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【岡島礼奈】一人で始めた「人工流れ星の会社」 特技は「自分よりできる人」を集める

令和の時代 日本の社長
2023年に「人工流れ星」の実現をめざすALEの岡島礼奈さん

■「お金の流れを学びたい」と外資金融へ

――最初に、ALEの事業内容と、人工流れ星の仕組みを教えてください。

まず、人工的に流れ星をつくるビジネスに取り組んでいます。私たちが自ら開発した人工衛星の中に、1センチほどの大きさの「粒」を積み込んで打ち上げます。地球の周りを回る人工衛星が宇宙空間でこの粒を放出し、大気圏に突入したものを地上から見ると、それが流れ星に見えるのです。自然の流れ星も、小さな塵が大気圏に突入し、明るく光って流れ星となるのですが、それと同じ原理を使っています。

ALEの事業としては、この人工流れ星をエンターテインメントとして流すSky Canvas事業のほか、気候変動の解明をめざす大気データ取得事業、宇宙ごみ(スペースデブリ)拡散防止装置の開発なども手がけています。

人工流れ星のイメージ=ALE提供

――岡島さんは、東京大学理学部天文学科に入学し、大学院では天文学を専攻して博士号も取得されています。でも、就職したのは外資系金融機関のゴールドマン・サックス証券でした。どんな経緯があったのでしょうか?

学生時代から、基礎科学を発展させるために何かしたいと思っていました。日本の基礎科学の研究は公的資金で賄われているため、研究者は予算獲得のために大変な苦労をしていました。「公的資金だけに頼らない仕組みを構築できれば、もっと基礎科学が発展するのではないか」と考えていたのです。

天文学に研究資金を回せないかと考えていたころ、「資本主義の中心にすごい会社があるらしい」と聞いたのですが、それがゴールドマン・サックスでした。ぜひ、そこで働いて「お金の流れを勉強したい」と思いました。当時は「お金でお金を生んでいる業界」というイメージぐらいしかなく、天文学がバックグラウンドの私には、一体何をやっている会社なのか想像もできませんでした。「いつかは人工流れ星の会社をつくる」という思いは持っていましたので、金融業界で働けば「投資家サイドの『ものの見方』を知ることができるのでは」ということも頭の中にありました。

■入社、いきなりのリーマン・ショック

――金融機関で働こうと思ったのは、岡島さんなりの明確な理由があったのですね。

いま申しあげたのは、話の流れとしてALE起業につながる「きれいな」部分です。実際のところは、博士号を取得したあとの就職の間口は、日本企業においては非常に狭いのです。日本の名だたる企業では、博士号を持っていると、研究職以外はほとんど採用してくれません。そんな状況で、博士号を持つ人材を重宝してくれたのは当時は外資系企業しかなかったのです。

「それしか選択肢がなかった」という事情と、先ほど述べた「資本主義の最先端を勉強したい」のいう両方があって、ゴールドマン・サックスに就職しました。天文学を学んだ人で金融機関に就職する人は私の周りにはいなかったです。もちろん、工学部出身者には多数いたと思います。

――ゴールドマン・サックスでの仕事はいかがでしたか?

私は2008年入社なのですが、その年の夏にニューヨークでの研修があり、帰国した途端に「リーマン・ショック」が起きました。どんどん景気が悪くなり、株価も急落し、隣に座っている先輩の機嫌が株価水準に左右されるという状況でした。

私が所属したのは自己資本投資をする部署で、ちょうどリーマン・ショック後に「証券会社が自己資本を使って『ギャンブル』するとは何事か」という厳しい世論にもさらされたこともあり、部署も縮小しました。私は博士号を持って入社したので、学部卒の同期より社内での役職が上でした。入社して半年ちょっとなので、仕事の能力としては新卒レベルだったのですが、役職があだとなって、残念でしたが退職することになりました。それが2009年のことでした。

■宇宙ベンチャーに「はあ?」と言われ

岡島礼奈さんが手に持っているのは「流れ星の素」

――ゴールドマン・サックスを去ってからはどうしたのですか?

友人とコンサル関連の会社をつくったり、NPO法人の活動を手伝ったり、といった過ごし方をしていました。ゴールドマン・サックス在籍中、そして辞めてからも、「いつか人工流れ星をつくる仕事を手がけたい」という思いは持ち続けていました。細々とフィージビリティー・スタディー(実現可能性の調査)を始め、11年に、人工流れ星の技術を研究する会社をつくりました。

たった1人での起業ですのでフルタイムではなく、宇宙関連が専門の大学の先生たちと共同研究というかたちで仕事をしていました。そんな中、最初の資金調達は2015年、個人投資家から出資いただきました。ゴールドマン・サックス時代の元上司にも出資していただきました。

会社をつくった当時は、宇宙ベンチャーという言葉が珍しく、事業内容を説明してもだれもが「はあ?」という反応ばかりでした。「そもそも宇宙をビジネスにできるのですか」「お金になるのですか」「そんな産業自体、存在していないですよね」という厳しい反応ばかりでした。いまでこそ、宇宙ビジネスはあちこちで出てきて、2019年に(英起業家のリチャード・ブランソン氏が率いる)米国のヴァージン・ギャラクティックがニューヨーク証券取引所に上場して、「宇宙ビジネスもちゃんと上場できる」というイメージができあがりましたが、当時は「民間がやるものじゃない。国が手がけるものだ」という雰囲気でした。そういう中で、最初に面白がってくれて、こちらの熱意を受け止めて共感してもらったのは、個人投資家でした。

