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プーチン大統領が環境保護派に?バイデン政権との新たな協力分野になるか、背景を分析

迷宮ロシアをさまよう 更新日: 公開日:
ロシアのプーチン大統領(左)とアメリカのバイデン大統領
ロシアのプーチン大統領(左)とアメリカのバイデン大統領

ロシアとアメリカは、すでに今年2月に核軍縮条約「新START」を5年間延長している。それを踏まえ、両首脳は、核軍縮および軍備管理をめぐって「戦略的安定対話」の枠組みを設け、対話を開始することで合意した。

ただ、核軍縮という一つの争点だけで米ロ関係を維持していくのは心もとない。一輪車の運転のようなものであり、安定性を欠く。戦略的安定を確かなものにするためにも、米ロが共同で世界をリードできるような他の協力分野を見出したいと、ロシア側は考えていたようだ。

ロシア側が以前から有望視していた分野の一つに、サイバー空間の安全保障に関する国際的な協議があった。

しかし、アメリカ側、特に民主党政権にしてみれば、プーチン政権はアメリカにサイバー攻撃を仕掛けている張本人である。

実際、今回の米ロ首脳会談でも、サイバー分野は両国間の協力分野というよりは対立分野である現実が浮き彫りとなった。

そこで、プーチン政権が対米関係で前面に押し出そうとしているのが、地球環境問題であるとみられる。実は今年に入り、ロシアは地球環境問題で国際協調の方向に大きく舵を切っている。

まず、プーチン氏は1月27日、世界経済フォーラム向けに演説を行い、温暖化、森林減少、海洋プラスチック汚染などの問題に言及した。

そして、これらの課題解決には国際的な取り組みが不可欠であり、経済発展と環境保護の最適なバランスを図る必要があると主張した。

当たり前の考え方ではあるが、従来とかく国益重視で単独主義的だったロシア大統領の発言としては、新味が感じられた。

4月21日、プーチン氏は連邦議会で年次教書演説を行っている。大統領はその中で「今後30年間で、ロシアにおける温室効果ガスの累積排出量を欧州連合(EU)におけるそれよりも少なくしなければならない」という課題を提起した。

翌22日、プーチン氏は、バイデン政権が主催した気候変動サミットにリモート登壇した。

相手の「土俵」でプーチン氏がアピールしたのは、前日の教書演説で温室効果ガスの大幅削減の課題を提起したこと、ロシアは1990年以降のCO2削減幅で世界最高レベルであること、今後も低炭素化を進めていく方針であることなどだった。

さらに6月4日、プーチン氏はサンクトペテルブルグ国際経済フォーラムにおいて行った講演で地球環境問題をより本格的に論じ、「ロシアは地球環境問題の解決にあまり関心がないという声をよく耳にする。それはナンセンスであり、神話であり、あるいはまったくの誇張であると断言しておきたい。我が国は、他国と同様に、砂漠化、土壌侵食、永久凍土の融解など、環境分野のリスクや脅威を実感しているのだ」と主張した。

その上で、プーチン氏は「世界におけるロシアの規模、位置、役割を考えれば、ロシアにおける環境・気候プロジェクトが、今後数十年にわたって、世界の気候保全活動において主導的な役割を果たすと確信する」との認識も示した。

バイデン米大統領との会談後、記者会見するロシアのプーチン大統領=6月16日、ジュネーブ、喜田尚撮影
バイデン米大統領との会談後、記者会見するロシアのプーチン大統領=6月16日、ジュネーブ、喜田尚撮影

このように、今年に入ってからプーチン氏は地球環境問題重視に転じ、ロシアはその取り組みのためにアメリカなどとともにリーダーシップを発揮する用意がある姿勢を示していたわけである。

それでは、ロシアの路線転換の背景には、何があるのか? 一つには、プーチン政権が世界の政治経済の潮流を読む中で、環境重視の方向性が不可避だと判断したことがあるだろう。

むろん、そうした判断を決定的にしたのが、アメリカの政権交代だったはずだ。地球温暖化対策に否定的なトランプ大統領から環境重視派のバイデン大統領への交代がロシアに決断を迫った。

温暖化に代表される地球環境問題は、深刻化すれば、どの国にとっても損害となり得る。利害・価値観を異にする米ロの間でも協力し合う大義名分がある。悪化した米ロ関係を安定的な軌道に戻すためには、最適なテーマだという判断がプーチン政権にはあったはずだ。

と同時に、これまで化石燃料を生業としてきたロシアだけに、脱炭素化の流れが不可避である以上、その中で国際的な主導権を発揮し、何としても自国の地経学的な利益を確保しなければならないという危機感も働いているに違いない。

具体的に言えば、プーチン政権は、自国の原子力産業を脱炭素化の切り札と位置付けてアピールしている。昨年あたりから、ロシアは水素ビジネスにも強い関心を示すようになった。サンクトペテルブルグ国際経済フォーラムの講演でもプーチン大統領はロシアの環境プロジェクトに投資するよう内外の投資家に呼び掛けている。

ともあれ、こうした経緯から、ジュネーブ・サミットに先立って、少なからぬロシアの有識者がプーチン政権はアメリカとの関係で地球環境問題を柱の一つにすえようとしているとの見立てを示していた。

筆者も、ジュネーブ会談で地球環境問題に関して何か新しい動きがあるかもしれないと、注目していたわけである。

結論から言うと、3時間半に及んだジュネーブでの米ロ首脳会談で、地球環境問題について突っ込んだ議論が交わされたかどうかは明らかになっていない。

会談終了後、米ロ首脳は別々に記者会見を開いた。プーチン大統領の記者会見では、あるロシア人ジャーナリストが「気候変動の問題について、バイデン大統領と話をしましたか?」と質問している。
しかし、プーチン大統領はそれには答えなかった。このジャーナリストは二つの質問をぶつけており、マスコミ問題に関するもう一つの質問の方が刺激的だったので、大統領はもっぱらそれに答え、気候変動についてコメントするのを忘れてしまった様子であった。

こうしたことからジュネーブ会談後の報道でも、米ロ間の争点として地球環境問題に着目したものは、ほとんど見当たらなかった。

もっとも、今回の米ロ首脳会談の主眼は、両雄が初顔合わせをし、今後の両国の関係に大枠で道筋をつけるという点にあった。各論に立ち入らなかったとしても当然である。

今後、バイデン大統領とプーチン大統領が織り成す米ロ関係で、アジェンダの上位に地球環境問題が来ることは、大いに考えられる。