仲山さんのキャリアを一言で表すのは難しい。好きなサッカーと仕事との間を行き来、いや「融合」させているというべきか。「人生で大切なことのすべては、サッカーから学ぶことができると思っている」と話す。
仲山さんは、1973年、北海道で生まれた。小学校時代からボールを蹴り始め、旭川市の中学、高校時代は真剣にサッカーに取り組んだ。
慶応大学法学部時代は慶應キッカーズ、シャープ入社後はサッカー部に入り、奈良県1部リーグでプレーした。
友人から誘われ、社員がまだ20人程度だった創業期の楽天に転職。2000年、楽天市場出店者の学びあいの場として「楽天大学」を設立し、ビジネスのアドバイスのみならず、出店者のコミュニティーを作ることに尽力した。
2004年には、三木谷浩史氏がオーナーになったJリーグのプロクラブ「ヴィッセル神戸」にレンタル移籍。公式ネットショップを立ち上げ、グッズの売り上げを倍増させた。
2016年10月から1年2ヶ月間は、「横浜F・マリノス」のプロ契約スタッフとなって、コーチ向けやジュニアユース(JY)の選手向けの育成プログラムを実施した。
今も楽天の正社員でありつつ、「仲山考材」という会社も立ち上げ、考える材料(考材)をつくってファシリテーションつきで提供することで「自律自走型」の個人・組織づくりを支援している。
プロサッカークラブの監督が主人公の人気漫画「ジャイアントキリング」とコラボした、『今いるメンバーで『大金星』を挙げるチームの法則』(講談社)を2012年に出版、同書はいまも増刷を重ね13刷に達している。
■サッカーとビジネスを結びつける
この本は、カリスマ的なリーダーがいなくても、今いるメンバーで、まわりの期待値を超える成果(ジャイアント・キリング)を生み出すための方法を、漫画「ジャイキリ」の場面を使いながら、探っていく。漫画のストーリーは、絶対的なキャプテンに依存する形で低迷していたクラブに新しく監督が就任し、「あえて混乱を招くような指示」をするなど常識では理解できないような方法でチームをつくり上げていく内容だ。そのストーリーを「ケーススタディー」としてチームづくりの本質を解説している。
また、2019年末には、菊原志郎さんと共著で『サッカーとビジネスのプロが明かす育成の本質 才能が開花する環境の作り方』(徳間書店)を出版した。
菊原さんは、1969年生まれ。読売クラブ(現・東京ヴェルディ)出身で、15歳でプロ契約をしたことでも知られる元日本代表選手である。
引退後は、ヴェルディのコーチを経て、U15、U16、U17日本代表や、JFAアカデミー福島、横浜F・マリノスジュニアユース(JY)でコーチを務め、現在は中国の広州にあるプロサッカークラブ「広州シティ」の育成統括(Head of Youth Coaching) を務める。アカデミーのU9ーU18まで、日本人やスペイン人なども含む60人のコーチと、300人の選手を指導する立場にある。
仲山さんは、横浜F・マリノスのスタッフとなったときに、マリノスJYのコーチをしていた菊原さんと知り合った。
仲山さんがビジネス向け講座で講演する中身と、菊原さんの話の内容は、ぴったりと重なることも多かった。仲山さんは、菊原さんの教えやサッカーの育成から得られるヒントで、仕事が楽しくなったり、人生を豊かにできると考えて、出版したのだという。この本は「サッカー本大賞」の読者賞と優秀作品賞を受賞した。
■「夢中になれる状態」を作る
本の中では、アメリカの心理学者、ミハイ・チクセントミハイ氏が提唱する「フロー理論」が紹介されている。サッカーで上達する、あるいは仕事で自分自身を伸ばしていくためにも、「夢中になれる状態を創り出すこと」が最も大事だという。案外それは難しい。能力を大きく超えた挑戦をすると「不安」になり、能力が高いにもかかわらず挑戦しないと「退屈」ゾーンに入ってしまい、それぞれモヤモヤしてしまう。
「能力」と「挑戦」のバランスが取れているときに、人間は「夢中」になりやすい。夢中になり没頭している状態を「フロー」というが、このフローのゾーンに自分を持っていけるかどうかが、サッカーや仕事で成功するためのカギだという。
だが、サッカーのコーチや仕事の上司が、無理に「フロー」に持っていこうとして、口を出しすぎると、いつまでも選手や部下は「やらされ感」を持つことになり、成長が止まってしまう。かといって、全く口を出さないのも良いことではない。的確な「お題」を出すことは、コーチや上司の重要な仕事だという。
