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「バイデンは『礼儀正しいトランプ』」「米中の二者択一ではない」東南アジアの計算

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
ジャカルタのASEAN事務局ビル=野上英文撮影

厳しく対立する米国と中国がいま、それぞれに働きかけを強めているのが東南アジア諸国連合(ASEAN)だ。シャーマン米国務副長官が5月25日から6月4日まで、ベトナムやタイ、インドネシアを歴訪すれば、中国も7日、ASEANと特別外相会議を開いた。米中は、インド太平洋地域を巡る戦略やワクチン外交、ミャンマー情勢への取り組みなどを通じ、ASEAN諸国の取り込みに懸命になっている。日本も15日、ベトナムやインドネシア、タイなどにワクチンを供与する方針を発表した。そんな日米中の動きにASEANは今、何を考えているのだろうか。シンガポールの外務次官を務めたビラハリ・カウシカン氏に聞いた。(牧野愛博)

――米中は最近、ASEAN諸国への働きかけを強めています。

ASEANには、米中関係に関して様々な意見がある。それは、ASEAN加盟国ごとの異なる国益による計算の結果だ。米政府の性格や政策は、計算の一つの要因に過ぎず、必ずしも最も重要な要因であるとは限らない。

バイデン政権の中国に対するアプローチは、少なくとも現在までは、トランプ前政権のアプローチと本質的に似ている。ただ、秩序を重んじ、多くの協議を踏まえ、不必要な歴史学を伴わずに行われている。歓迎されるべきことだが、本質的に同じ政策だと言う点を忘れるべきではない。

言い換えれば、バイデン大統領は取引という点でトランプ前大統領に似ているが、より礼儀正しい方法でやっているということだ。米国の期待に応えなければ、疎外される。私の国(シンガポール)を含め、すべてのASEAN加盟国がこれを本当に理解しているとは思わない。

米国も中国も、自らの目的のためにASEANを取り込もうとしている。私はどちらかが成功するとは思わないし、完全には成功しないとも思う。

2020年2月、中国・ASEAN外相会議後の記者会見。中国の王毅外相(中央)と、フィリピンのロペス外相(左)、ラオスのサルムサイ外相(右)=ロイター

東南アジアのほとんどの評論家は、ASEANの選択はバイナリー(二者択一)だと仮定している。だが、(中国寄りとされる)ラオスやカンボジアですらそうだが、米国か中国に対して全分野で利害をきちんと一致させる必要があるASEAN加盟国は存在しない。米中どちらかに取り返しのつかないほど敵対しないよう注意すべきだが、国家の場合、一つの利害での計算が、別の問題の計算に影響を与える必要はない。
例えば、インドネシアは中国のワクチンを使い、中国の投資を求めている。同時に、ジャカルタは南シナ海での中国の行動を懸念し、米国との防衛協力を水面下で改善している。

ビラハリ・カウシカン元シンガポール外務次官=本人提供

――7日の中国とASEANの外相会議は、南シナ海を巡る行動規範作りの加速化で一致しました。

行動規範は、南シナ海での行動を規制するという点では時間とエネルギーの無駄だ。法的拘束力を持たない。行動規範を求めている一部のASEAN加盟国すら、法的拘束力を望んでいない。南シナ海を巡る意見の相違にもかかわらず、ASEANと中国の関係が安定していることを示すためには役に立つが、実際にはあまり意味がない。

――中国はミャンマー問題で対話の仲介者としての役割を強調しました。

何を、誰と誰の間で仲介するのか。ミャンマー国軍は中国を信用していない。いかなる者による調停も必要ないと考えているようだ。アウンサンスーチー氏とNLD(同氏が率いる国民民主連盟)の政治的役割を受け入れることも、自らの政治的役割の縮小を受け入れることもない。
では、何を仲介するのか。少数民族武装組織と協力して武力闘争に訴えた反対勢力について、ミャンマー国軍は粉砕と破壊を望んでいる。対話は求めていない。

ミャンマーのミンアウンフライン国軍最高司令官=2019年2月14日、ネピドー、貝瀬秋彦撮影

実際、ASEANも中国も日本も米国も、ミャンマー国軍に強いレバレッジを持っている国はいない。ミャンマー国軍が受け入れない限り、解決策はない。イニシアチブを握っているのはミャンマー国軍だ。誰もができる唯一のことは、ミャンマー国軍が何らかの形で選挙を行い、うまく偽装した「民間」政府を配置するのに十分な自信を持つまで待つことだ。誰もがこれを知っているが、「解決策」を探して忙しいふりをしている。

ASEANは会議を開催し、議長がミャンマーを訪問し、特使を任命するという形で、こうしたふりをしている。中国も、仲介という見せかけの形をとっている。米国と日本は、最小限の制裁という形で見せかけの形を作っている。

