフガン人は喜んだ。内戦やソ連侵攻を耐えた国に法と秩序をもたらしたためだ。タリバーンがアフガン人に歓迎されたとしたら、彼らが政権に就くまでにアフガン人が耐えた痛みや苦しみについて考えなければならない。パヴァーナたちのような家族にとっては、タリバーンだけが問題ではない。そうした感覚を織り込みたかった。それは多くのアフガン人が話してくれた家族の経験談に基づいている。様々な場所で絶えず紛争状態を経験した彼らに今作で敬意を払うことが重要だと感じた」

『ブレッドウィナー』より ©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

スタッフや声優陣にも、アフガン系を多く迎え入れた。「彼らからもとても大切なことを教わった。タリバーンの少年イドリースを演じたヌーリン・グラムガウスは、彼が赤ん坊の時に一家でタリバーンから逃れた。姉ソラヤ役シャイスタ・ラティーフの父親は、ソ連侵攻の前に逃れている。この映画にかかわった多くの人たちが、紛争から逃れる経験をしている」

トゥーミー監督は同時に、こうも語った。「話を聞けば聞くほど、問題が複雑だとわかった。問題の原因はひとつではない。西側諸国も今起きている紛争に関係しているし、解決しようとしてもシンプルではない。とても込み入っていて、白か黒かで分けられるものではなく、絶対的な悪者もいない。例えばタリバーンの少年イドリースは、エネルギーにあふれ、自分が正しいと思っている。そうしたニュアンスは原作からも生まれたが、映画作りを支えた人たちの経験からも生まれた」

こうした視点は、かつて激しい紛争が続いた北アイルランドを間近で見てきたためでもある。「争いがいかにたやすく生じることか、そして平和をもたらし国をまとめるのがいかに難しく、何十年もかかることか、アイルランドで見てきた。紛争は極端な状態を生み出す。北アイルランドでも、女性が和平プロセスに入ろうとすると、非常に重要な役割を担っていたにもかかわらず、冷笑された。紛争などで社会が壊れる際にはどこでも、女性や子どもたちがまず苦しむ」

『ブレッドウィナー』より ©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

それにしても、トゥーミー監督自身はアフガニスタンを訪れたことがないとは思えないくらい、描かれた砂漠や夕日などの風景はリアルに感じられ、かつとても美しい。逃れた故国に思いをはせるアフガン人たちからの聞き取りが、それだけ丁寧だったということだろう。

トゥーミー監督は完成後、声優陣やその家族と一緒に作品を見た。ソラヤを演じたラティーフは父親の手を握り、一緒に座って見ていたという。上映が終わると、父親は感極まった様子で、ダリー語で娘に話を始めた。「彼はアフガニスタンでの経験を彼女に話したことがなかったのに、隣人が行方知れずになったこと、それでもアフガニスタンを去ったことに罪悪感を覚えていることなどを、彼女にその場で話した。私自身理解しきれていないところもあるが、紛争地などの出身者が見ればある効果がもたらされる、そんな要素が今作にはある」

今作でパヴァーナたちは「女は大声を出すな」「家にいさせろ」「外を出歩いて不要な注目を集めるな」と浴びせられる。タリバーン政権下のアフガニスタンならそうだろう、って? いや、少なくともちょっと前の日本、あるいは今の日本だって、似たようなことを言われたことのある人はいるのではないか。私も、かすかな嫌な記憶が呼び覚まされたような気持ちになった。そう、女性を閉じ込めようとする言説は、何もイスラム圏に限った話ではない。

『ブレッドウィナー』より ©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

欧州などでは「イスラムは女性差別をする。だからイスラム移民を受け入れない」という論法で移民排斥を煽り立てる極右政治家らが目立つ。そう言うと、トゥーミー監督は語った。「そうしたレトリックは私たちを分断させる。実際はみな共通のものを持っている。共通のものを理解すればするほど、平等で、文化やジェンダー面で相互理解のある社会を作り出せるようになるのだが。そもそも1960年代のカブールは米国よりも、多くの女性が大学にいた」

パヴァーナのように、「家族を養い、一家の姉妹を守るため、髪を切って少年のような服装でいたことがある若いアフガン女性に何人か会ったことがある」とトゥーミー監督。「そうした現象は、女性より男性に価値が置かれる限り続いているだろうと思う」。似たことをした女性はかつてのアイルランドにもいたという。「生き延びて、前へ進むためにね」

アイルランドでは、既婚女性が外で仕事を持つのは違法だった時代もあった。「私の母は結婚して仕事を辞めなければならなかった。仕事か結婚かを選ばなければならなかった」とトゥーミー監督。「だから私の立場を当然だとは思っていない。私は会社を経営して、さらに映画監督だが、それは稀なこと。若い女性の映画製作者たちのためにも、また映画業界が多様性を持つためにも、私自身、人の目に触れなければならない。平等を求めて闘わなければならない」

『ブレッドウィナー』より ©2017 Breadwinner Canada Inc./Cartoon Saloon (Breadwinner) Limited/ Melusine Productions S.A.

アフガニスタンをめぐっては、トランプ米大統領が駐留米軍を大幅に削減する考えを示している。一方でタリバーンとの和平協議の行方も見通せず、治安悪化の懸念も続いている。

トゥーミー監督は「映画製作の間、アフガン人たちに、アフガニスタンの将来について尋ね続けた」という。「中には、西側が介入したり手を引いたりすることへの指摘もあった。アフガニスタンの未来はアフガン人の手にあるべきだ。時間はものすごくかかるだろうが、アフガン人によって導かれなければならない」

そう言って、映画にも織り込んだ13世紀のペルシャの神秘主義詩人ルーミーの言葉「怒りではなく、言葉を伝えて。花は雷でなく、雨で育つから(Raise your words, not voice. It is rain that grows flowers, not thunder)」を引いて、インタビューをこう締めくくった。「この映画はひとつの声で作られたのではなく、様々な経験や物語によって支えられた。そうしてパヴァーナがスクリーンに押し上げられた。彼女はアフガニスタンの少女だけれど、同時に、誰かの妹や姉、娘、または友だちかもしれない。学校へ行って教育を受け、平和な暮らしを送り、家族に囲まれて、自身の声を持って然るべき存在。それが今作の核心なんです」