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母乳で救える命がある アグネス・チャンが途上国を訪れて考えたこと

アグネスの子育てレシピ 更新日: 公開日:
アグネス・チャンさん=山本倫子撮影

母乳について国連児童基金(ユニセフ)は赤ちゃんに生後1時間以内に初乳を与えること、6ヶ月間は母乳だけで育てることを推奨しています。

その後は、離乳食を食べさせながら2歳を過ぎるまで、母乳を飲ませ続けることを勧めているのです。

新生児に母乳を飲ませる利点はたくさんあります。
母乳は赤ちゃんにとって完全食であり、消化しやすく、無駄のない食べ物です。
初乳には赤ちゃんにとって大切な免疫力を高める成分がたくさん含まれています。
母乳を飲む赤ちゃんは感染症にかかるリスクが低く、かかっても、軽くすむ事が多いのです。
赤ちゃんによく見られる下痢、中耳炎、風邪などにかかる回数が減ります。
小さな体の不調も起きにくくなります。例えば、便秘、鼻詰まり、咳などです。
体が丈夫であれば、赤ちゃんは調子がいいので、ぐずったり、泣いたりすることも少なくなります。
扱いやすく、ハッピーなベイビーになるのです。
母乳を飲む赤ちゃんはアレルギーも少なく、あごの発達もいいので虫歯にもなりにくいといいます。
母乳によって免疫力が高まることは、特に今のようなパンデミックの状況には重要なことです。

母乳をあげるとき、
母の匂い、母の心臓の音を乳児が覚え、母の腕の中で安心して乳を飲み、眠る事ができるのです。
母親の腕の中は安全な場所と、赤ちゃんは最初に認識するのです。
お母さんにとっては、赤ちゃんと触れ合い、愛しさを覚え、母性が自然に生まれます。

赤ちゃんのためだけでなく、お母さんの体にもいいと言われています。
乳がん、卵巣癌、骨粗しょう症、糖尿病にもなりにくいというデータがあります。
母乳を与える時に、子宮が刺激されるために、産後の回復が早くなります。
母乳で脂肪が排出されるために、体型回復にもプラスです。
マタニティブルーと言われる、産後のうつも軽くすむと言います。

残念ながら、世界では、5人に3人の赤ちゃんは、生後1時間以内に初乳を飲んでいないのです。
生後6ヶ月間、母乳だけ飲む赤ちゃんは世界で41%、2歳までに母乳を飲む子は45%に過ぎないのです。
安全な水が飲めない地域で、粉ミルクを溶かすために、十分沸騰させてない不衛生な水を使ってしまうと、赤ちゃんにとっては大変危険です。
乳児の死亡の大きな原因は下痢です。
その原因の多くは不衛生な水を飲んだことなのです。
6ヶ月の間、母乳で育てることは赤ちゃんの命を守るために、とてもいい方法なのです。

以前、訪ねた中米グアテマラで、母乳を推奨する病院に「母乳バンク」がありました。
お母さんが病気でおっぱいが出ない、お母さんがお産の時に亡くなってしまった、未熟児で生まれてお母さんのおっぱいが出ない、といったケースに対応するために、健康である事が確認された授乳中のお母さんたちが、自分のおっぱいを母乳絞り器で絞り出して、病院に寄付するのです。冷凍して、必要とする赤ちゃんに与えます。
母乳を寄付するお母さんに話を聞きました。
「私の長女は未熟児で生まれて、その時は別のお母さんのおっぱいをもらいました。おかげで元気に育ちました。だから今、次女を育てながら、自分のおっぱいを寄付しているのです」と話してくれました。
その話を聞いて、とても感動しました。
母親の愛のおすそ分けですね。
その「母乳バンク」を作った病院の熱意が素晴らしいと思いました。
「赤ちゃんにとって、母乳より優れた食べ物はないのです。母乳を寄付してくださるお母さんたちに本当に感謝しています」と院長先生はおっしゃいました。
ユニセフによると、もっと母乳を広めれば、毎年、81万人の赤ちゃんの命が救われるというのです。

グアテマラを訪れたアグネス・チャンさん=本人提供

もう一つ母乳を与えることで子供が守れるのは、母乳を与えている間は妊娠しにくいということです。
年子で子供が生まれてくると、お母さんは十分に赤ちゃんの世話ができなくなります。
でも、2年間授乳を続ければ、その間妊娠しにくくなり次の子供はその後に生まれる計算です。
そうすると、子供の生存率が高まるのです。
避妊方法があまりない地域では、母乳を与えることで、子供の数が抑えられるのです。

しかし、意外にも先進国では完全母乳の授乳率が低いと言われています。
日本の場合、厚生労働省の2015年の調査によると、完全母乳で子供を育てているお母さんは51%しかいませんでした。
しかも、これは6ヶ月間まで完全母乳で育てた数字ではなく、1ヶ月間と3ヶ月間のデータなのです。
同じ調査によれば、お母さんたちは母乳の良さは分かっており、母乳で子供を育てたい人は93%にいました。
しかし、お産してみたら、実際に授乳するお母さんは50%程度だったというのです。