実際には誰もできることは何もない。すべてが偽善だ。誰もが、本当にミャンマー国軍と戦って打倒するために介入する意思があるだろうか。

――米国と中国はワクチン外交でも競い合っています。

世界のどこにも、メジャーパワーとの関係だけで、戦略的な配置についての重要な決定を下す国はない。いわゆる「ワクチン外交」の効果は一時的なもので、誇張されるべきではない。感謝と義務は、国際関係において関連する概念ではない。いかに利害を計算するかだ。

――東アジアサミット大使級会議が7日、開かれました。中国と韓国は、福島第1原子力発電所の処理水の海洋放出を批判しました。ASEANはどのように対応するのでしょうか。

ASEANに関する限り、福島第1原発の処理水問題は日本の公共外交の失敗だ。日本は十分な説明をしなかった。幸いなことに、関心を払ったASEAN諸国はいなかったし、論争も長く続かなかった。

ただ、中国と韓国との関係は別の問題だ。中韓は日本を批判したかったし、日本の公共外交が不器用なので、簡単にそれを許した。

しかし、中韓による批判は、ASEANに一時的なもの以上の影響を与えたとは思わない。我々は、日本と中国、韓国との関係の本質を知っているし、関わりたくないと思っている。

――米中の間で中立の姿勢を保ち続けるためには、具体的にどんな戦略があるのでしょうか。

中立には自らの立ち位置を避ける意図があるというなら、我々は「中立」ではない。我々は、利益に関する独自の計算に基づいて立ち位置を決める。

私が外務省で勤務していたころ、私は定期的に若い外交官に、「君たちの仕事は日米中などを喜ばせることではない」という点を意識させていた。彼らの仕事は、シンガポールの人々に喜びをもたらすことであり、他の誰のためでもない。

英国の空母クイーン・エリザベス=2017年12月15日、ポーツマス、相原亮撮影

――間もなく、英国の空母「クイーンエリザベス」がインド太平洋地域にやってきます。

習近平国家主席の下での中国外交は失敗だった。鄧小平氏が唱えた「爪を隠し、時を待つ」という賢明なアプローチを早期に放棄した。戦略的な間違いだった。中国の行動は習氏のもと、積極的で時には攻撃的になった。

インド太平洋地域において、政治、経済、軍事などで中国の行動に懸念を持たない国はない。懸念は欧州にも存在する。英空母の配備は懸念の現れだ。英国だけでなく、フランスも定期的にこの地域に海軍のアセットを配備し、ドイツは今年、フリゲート艦を派遣するとしている。フランス、ドイツ、オランダは、インド太平洋政策に関する論文を発表し、欧州連合(EU)もインド太平洋における立場づくりをゆっくりと進めている。これらは象徴的な動きだが、中国の外交政策の失敗を示している。

中国に対する懸念の深さはすべて同じではないかもしれないが、どの国もがいくつかの懸念を持っている。中国を敬遠する国はどこにもないが、中国は信用されていない。

――日米豪印の安保対話のアウトリーチ政策(QUAD+)に参加するASEAN加盟国はあるでしょうか。

まだ、ASEAN加盟国がQUADの活動に参加したという話は聞かない。ハノイは米国との関係を発展させているが、QUADの活動ではないだろう。

私はQUADがどのように進化していくのか注視している。正しい方向に進化していると思うし、QUADに敵意も持っていないが、まだ決定的な結論を出せない。私の考えは、ほとんどのASEAN諸国の態度を代表していると思う。バイデン政権の発足後、この進化の方向性は正しいし、その方向性が持続すれば、ASEANはいくつかのQUADの活動により関心を示すかもしれないが、まだそこまでは進んでいない。

――日本は中国の行動を批判する一方、菅義偉首相が昨年、ベトナムとインドネシアを訪れました。

日本は、ASEANを最もよく理解し、1977年の「福田ドクトリン」以来、ASEANの関与において最も一貫した対話パートナーだ。日本の貢献は非常に高く評価されている。

我々が抱える唯一の懸念は、日本国内の政治的不安定が時に、日本が東南アジアで果たすべき役割を果たすことを妨げてきたことだ。菅首相にも同じ懸念を抱いている。彼は安倍政権の政策を継続しているが、首相を続けていけるのだろうか。別の首相が選ばれても同じ政策を継続するだろうか。おそらく、誰が首相になっても、政策を急激に変えることはないだろうが、同じような熱意を持って政策を追求するだろうか。

菅首相自身、内政の問題に気を取られているようだ。彼がパンデミックに対処し、オリンピックを乗り越え、東南アジアに焦点を当てることができるよう願っている。

 Bilahari Kausikan シンガポール国立大卒、米コロンビア大院(政治科学専攻)修了。1981年にシンガポール外務省に入省し、駐ロシア大使、国連大使、駐カナダ大使などをへて20109月から136月まで事務次官。現在、シンガポール国立大学中東研究所所長。