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【金丸恭文】「ガバナンス整えれば企業は成長」本当か 「ベンチャーの旗手」が語る懐疑

令和の時代 日本の社長 更新日: 公開日:
フューチャー株式会社会長兼社長・グループCEOの金丸恭文氏

■経営のスピード感を損ないたくない

――ここ数年、日本企業の間でも「コーポレートガバナンス(企業統治)」をめぐる議論が盛んになりました。創業者であり会長兼社長グループCEO(最高経営責任者)でもある金丸さんは、一連の改革議論をどのようにご覧になっていますか?

率直に申しますと、「コーポレートガバナンスを整えれば会社が成長する」という見方には、私は懐疑的です。「低成長企業が日本に多いのは、コーポレートガバナンスが未熟だからだ」という指摘がありますが、低成長とガバナンスを結び付けるのは少し短絡的ではないかと思います。コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)は、上場企業として当たり前のこと、基本的なことを盛り込んだ最低限のルールであって、それ以上のものではないでしょう。

ガバナンス改革の議論に関して、私が最も気になるのは、経営の「スピード感」への影響です。私は自分でフューチャーという会社を創業し、すべての意思決定に関わり、すべての責任を負いながら、会社を成長させてきました。社外取締役の活用が盛んに言われていますが、これまで社内経営陣で3日間で決断していたのが、社外取締役が加わったから1週間かかってしまったということは、極力避けたい。社外取締役の日程を押さえられないという理由で、今週やるべき決断が来週になり今月の決断が来月に持ち越されることがないように、経営のスピード感はこれまでと変わらず維持すべきです。

――スピード感のある企業にとっては、コーポレートガバナンス・コードや社外取締役が、経営の足かせになってしまう可能性があるのでしょうか? 一方、社外取締役がいることによるメリットはないのでしょうか?

社外取締役が加われば会社経営がよくなるかのように言われていることについて、正直なところ、納得感はほとんどありません。ただ、いくつかメリットはあるかと思います。

私は、経営者として重要な意思決定をするとき、たくさんの選択肢が「分母」にあって、実際に決定したことを「分子」に置くイメージをしていますが、社外取締役の方々の意見を聞くことで「分母」のクオリティーを高められると考えています。なぜなら、自分では思いつかないような選択肢を「分母」に置くことができるからです。

社外取締役の方々の意見を聞くことで、経営判断におけるリスクの所在が明らかになります。そもそも私はリスクテーカーだから起業したのであって、リスクに過敏で保守的なタイプだったら、起業などしていません。前向きにリスクをとりがちな私に社外取締役の方から、「こういうリスクは考慮しましたか」という指摘や、さまざまな助言をいただけるのは、ありがたいことだと思っています。

私たちの会社では、社外取締役にも事前レクチャーをせず、予定調和でもなく、ガチンコで話し合います。そのかわり議案や決議事項で「取り下げ」は頻繁に起きます。根回しがないから当然です。私の責務は、社外取締役を含め全員が発言をしやすい環境づくりをすることだと考えています。本音トークの会議は楽しいですよ。

■ガバナンス論が「窮屈」なことも

――日本企業とひと言でいっても生い立ちや歴史はいろいろで、最適なガバナンスもそれぞれ違うと思います。コーポレートガバナンス・コードは、上場企業に対し、いわば一律に網をかけるような内容になっていますが、この点はどう考えますか?

私のように創業社長が経営を引っ張っている上場企業と、いわゆる「サラリーマン社長」が何世代にもわたって牽引している大企業とでは、最善のガバナンスはやはり違います。ガバナンス論をひとまとめには語れません。コーポレートガバナンス改革で求められる理念を自然に実践してきているベンチャー企業にとって、いまのコーポレートガバナンス・コードは窮屈に感じていると思います。

私は会社を創業してから、コーポレートガバナンスという言葉を意識することは特にありませんでした。ただ、健全でフェアなプロセスで意思決定したいという思いは強かったので、社内でつくりあげたルールの方が現在のコーポレートガバナンス・コードの先を走っているという自負があります。

というのは、フューチャーという会社に、もともと年功序列の文化はなく、新卒とキャリア採用が半々なので、いま盛んに強調される「ダイバーシティー(多様性)」は最初から備わっています。大企業から転職した人や、新卒で育ってきた人、中小企業やベンチャー企業の出身者もいます。また、コアカンパニーの社長を務めているのは、一度退職して再入社した女性です。すでに人材とキャリアの多様性が備わっているので、それを改めて要求されても違和感があります。

また、社外取締役の数を増やせと言われますが、それはピラミッド組織において三角形の一番上の部分だけの多様性が問われているわけです。私たちベンチャー企業の多くは、総合職と一般職、男性と女性といった区別なく組織が運営されており、すでに会社全体に多様性が備わっているだけに、コーポレートガバナンス・コードでそれを求められても、「十分あります」としか答えようがありません。

その意味では、経営者として時々、「会社が上場している意義は何だろう」と考えざるを得ない瞬間があります。上場しているメリットで、すぐに思いつくのは人材の採用でプラスに働くことですが、未上場企業でもブランドづくりに成功しているところは新卒採用に困っていません。コーポレートガバナンス関連のルールがあれこれ打ち出され、その対応に追われるたびに、上場の意義を考えてしまいます。

――日本のコーポレートガバナンス改革は、やはり「官主導」で進められた印象があります。

経済界・産業界にとっては「痛いところ」を突かれたと思います。リーマン・ショック後、米国をはじめ世界の企業は持ち直しも早くて、日本企業の成長力と差がつきました。そこに、「もっと稼ぐ力を強化しなさい」と行政から指摘されました。でも、霞が関の行政機構は、年功序列であり外部の目による監視もされないという意味で、最もガバナンスが効かない組織です。民間企業が自ら変革できないために、行政機構からガバナンス指導されるというのは、かなり屈辱的だったと思います。

それでも、外国人投資家からすると、日本企業にも「開かれた感」が出たことはよかったと言えます。海外からすると、日本という国はブラックボックスのように見えるし、歴史的にも鎖国をしていた島国ですから、そんな国の企業は当然「鎖国感」が漂っています。しかも、ボードメンバーには同じような年齢の中高年男性がずらりと顔をそろえ、この不確実性の高まる時代にリーダーとして活躍してくれそうな雰囲気を感じません。

そういう企業が多いですから、とくに海外の株主の基準から見ても「開かれたガバナンス」が整備されていて、社内議論のプロセスが見えて、社外取締役が株主代表の立場で執行に意見が言えることは、大事なことなのでしょう。

ソニーグループのように企業変革を余儀なくされ、立て直しに成功したケースがあります。コーポレートガバナンス改革がうまくいったという文脈で語られることがありますが、私は、あまり関係がないと思っています。要するに、リーダーや従業員が結果を残したということでしょう。

一方、「コーポレートガバナンス改革のプロ」のような方々が社外取締役に加わって、ルールも順守したにもかかわらず、結果が出ていない企業があります。うまくいっていない理由をコーポレートガバナンスの不備に求めて、さらにルールを詳細化した方がよいという議論が出るようであれば、それは本末転倒ではないでしょうか。