理由は様々です。多くのお母さんは母乳が足りないと心配して、粉ミルクを混合させて使っているそうです。
実際、産後に母乳が出ないお母さんも多くいます。
私もその一人でした。長男が生まれた時に、全く母乳が出ませんでした。
でも、私が産んだ病院は母乳を推奨していて、
「赤ちゃんがお腹を空いて、強く乳首を吸えば、母乳は自然に出てきます。ちょっとの我慢です」と言われました。
我が子が痩せ細くなっていくのを見て、本当に心配しました。
何度も、「少しでも粉ミルクを与えた方がいいのでは?」と医師と看護師さんに相談しました。でも、
「もうちょっとの我慢です。絶対に出てきます」と言われました。
長男はお腹が空いていたので、吸う力が増しました。
強く吸ってくれたおかげで、3日目くらいから、母乳が一気に出ました。
食欲旺盛な長男に合わせて、母乳の量が出ました。
「あきらめなくてよかったでしょう」と看護師さんに言われました。
体は不思議なもので、赤ちゃんが欲しがる量の母乳を作り出すようになりました。
完全母乳を6ヶ月、その後も1年8ヶ月まで母乳を与えました。
結局、3人の息子をみんな母乳で育てました。
おかげさまで病気も少なく、ハッピーベイビーでした。
赤ちゃんがぐずらないので、楽しい事がたくさんできました。

グアテマラを訪れたアグネス・チャンさん=本人提供

新生児の胃はとっても小さく、クルミの大きさほどしかないのです。
だから何回も何回もおっぱいを欲しがります。
特に母乳は消化しやすいので、ほしがる回数が多いのです。
そこで、お母さんが「もしかして、私の母乳が足りないのかな」と粉ミルクを与えてしまいます。
粉ミルクは消化が母乳ほど良くないので、腹持ちがいいため、赤ちゃんの乳飲み回数が減るのです。
それに安心して、やっぱり混合で授乳した方がいいと思い込むお母さんもいます。
実際は違うのです。
母乳が足りないのではなく、1回に飲める量が少ないのです。
赤ちゃんが大きくなれば、胃も大きくなります。そうすると授乳回数も減るのです。
最初のうちは、何回も何回も授乳するのが大変ですが、
6ヶ月は完全母乳をお勧めします。
慣れてくると、母乳の良さがより実感できます。
母乳だと、夜、赤ちゃんがおっぱいを欲しがって泣き出す時に、起きて哺乳瓶を消毒したり、温めたりなどせずに済むので、おっぱいを与えるまでに時間がかからないのです。
そのために、赤ちゃんもお母さんも楽です。
消化しやすい母乳は胃に負担をかけないので、お腹が痛くなる事も少なくてすみます。
哺乳瓶のように空気を胃に呑み込んでしまうことも少ないので、ガスが溜まって、吐き出すこともあまりありません。

さらに、普通の生活の中で、いつでも授乳できるので、便利でした。
赤ちゃんと出かける時に、一枚の布で体を隠せば、どこでも授乳が可能でした。
消毒した哺乳瓶やお湯、粉ミルクを持ち歩く必要がありませんでした。
どうしても赤ちゃんを連れていけない時は、母乳絞り器で母乳を絞り出して、冷凍して、面倒を見てくれる方に頼んで、赤ちゃんに与えてもらうことも出来ます。

しかし、私の友達に母乳の話をすると「母乳を推奨すると、母乳が出ないお母さんが傷つくので、本当はやめた方が良い」とアドバイスをしてくれる人もいます。
それも一理あると思います。
お母さんが、いろいろ試みた上でそれでも母乳が出なかった場合は、もちろん、粉ミルクでも立派な赤ちゃんは育ちます。
長男を産んだの時に母乳が出なかった私に、看護師さんは
「普通は母乳が出るはずです。そのためには、妊娠してからの準備も必要ですね」と言いました。
乳頭を清潔にしたり、乳房をマッサージしたり、食事に気を配ったりすると母乳は出やすいのだそうです。
「初産の場合、すぐに母乳が出るのはむしろ稀ですよ。心配しないで、必ず出るから。心配すると、余計に出なくなってしまいます」と言われました。
その通りに私も母乳が出たので、彼女の話に説得力を感じました。
日本で93%のお母さんは母乳を赤ちゃんに与えたいと思っているのに、産んでみたら、母乳を与えるのは50%に下がってしまう理由を明らかにする必要があります。そして、妊娠の間に母乳の準備をもっと進める必要性があると思います。

また、働くお母さんにとって、母乳を与えるのは難しいといえます。
職場の理解が必要です。産休の間に母乳育児を目指し、復帰後は混合授乳といった方法を取る事もできます。実際にたくさんのお母さんはこの方法を使っています。
やればできると信じて、トライして欲しいと思います。

友達のなかには、「おっぱいの形が悪くなるから」と赤ちゃんに母乳を与えなかった人がいました。
それは決していい理由ではないと思います。
おっぱいの形は母乳で変わるのではなく、歳を重ねて、重力に負けて、変わるのです。
もちろん、5人も6人も赤ちゃんを産んで、母乳を与え続けたら、形に悪影響が出るかとも思いますが、1人、2人くらいでは変わらないと思います。

ただ、そのときにお母さんが罪悪感を感じなくていいようにすることも大事です。

お母さんにとって、母乳をあきらめる理由はいろいろあると思いますが、それを理解したうえで、
出来るだけ多くの赤ちゃんに母乳の良さを知ってもらいたいと思っています。
赤ちゃんにとっても、自分にとっても、そして家庭や社会にとっても母乳はとても素晴らしいものです。
自分のおっぱいを自分の子供に与えることで得られる満足感は経験して分かると思います。

改めて、3人の息子の赤ちゃんの写真を見て、授乳していたときの幸せな気持ちがよみがえりました。