最初は「やらされた」としても、その選手(あるいはビジネスパーソン)がフローゾーンに入り、自分で「どうやったら楽しめるか」考えられるようになったり、チームメイトや仕事上の同僚と話し合って「自走できるチーム」になったりすれば、チームの成功につながる。
そのためには、異なる意見を許容することが重要である。プレーしながら、意見をすりあわせることで、チームは強くなっていく。試合や練習が終わったあとにも、自由に話し合い、改善点を出し、次に生かしていく。
コーチや上司は、選手(部下)が自分で問題に気がつき、自ら修正できるような環境を整えることも重要だ。
菊原さんは、JFAアカデミー福島のコーチ時代に、子供たちだけでその日の試合をビデオで見させて、攻撃と守備の改善点をみんなで話し合ってもらっていたという。そこでは、試合に出ていない控えの選手も含め、自分の頭で考える習慣がついていったという。
仲山さんは、そうした「振り返り」を、「反省会」にしないことが重要だと指摘する。
「反省会」というネーミングになると、なぜできなかったかに焦点があたり、チームができあがっていない場合には「他責」や「犯人捜し」になりがちだ。
「反省」ではなくて、起きたことについて「客観的な事実」を提示し、それをもとにどう解釈していくかをみんなで話し合い、すりあわせることで、今後に生かせる「学び」につながっていくという。
■菊原さん「自分で考える習慣を」
選手が「失敗する」ことも重要である。失敗が、次の学びにつながるからだ。失敗した際に、コーチや上司にひどく怒られたりすると、失敗を恐れるようになり、その先の成功も遠くなる。
一言でいうなら、サッカーの監督や仕事上の上司は、「自走するチーム」になるように、選手や部下を導いていくべきという趣旨なのだが、日本の状況はどうだろうか。
筆者は、息子が幼少時からサッカーをしている関係もあって、日本や米国で、小中学生のサッカーの試合をみる機会が多かった。対戦したチームの中には、コーチが、プレーでミスをした選手を怒鳴ったり、チームが負けたら「罰走」(罰として走らせる)させるケースもあり、選手が萎縮しないだろうかと心配になった。
会社勤めでも、怒鳴る上司や、細かい指示を出しすぎる上司は、部下の成長を阻害するだろう。
筆者が部活動を行っていた数十年前には珍しくなかった「水を飲むな」「(失敗したら)ウサギ跳び」「負けたら丸刈り」といった非合理的な指導はさすがに聞かなくなったが、スポーツの現場において、パワハラ型指導が根絶されたとはいえないだろう。
菊原さんは「苦しい思いをしたくないという動機でプレーするより、選手自身がもっとサッカーを楽しみたいと思ったり、自分で考える習慣をつけさせたりするほうが、長い目でみると、子供たちの成長につながると思う」と話す。
■近江高校サッカー部、前田監督との交流
仲山さんと菊原さんが2019年に『育成の本質』を出したあと、滋賀県の近江高校(彦根市)サッカー部の前田高孝監督との交流が生まれた。
前田さんは、清水エスパルスなどに在籍した元プロサッカー選手。関西学院大学サッカー部のヘッドコーチなどを経て、2014年に近江高校に赴任した。滋賀県には、草津東、野洲高校などのサッカー強豪校が存在する。
近江高校の赴任当時はサッカー部の部員が数人しかいないような弱小サッカー部だった。スカウトから始めて、翌年にサッカー部の監督に就任、わずか2年後、1,2年生チームだけで、インターハイの滋賀県大会で優勝して、高校サッカー界を驚かせた。
ただ、2年生が3年生になり、満を持しての全国高校サッカー選手権では、県大会の決勝で敗れた。
前田さんは「何かうまくいかない」と感じていたときに、『育成の本質』とめぐりあった。本の中にあった「夢中と必死は違う」という言葉にはっとした。
「1,2年生のときは、選手たちは皆『チャレンジャー』だった。夢中になっていた。強豪校と言われるようになって、自分も選手たちも『勝たなければ』と必死になっていたのではないか」
そして、本のあとがきに書いてあった仲山さんのメールアドレスにメールをして、2人は面会し、意気投合した。
「夢中になること」が選手の成長にとって大事であること、一方指導者は、選手をむりやり「夢中にさせる」のではなく、「夢中になる環境」を用意したり、選手たちが自分で気づきを得られる手助けとなるような「視座」を与えたりすることが重要であること…。