――その後、ようやくベンチャーキャピタルなどの出資を受けるようになりました。

まとまった金額でベンチャーキャピタルに出資してもらえるようになったのは、ここ数年のことです。実際に人工衛星が完成し、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「イプシロンロケット」に私たちの人工衛星が搭載してもらえるようになって、ようやく認めてもらえるようになりました。2019年には、香港の実業家が率いるホライゾンズ・ベンチャーから出資を受けました。ここは日本だけでなく世界のベンチャーを見ていて、かつてはフェイスブックやスポティファイ、最近はスラックやズームにも出資していて、そんな先見の明があるベンチャーキャピタルのポートフォリオに加えていただいて、とても光栄に思います。当初は、経営メンバーをうまく集められなかったのですが、資金調達に精通した人材が参加してくれたので投資家としっかりコミュニケーションができるようになりました。

■中心メンバーを失った経験を次へ生かす

――社長として会社を運営するうえで、大変な時期はありましたか?

2017年~18年ごろ、組織が求心力を失って、中心メンバーが会社を去っていくということがありました。トップである私が、会社のビジョンやミッションをうまく言語化できていなかったのです。当時は「科学とエンターテインメントを両立させる」ぐらいの話はしていましたが、恥ずかしながら、大事なことが社員と共有できていなかったです。優秀な人ばかりでしたが、小さなボタンのかけ違いが、気が付いたら大きなズレになってしまいました。この溝がなかなか埋まらなくて、チームビルディングに失敗したのです。

例えば、物を売るビジネスだと、日々の業務で「○○が売れた」という感覚が共有できるので、ちょっとぐらい転んでも何とかやっていけるという話を、知り合いの起業家から聞きました。しかし、宇宙ビジネスは開発にかかる時間が非常に長いので、みんなが同じ方向を見ていないと組織としてきついと考えるようになりました。

そこで、会社のビジョンやミッション、バリューをしっかり定義し、言語化することにしました。創業当初から「科学とエンターテインメントの両立」を打ち出していましたが、そのミッションを進化させ、「科学を社会につなぎ、宇宙を文化圏にする」と定義づけました。それで、もういちどチームビルディングに取り組みました。

――ビジョンやミッション、バリューを再定義した成果は見られましたか?

その成果かどうかは分かりませんが、2020年初めに直面した試練では、そう思うことがありました。当初、最初の人工流れ星のお披露目は「2020年」を予定してたのですが、その年の初めに、人工衛星の動作不良が見つかって2023年に延期となりました。

私自身は「あと3年もかかるのか」と思いまして、「モチベーションをなくして、会社を去ってしまう従業員が出てくるのではないか」と心配していました。ところが、この延期が直接のきっかけで離職した社員はゼロだったのです。みんなが会社のビジョンとミッションを共有し、「23年には絶対、人工流れ星を流したい」という気持ちを持ってくれているからだと、私は思っています。17~18年の自らの失敗経験を経て、改めて会社のビジョンとミッションを明確にしたことで、今回の1回の失敗ではぶれないようになったと思います。

■「自分よりできる」人材を集めるのが得意

人工衛星から放出される「人工流れ星」の素(見本)

――2011年に1人で始めた小さなスタートアップは、40人ほどの会社に成長して、いよいよ人工流れ星の実現も近づいてきました。岡島さんは、ご自身でビジネスの才覚があると思いますか? 日ごろ社長業はどのようにこなしていますか?

私にはビジネスの才覚があるとは思いません。自分が得意だと思うのは、「自分よりできる人たち」を集めてくることだと思います。自分より能力が高い人を、すべてのジャンルから集めてくる。そうすると、1人で何かに取り組むよりも、大きな仕事がすばやくできることを知っています。多くの方々に助けていただいているという実感を持っています。

社長業でいいますと、私は理学系でエンジニアではないので、エンジニアリングに関してはテック専門チームに任せています。最近は資金調達も専門のメンバーに任せています。私は、要所要所のミーティングに出席して、意思決定をするという立場に徹しています。

――宇宙関連ビジネスの起業家どうしは、横のつながりがあるのですか?

それはあります。宇宙関連のビジネスは長期のスパンでやっていて、失敗することもあります。起業家どうしで「しんどいね」という話をしたり悩みを話したりしながら取り組んでいます。ある程度マーケットができあがっている大きな業界であれば、お互いに「ライバル」という関係になるのかもしれませんが、宇宙関連ビジネスはまだ業界が小さいので争っている場合ではなく、「みんなでこの業界を大きくしよう」と切磋琢磨しながらやっています。

――2023年の再チャレンジに向けての準備はいかがですか?

人工衛星(3号機)を設計中で、着々と準備が進んでいます。2020年に見つかった2号機の不具合の原因もすべて特定できています。次回の23年は「100%成功」と言いたいところですが、科学的に「100%」はありえませんので、「100%近い成功確率がある」と考えています。