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『ミナリ』の世界、今とは違う 韓国系米国人が寄せる、共感しつつも複雑な思い

揺れる世界 日本の針路
『ミナリ』でアカデミー賞助演女優賞を受賞し、ブラッド・ピットとともに記念撮影に臨むユン・ヨジョン=ロイター

ホノルルに住む50代男性。中学生だった1980年代、両親に連れられて米国にやってきた。映画は「まさに両親の話」だった。韓国で会社経営者だった父は英語ができず、時計の組み立て工場で働いた。看護師だった母は米国で資格を取るまで数年を要した。周囲のコリアンアメリカンも、クリーニング店やタクシー運転手、グロサリーなどで働く単純労働者ばかりだった。「母はよく、韓国に自生する植物の話をしてくれた。ユン・ヨジョンが演じるハルモニ(おばあさん)そっくりだと思った」

映画では、主人公らがヒヨコ選別工場で働く場面がある。首都ワシントン郊外に住む40代男性は「コリアンアメリカンが働いた代表的な場所だ」と語る。工場では、ヒヨコの雄と雌を選別する。手先が器用なコリアンアメリカンはありがたい存在だった。「ヒヨコ工場の労働者はグリーンカードを早くもらえるという評判も立ち、希望者も多かったそうだ」と話す。

ワシントン近郊に住む60代男性。19年前に米国にやってきた。公開前から、ミナリはコリアンアメリカン社会で話題になっていた。知人が送ってくれたDVDをみて、男性は「あ、俺の話だ」と思った。地域になかなか溶け込めなかった。「コリアンアメリカンは日系米国人と比べて移民の歴史が浅い。その分、米国社会にうまく溶け込めていないんです」

米国に住むコリアンアメリカンは2019年時点で、約191万人にのぼる。2015年の国勢調査で約141万人だった日系米国人を上回る数だ。ただ、戦前から移民が盛んだった日系に比べ、韓国系の人々が自由に移民できるようになったのは1960年代から70年代にかけての頃からだった。

当時の韓国は世界最貧国のひとつに数えられていた。60年代末ごろの韓国の1人あたりGDP(国内総生産)は日本の5分の1程度だった。朴正熙政権の軍事独裁による政情不安もあった。多くの韓国人が「自分が苦労してでも、子どもに良い教育と仕事を与えたい」と考え、米国への移民を希望したという。映画の背景になった80年代は移民が盛んな時期で、劇中でも「1年間に3万人がやってくる」という説明がある。

ハングルの看板が並ぶニューヨーク=1989年、朝日新聞社撮影

191万人のコリアンアメリカンのうち、両親がともに韓国系である人が146万人を占める。韓国生まれの第1世代や幼少期に親に連れられてやってきた1・5世代と呼ばれる人々は、コリアンアメリカン以外の人々との結婚に慎重だという。ホノルルの男性は「女性が家事に責任を持つべきだと考える人が多いことも、理由の一つだろう」と語る。

その結果、コリアンアメリカンだけのコミュニティーがあちこちにできた。ロサンゼルスやニューヨーク、ワシントンなどの各近郊では、コリアンアメリカンが集う教会、食堂、スーパーなどが立ち並ぶ地区ができた。

映画の題名、ミナリはセリのこと。主人公は、故国の味に飢えたコリアンアメリカンにミナリを売ることを考える。ワシントンの60代男性は「僕らにとってミナリは、チゲなどに入れて食べる懐かしい味。米国人には食べ物なのかどうかすら、わからないだろう」と語る。今日でも、ミナリは韓国系スーパーでなければ手に入らないという。

映画では、主人公たちがアーカンソーの教会で、白人たちから好奇の視線を浴びた。アーカンソーには80年代にはコリアンアメリカンだけが通う教会はなかったが、現在では15カ所ほど存在するという。

もちろん、コリアンアメリカンの間では「もっと米国社会に溶け込むべきだ」という意見も出ている。米国各地には、コリアンアメリカンたちが作る自治会もある。60代男性は「自分たちだけのコミュニティーばかりに投資するのではなく、もっと社会全体に還元すべきだ」と語る。米政府機関で働く彼の三女は最近、白人男性と結婚した。

米ロサンゼルスのコリアタウン=2014年撮影、ロイター

ただ、韓国の経済発展もあり、韓国から米国に移民する理由がなくなりつつある。世界銀行によれば、昨年の韓国の1人あたりGDPは3万1497ドル。日本の4万146ドルには及ばないが、イタリアや台湾、スペインなどを上回る。

米国では今、移民直後に苦労した親の期待に応え、弁護士や医師、政府当局者などとして活躍しているコリアンアメリカンが大勢いる。同時に、米国に移民した韓国人の数も2011年には約2万3千人いたが、17年には1500人を割り込むまで減少している。40代男性も「我々の生活も豊かになった。ワシントンでも昔は、治安の悪いサウスイーストに住む人が多かったが、最近は環境の良い場所に引っ越す人が増えている」と語るが、一方で「どうせなら、暮らしやすい場所に住みたいと考え、韓国に戻る人も結構いる」と話す。

ワシントン近郊に住む30代の男性は、米ABCテレビでユン・ヨジョンの受賞インタビューを見た。ユンは「プレゼンターのブラッド・ピットからどんな匂いがしたか」という質問を受け、差別的な質問だという指摘も出ていた。男性は「映画は新型コロナウイルスの感染拡大とは関係なく製作された。でも、ミナリがオスカーを受賞した背景は、米国社会が新型コロナにからむアジアン・ヘイトクライム現象を意識したことと無関係ではないだろう」と語った。

60代男性は「ミナリは、コリアンアメリカンの特に第1世代の我々の心には響く。でも、普通の米国人には単なるエピソードの一つでしかないだろう。それが、(車上生活者らを描いてアカデミー作品賞、監督賞、主演女優賞の主要3部門を制した)ノマドランドとの違いだったと思う」と語った。