前田さんは、「選手は、単に教えられたことではなく、自分で気付いたことのほうが、身に付きやすい。ただ、選手が自分で気づくためには、コーチが選手に『視座』を与えないといけないこともある」と話す。
「育成の本質」を読んでから、「自分自身を客観的にみられるようになった」という前田さんは、選手との接し方も変えた。「自分が変わることで、選手とのコミュニケーションの量が増え、選手同士のコミュニケーション量も増えた」と話す。
近江高校は、昨年、高校選手権の滋賀県大会で初優勝し、全国大会でも一回戦を突破した。
そうした「成果」もさることながら、部員たちに、サッカーを通じて、サッカー以外のことも学び続けてもらいたいと、前田さんは願っている。
そのためには、指導者がサッカーに限らず、リベラルアーツ(教養)全般に関心をもち、学び続けることが必要ではないか、という。
■三木谷さん「我々のビジネスはサッカーに近い」
仲山さんは、社会人になった当初、上司から「こういう書類を作って」と言われて持っていったら、駄目出しにあって戻された。その場でやりとりして直せば3分で終わりそうな修正だったが、すり合わせはなく、差し戻されたものを直して1時間後に再提出しても何も言われなかった。その「スピードの遅さ」に衝撃を受けたという。サッカーだったら、プレーの判断を相手が待ってくれる時間は2秒もないのが普通だからだ。一方で、「これだけ時間が使えるならいろんなことを考えられる」と思ったという。
楽天創業者の三木谷浩史さんは、2004年に「ヴィッセル神戸」のオーナーになった。楽天はその年にプロ野球界参入にも名乗りを上げ、「東北楽天ゴールデンイーグルス」の参入が承認された。そのころの三木谷さんの言葉を、仲山さんは覚えている。「我々のビジネスは、野球よりもサッカーに近い」。
サッカーは、フォワードやディフェンダーといったポジションが流動的で、攻守のターンが明確に分かれていない。また、監督がサインを出して、その指示に従う時間的な余裕がないため、選手がみんなピッチ上で自分たちで考えながら動かなければならない。ピッチ上で意見を戦わせ、すりあわせることが多い。
ベンチャー企業の初期は、社員の数も少なく、何でもこなさないといけない。楽天が社員20人のときに入社した仲山さんにとって、状況はまさに、「サッカー的」であった。常に状況が変わっていく、流動的な状況の中で、他の社員が何をしているかを見つつ、自分がどう動くかを考える。そこに面白さがあったという。
野球の場合は、攻撃と守備が交代で行われ、選手のポジションは固定され、監督が打順も決め、盗塁やバントのサインも出す。サッカーに比べると、監督主導の組織プレーが多い。
選手間の連携プレーや話し合いももちろんあるが、一人一人が順番に打席に立つ個人競技の色も強いので、プレーしながら息をあわせるといった「現場での意識のすりあわせ」が、サッカーほどは必要ない。
今は「VUCA時代」(Volatility、Uncertainty、Complexity, Ambiguity) ともいわれる。テクノロジーの進化によって、取り巻く環境が複雑さを増し、将来の予測が困難な状況にある。サッカーのプレーに絶対的な正解はなく、パスにしてもドリブルにしても、無限に選択肢がある。それを自分で考えながら選び取って進むという意味では、先行き不透明なVUCA時代にサッカー的思考はフィットしているのではないかと、仲山さんは話す。
■人気漫画「アオアシ」とコラボへ
いま、数ある仕事の中で、仲山さん自身が特に楽しみにしている仕事がある。プロサッカークラブのユースを舞台にした人気漫画「アオアシ」(小学館)とのコラボ本の執筆だ。
「ジャイキリ」と同様に、版元の出版社や作者と合意し、漫画のストーリーや絵を使いながら、「個の成長」と「組織の成長」、監督やコーチからみた「育成」の視点や考え方を扱っていくという。
主人公のサッカー選手の成長物語としてだけでなく、監督やコーチの視座で漫画を読むと、「ヒントの取れ高が倍増する」と笑う。
例を挙げれば、「教えすぎてもいけないし、教えなさすぎてもいけない」。その間で悩み、試行錯誤するコーチの姿が描かれている。その微妙なアヤについても、仲山さんの豊富なビジネス支援の経験、そしてサッカーのプレー経験や育成にかかわった経験から、ヒントが加えられることだろう。