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1人の男性が200人の子の父親に 広がる精子ビジネスの世界で起きていること

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Super-prolific sperm donors have given rise to the problem that two of their offspring might unwittingly meet and produce children of their own with a heightened risk of hereditary defects. (Keith Negley/The New York Times) -- NO SALES; FOR EDITORIAL USE ONLY WITH NYT STORY SCI SPERM DONOR BY JACQUELINE MROZ FOR FEB. 1, 2021. ALL OTHER USE PROHIBITED.
Keith Negley/©2021 The New York Times

オランダの大工バネッサ・ファン・エイワイクは2015年、子どもを持ちたいと決心した。34歳で、独身だ。多くの女性がそうするように、彼女は精子のドナー(提供者)を探した。

不妊治療クリニックでの懐妊を考えたが、その費用は彼女には高すぎた。代わりに、「Desire for a Child」というウェブサイトで理想の候補を見つけた。精子のドナー候補と潜在的なレシピエント(提供を受ける側)を結びつける、増加中のオンライン精子マーケットの一つだ。ファン・エイワイクが特に引かれたプロフィルは、30歳代のオランダ人ミュージシャン、ジョナサン・ジェイコブ・マイヤー(仮名)だった。

マイヤーはハンサムで、青い瞳にブロンドのふさふさした巻き毛。ファン・エイワイクは、彼のまじめそうな容貌(ようぼう)が気に入った。「電話で話してみて、彼は優しく、きちっとしていた」とファン・エイワイクは言う。「彼は音楽が好きで、人生についての考え方を話した。何らむきになったりはしなかった。好感のもてる人のようだった」

それから約1カ月後、あれこれ行きつ戻りつした後で、2人はオランダ・ハーグの鉄道網の中心地であるにぎやかな中央駅で会うことにした。彼は精子を提供し、彼女は165ユーロ(約200ドル)と交通費を支払った。その後、女の子を出産した。彼女にとっては第1子だったが、マイヤーは8番目の子だと言った(マイヤーは、この記事のためのインタビューを拒否したが、いくつかの質問には電子メールで回答を寄せ、自分の名前を公開することは許可しなかった)。

2017年、ファン・エイワイクは再び妊娠を決意し、マイヤーにまた連絡を取った。2人はもう一度会い、彼女は前回と同様に手ごろな料金で彼の精子が入った容器を受け取った。彼女は再度妊娠し、今度は男の子を産んだ。

しかし、その前に、ファン・エイワイクは少し不安なニュースを知った。フェイスブックで、マイヤーをドナーとして利用した別のシングルマザーとつながった。その彼女が言うには、オランダ保健福祉スポーツ省が2017年に実施した調査によると、マイヤーは多数の不妊治療クリニックを通じてオランダで少なくとも102人の子どもの父親(訳注=生物学上の父親で、以下同じ)になっており、この数字にはウェブサイトを通じた精子の個人的なやり取りの分は含まれていない。

ファン・エイワイクは子どもたちが両親を同じくするきょうだいであることを望んでいたので、マイヤーをドナーに希望したのだった。そうとはいえ、びっくりした。オランダは1700万人が住む小さな国だ。お互いに片方の親が違うきょうだいが多ければ多いほど、そのうちの2人が知らずに出会って子どもをもうける可能性も大きくなり、その子が遺伝子的な欠陥を抱えるリスクも高くなる。

憤慨したファン・エイワイクはマイヤーと対面した。彼は、少なくとも175人の子の父親になったことを認め、その数はもっと多い可能性があることを認めた。

「彼は、『自分は女性の最大の願いがかなうよう手伝っているだけだ』と言っていた」とファン・エイワイクは振り返る。「私は、こう言った。『もはや、手伝っているなどというレベルの話ではない。私の子どもたちに、300人ものきょうだいがいるなんて、どう伝えたらいいの?』」

Vanessa van Ewijk and her two children in Lisserbroek, the Netherlands, Jan. 15, 2021. Super-prolific sperm donors have given rise to the problem that two of their offspring might unwittingly meet and produce children of their own with a heightened risk of hereditary defects. (Ilvy Njiokiktjien/The New York Times)
オランダのバネッサ・ファン・エイワイク。超拡散型の精子ドナーから提供を受けて、2人の子の母になった=Ilvy Njiokiktjien/©2021 The New York Times

ことは、もっと重大かもしれない。

最初の体外受精児は1978年に生まれた。以来数十年、精子ドナーは繁盛するグローバルビジネスになっている。不妊治療クリニックや精子バンク、個人ドナーが妊娠を切望する親たちの要請に応えるためだ。

ところが、産業としては規制が不十分である。人々の間で障害を持った遺伝子が広がることを防ぐため、表面的には、誰がどこでどのくらいの頻度でできるかについて、継ぎはぎ的な法律で対処している。ドイツでは、精子クリニック・ドナーが父親になれるのは最大15人。英国での上限は10家族で、子どもの数は無制限。オランダの場合は、同国の法律が匿名での提供を禁じており、拘束力のない指針によってクリニック・ドナーは子ども25人までとし、国内の複数のクリニックからの提供を制限している。米国は、法的制限はなく、米国生殖医学会(ASRM)の指針があるだけ。その指針によると、人口80万人当たり1人の提供者が子ども25人まで可能だ。

