目の前にソウル中心部の王宮にある「光化門」がそびえている。本物のようにしっかりした造りだが、大きさはちょっと小さい実物の70%。門前には朝鮮時代の家屋の瓦屋根が連なり、この通りを抜けていくと、わらぶき屋根の家々が並ぶ市場に出くわした。
視界には、ビルや電柱、街灯などといった現代的な人工物は何ひとつ入ってこない。1人で歩いていると、まるで昔にタイプスリップしたかのようだった。
聞慶市がつくったこの時代劇の屋外セットには、130余りもの建物がある。近くの山中では、高句麗・百済・新羅の「三国時代」の王宮や家屋など80余りの建物を再現した屋外セットも運営されている。計約167億ウォン(約16億円)を投じて市がつくったものだ。映画やドラマなどの撮影が2019年には28作品で258回、20年には15作品で170回行われた。
聞慶市は韓国の「おへそ」の部分にある。つまり最も内陸部の山深い場所だ。植民地時代から炭鉱があったが、経済的な繁栄は炭鉱に限られていた。1990年代初めに全ての炭鉱が閉山すると、発展から取り残された過疎に悩む自治体となった。
市は00年代に入り、ドラマや映画の撮影を誘致し、その人気にあやかって観光客を呼び込もうと、屋外セット建設に乗り出した。韓国の他の場所にも屋外セットはいくつもあるが、特定のドラマや映画の撮影用の一時的なものが多く、撮影終了後に公開してもブームが過ぎるとさびれていくのが普通だった。
そこで聞慶市は恒常的に使える本格的なセットを目指した。施設の維持を徹底するため年間約2億6000ウォン(約2400万円)の予算もかけている。一つの撮影が終わると、補修なども市が行って次の撮影チームを迎える。
セットの周辺には、渓谷や舗装されていない昔の峠道などが手つかずにそのまま残っているので、「一度で時代劇のいろんなシーンが撮れる」(制作会社関係者)のも強みだ。山の中にあるので、どのアングルで撮っても現代社会とつながるものはカメラのフレームに入ってこず、撮影チームの人気が高い。
私が訪れたときは、韓国3大放送局の一つSBSが3月に放送するドラマ「朝鮮駆魔師」が撮影されていた。人間の欲望を利用して朝鮮をのみ込もうとたくらむ悪霊と人々の戦いを描いた作品だ。顔に白いメイクを施された約300人もの悪霊のエキストラが、大規模な戦闘シーンの撮影前、城壁のかたわらで弁当を食べたりスマホをいじったりして思い思いに休んでいる姿は、ある意味、壮観だった。
「駆魔師」の制作会社クレイブワークス代表のキム・ドンヒョンさん(47)は「朝鮮時代に伝染病のように広まる悪霊の話です。新型コロナウイルスの時代、昔も同じようなことがありえたのかもしれないと、想像力をめぐらせて楽しく見てもらえれば」と語った。
「駆魔師」の撮影チームが入る前には、ネットフリックスで配信されて欧米でも人気を博しているドラマ「キングダム」の「3」の撮影が行われていた。朝鮮王朝を舞台にゾンビが登場する時代劇だ。
その時のエキストラたちは、食いちぎられた肉が体がからはみ出し、血のこびりついた衣装に身をまとっていた。「作り物だと分かっていても、鳥肌が立つほど恐ろしい光景だった」と、屋外セットの管理者は振り返る。
聞慶市の人口は7万余り。19年は新型コロナウイルスの影響で例年より数万人減ったとはいえ、約16万人の観光客が訪れた。撮影チームは一度に少なくとも100人以上でやってくるので、市の宿泊施設や食堂などにもお金が落ちる。「全国に屋外撮影セットはいくつもあるが、経済的に成功しているのは聞慶市だけです」。市の未来戦略企画団長のキム・ドンヒョンさん(52)は胸を張った。