――「反日種族主義」が韓国に残る理由と背景を教えて下さい。
韓国には日本に対する敵対的な感情が残っている。歴史的な背景が大きいが、時代の状況によって感情が和らぐ時もあれば激しくなるときもある。1965年の日韓国交正常化から90年代初めの盧泰愚政権までは友好的だった。日本の協力で韓国経済が高度成長し、韓国の対日感情が徐々に良くなり、日本でも同じ現象が見られた。
ところが、1993年に金泳三政権が登場してから、日韓関係に葛藤が産まれた。韓国の民主化勢力は65年の日韓基本条約に反対していた。金泳三氏は独島(竹島)に施設を作り、独島を巡る紛争を巻き起こした。このころから、慰安婦や徴用工などの問題も新たに提起され、日韓両国の相手に対する感情が悪化した。
「反日種族主義」には、歴史的背景だけではなく、韓国の民主化勢力が政治手段としたことも大きく影響している。(反日種族主義は)いまだに韓国に残っている。
――「事実を事実のまま伝える」という信念のもと、この本を書かれたと聞いています。
韓国の経済史を研究してきた。日本が支配した1910年から45年にかけ、韓国の社会や経済に重要な変化が生まれた。日本経済の一部として、日本と同じ速度で成長した。(朝鮮)総督府が韓国の土地や食糧を収奪した事実も誇張されたものだと主張した。
私は1990年代初めからこのような主張を始めた。新しい創意的な主張だと思ったが、考えられないような批判を浴びた。テレビが討論会での私の主張を報道すると、私を非難する電話や手紙が数万件にのぼった。大学のキャンパスに直接やってきて非難する人も現れた。「私が知っている祖国ではない」と思った。
ごくわずかの記者は理解を示してくれたが、主要メディアは、私と、私と同じ主張をする同僚たちを「歪曲した主張」と攻撃するか、沈黙した。公開の席で私の主張を支持した政治家は一人もいなかった。支持すれば、次の選挙で落選するからだ。
孤独な主張だったが、良い変化もあった。「反日種族主義」は国家体制の深刻な危機を懸念して書いたものだが、約12万冊が売れる異例のベストセラーになった。
韓国の歴史教科書には1960年代から「土地の40%が日本に収奪された」「日本は、韓国のコメの半分を持っていった」という記述があった。多数の国民がそう信じてきたが、本によって歴史教育がでっちあげされた事実だと知った。近年では教科書から、こうした記述がなくなった。「私の主張が変化を促した」と自負している。
――朴正熙政権は日韓関係を重視していたのに、なぜそのような歴史教科書が生まれたのですか。
「総督府による収奪」は元々、1950年代の日本の教科書に書かれていた内容だ。日本の左派や朝鮮総連系の学者がこうした説を主張した。その点で、日本の学界も責任を共有すべき問題でもある。もちろん、日本の教科書を歴史的に検証もせず、「すべて日本に責任がある」とした韓国側の主張にも問題がある。
――2017年5月に登場した文在寅政権をどう評価しますか。
文政権は反日を利用するというよりも目的とした。植民地時代や南北分断といった不幸な韓国近代史について、韓国社会の問題点には触れず、「日本が侵略したから」「親日勢力がいたから」という歴史観で団結し、成長した勢力だ。この所信を政治目的とし、履行する機会を得た。
多数の国民の支持を得て政権が誕生したことに意気揚々とし、日韓慰安婦合意を破棄し、徴用工訴訟問題を引き起こした。日本企業に損害賠償を命じたのは司法判断だが、文政権の対日観から生まれた判決だと言える。
しかし、この判決は国際的な約束、国際法に違反したため、国際社会の支持を得られなかった。日本から予想以上の反発も受けた。日韓の友好が危機に陥った。文政権は事態を収拾するため政策の変更を試みているが、根本的な修正には至っていない。
――韓国では最近、保守勢力の巻き返しも目立ちます。韓国社会に変化が起きているのでしょうか。
文在寅政権は反日政策のほか、中国に接近する親中政策、北朝鮮の人権侵害や反民主主義にも決して批判しない従北主義を採ってきた。韓国市民はこうしたなか、自由民主主義の価値を再び考える機会を持ち、危機感を感じ始めたようだ。
韓国保守勢力が復活したように見えるのも事実だ。来年の大統領選では、国家体制の危機を感じる60代以上の高齢層と、文政権の経済・雇用政策に失望した20~30代の若年層が連合して、新しい保守政権を生み出すかもしれない。
ただ、それは、反日・親中・従北主義に危機感を覚えているだけに過ぎない。韓国は西欧社会と比べ、個人や自由民主主義の価値を十分に理解していない。韓国の政治体制は、いまだ不安定だとも言える。
――韓国には李さんのような方もいます。「反日種族」という書名は「韓国人はみなダメだ」という誤解を招いてしまいませんか。
韓国の親しい友人からも「韓民族を卑下したり侮辱したりするのは良くない」と忠告された。多くの韓国人からも同じ批判を受けた。
私はそのたびにこう返答してきた。皆、同じように自由民主主義を志している。これは政治の問題ではない。国民一人一人が相互に配慮し、信頼し合うという土壌がないと自由民主主義は失敗する。韓国は建国以来、自由民主主義に関心を払ってきたのか。その危機感から書名を決めた。物質的だけでなく、精神的にも豊かになるためには批判的な省察が必要だ。
――本は日本でもベストセラーになる一方、「嫌韓派に利用された」という指摘も出ました。
人種や民族に対する偏見や差別、優越感から自由な国は、この地球上には存在しない。日本に韓国に対する不当な偏見や優越感が残っているのは否定できない現実だ。本がこの偏見や優越感を満足させた一面もある。
「反日種族主義」は日韓両国の自由な国民が国際的に連帯、協力することを願って書かれたものだ。そのためには、日本人が、韓国がどういう状況にあるのかを知る必要がある。そして、多数の日本人は偏見や優越感を持たない人々だと考えている。
――韓国は「反日種族主義」を克服できるでしょうか。
事実と関係のない偏見で日本を捉える集団的文化現象で、簡単には克服できない。今もこの本に批判的な人々は大勢いる。1965年に日韓基本条約を締結した朴正熙大統領のような政治的なリーダーシップ、契機が必要だが、そのような歴史的幸運は簡単には訪れないだろう。
しかし、放棄はできない。少しずつ政治や文化を改善して前進するしかない。日本は東アジアで自由民主主義と市場経済を持つ、韓国にとって重要なパートナーだ。日本の人々も韓国の歴史的な背景も理解し、韓国が変わる日を待っていて欲しい。
イ・ヨンフン 1951年生まれ。韓国経済史研究でソウル大博士号。ソウル大経済学部教授を経て現在、李承晩学堂の校長職を務める。