国際的にみると、規制はさらに乏しい。精子ドナーが、自国以外の国々のクリニックや、デンマークにある世界最大の精子クリニック「Cryos International(クリオス・インターナショナル」といったグローバルな機関で精子を提供するのを止めることはほとんどできない。CIは、精子を100カ国以上に出荷している。

「ドナーが複数の精子バンクに提供するのを妨げるところは、米国にもどこにもない」とウェンディ・クレイマーは言う。精子ドナーの家族を支援する米国の組織「Donor Sibling Registry(ドナーきょうだい登録)」の共同創始者で、事務局長でもある。「精子バンクは、どこか他に精子を提供したかをドナーに尋ねると主張するけど、本当にそうしているかどうかは誰も知らないのだ」

ファン・エイワイクとマイヤーがインターネットを通じて手配した類いの個人的な精子提供を規制する法律はほとんどない。こうした間隙(かんげき)を突いて、たくさんの子どもの父親になったドナーの事例や、しばしばソーシャルメディアを通じて成長した子どもが父親を見つける事例が表面化している。母親が違うきょうだいは一握りではなく、数十人単位でいるのだ。

「Dutch Donor Child Foundation(オランダ・ドナーチャイルド財団=DDCF)」は2019年、不妊治療の専門家ヤン・カルバート(2017年に死去)がロッテルダム近郊にある彼のクリニックを訪ねた女性たちに、ひそかに少なくとも68人の子どもを産ませた生物学上の父親だったことをDNA検査で突きとめた。DDCFは、ドナーの精子で妊娠した女性と、その家族を法律および精神面で支援し、生物学上の親族さがしの手助けを促進する擁護団体である。

オランダで少なくとも1人の精子ドナー(ルイとして知られる)は、200人以上の子をもうけたと考えられている。その多くはお互いの存在に気づいていない。6年前、オランダの情報技術(IT)コンサルタント、イフォ・ファン・ハ-レン(36)はそのうちの一人が自分であることを知った。以来、彼は母親が違うきょうだい42人と直接連絡がとれた。

「42人の兄弟姉妹を自分の人生にどう組み入れるか、それを考えるのはショックだった」とファン・ハーレンはインタビューに答えた。「どうしたらいいのかを教えてくれる本はない。私たちのグループには、分かっている子が70人いて、毎月新しい縁談がある」

ファン・エイワイクは2017年、マイヤーと対面した後、彼が当初明らかにしていた数よりも多い子の父親であり、いくつかのクリニックに精子を提供していたことをDDCFに通知した。DDCFは、すでに彼の存在を知っていた。同様の苦情が他の母親から伝えられていたからだ。

DDCFはすぐに、オランダ保健福祉スポーツ省が同国の11のクリニックを通じて特定した102人に加え、マイヤーがオランダで個人的に少なくとも80人の父親になっていたと断定した。オランダ政府は、同国の全精子クリニックに対し、マイヤーの精子の使用にストップをかけた。

同じ精子ドナーの連続提供問題は他の国々でも認識されている。独ベルリンの弁護士クリスティーナ・モテイルは、ヨーロッパにおけるドナーにより妊娠した・成人女性組織のネットワーク「Donor Offspring Europe(ヨーロッパ・ドナーの子孫)」のメンバーだ。この団体は、ヨーロッパ各地を回ってできるだけ多くの子の父親になろうとしている精子ドナーのことを懸念している。

「それは自己陶酔型の、一種の悪趣味だ」と彼女は指摘する。「正気なら、100人以上の子をほしがらない。どうして(そんなにも多くの子)をほしがるのかが、大きな疑問だ。そうした男たちは、自分が素晴らしい存在で、みんなが自分を望んでいるということを確認したいのだ」

CIを通じてマイヤーの精子を買って子をもうけたオーストラリアの母親は、マイヤーのことが判明し彼がどれだけ多くの子の父親なのかを知って困惑している(彼女はプライバシー上の理由で、名前を書かないでほしいと申し出た)。マイヤーの精子を使った彼女ら50人ほどの母親は彼に精子の提供を止めさせるため、「Moms on a Mission(使命感に燃える母親たち)」というグループを結成した。

グループの目標は、できるだけ多くの母親とつながり、マイヤーが父親になった子どもの本当の数を突きとめ、子どもたちが大きくなったときお互いに連絡を取り合えるようにすること。母親の多くは、とんでもない数の子どもがいる生物学上の父親と、自分の子がはたしてまともな関係を築けるものだろうかと疑問に思っている。同グループはまた、精子ドナーの国際的データベースの構築を提唱している。

「そうすることで、親たちが事実を知ることもできないまま、こういう男性たちが自分の精子を提供したいときに提供して子どもをつくれるという状況にストップをかけられる」と、そのオーストラリアの母親は言っている。「自分の息子が事実を知った時、どう思うか、想像がつかない」(抄訳)

(Jacqueline Mroz)©2021 The New York Times

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