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コロナで追い込まれる個人の飲食店 日本のソフトパワーの危機だと気づいているか

マイケル・ブースの世界を食べる 更新日: 公開日:
北村玲菜撮影

この原稿はみなさんが読まれる何週間か前に書いているので、日本のコロナウイルス感染の最新状況や、オリンピックがさまざまな物事にどんな影響をおよぼすかはわからない。

暑くなるにつれ私がまず気になっているのは、やはり日本の友やそこに暮らす方々の健康だ。しかしみなさん知ってのとおり、私の思考が胃袋から離れることはなかなかないので、次に気になるのはさまざまな自粛要請や経済的な不安定さによって大打撃を受けている個人経営の飲食店のことである。

東京の、それも特に郊外のレストランやバーが店をたたむという話を私もたくさん耳にしている。ウイルスによって人が亡くなっているという状況下では最優先とはいかないかもしれないが、個人経営の居酒屋が生き延びられるかどうかは、日本にとって切に重要なことではないだろうか。

アニメも漫画もJポップも好きだが(まあその、この三つのうち二つは、ということで)、日本のソフトパワーで絶大な力があるのはやはり食である、と私は言いたい。食べるものともてなしの心は、世界共通言語を話すのだ。

この20年以上、日本食の途方もない質の高さ、多種多様さに世界は目を見張ってきた。みなさんの国の食文化は、地球上でもっとも偉大と言っていいと思う。飲食店に贈られたミシュランの星(他のどの国よりも多い)や、技術や食材の使い方を学ぶために海外から集まってくるシェフの数をみてもわかることだ(これまでインタビューしたシェフは皆「日本巡礼」済みか、その夢を抱いていた)。飽くなき食欲を誇るフードライターとその家族の数は言うに及ばない(一家全員を引き連れて日本にくるというあきれた人物は、知る限り私の他にはいないが)。

■一度去ったら戻ってこない

パンデミック以前の何年もの間、日本を訪れる記録的な数の外国人観光客にとって食はそれだけでもう最大の魅力だった(日本へ来る前に一番楽しみなこととして70パーセントの人が食を挙げた調査もある)。「食べる」ことを目的に日本を訪れる観光客が、2020年には4000万人にものぼるはずだったのだ。悲しいことにその目標に届くことはなかった。家賃が払えず、仕入れ先の業者も収入が絶たれ、テイクアウトに切り替えたところで損失を補えるわけではない。かつてないほどの数の店が閉まるという、個人経営の飲食店の惨状を回避しないと、日本の観光産業全体がもう二度と持ち直せないのではないかと危惧している。

では日本政府はどんな支援をしてきたのか? 食の旅における世界有数の目的地、築地場内市場がブルドーザーによって未来永劫(えいごう)失われてしまった、あの悲しい顚末(てんまつ)をみればわかるだろう。この国の公的機関は、自治体レベルでも国レベルでも、日本の食の遺産を守ることについて信頼するに足りないと言わざるを得ない。聞くところでは、政府の協力金では固定費さえ到底まかなえないという。飲食店の多くは、パンデミックをしのいだとしても、負債によってすぐに破産してしまうだろう。

ここで失われつつあるのは一部の小規模ビジネスに限らず、国家の構造そのものであり、あなたたちの文化の礎である。個人経営の飲食店は、一度去ってしまえばもう戻ってはこない。ファストフードのチェーン店が取って代わり、冷凍庫から「出したて」の大量生産型食品を機械的に提供することになるのだろう。

日本のみなさん次第で、こうした店は救える。生活は極限まで制限され、経済的打撃は大きく、未来はあまりにも不確かというしんどい状況ではあるが、日本のためにできることが一つあるとしたら、それは食べることなのだ。

私の頭にはもっと恐ろしい状況もあれこれ浮かんでくる。(訳・菴原みなと)