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福島での稲刈りと、被災地のラーメンキッチン 「3・11」思い出す多くの物語がある

マイケル・ブースの世界を食べる
北村玲奈撮影

いつも日本を気にかけている私だが、2011年3月の大震災から10年を迎え、いつも以上にそう感じている。私の心は、みなさんもそうだと思うが、特に家族や友人を亡くし、家や生活を失い、肉体的、精神的な傷を負い、今も苦しんでいる人たちとともにある。

東北は日本で最も重要な農業地帯の一つであり、震災後は国の食料の供給に大きな問題を起こし、輸出にも打撃を与えた。この地域の農家も深刻な影響を受けた。

そのことをより知ったきっかけは、自著『英国一家、日本をおかわり』でも紹介した福島県郡山市のコメ農家、古川勝幸さんと知り合ったことだ。初めて会ったのは震災から数年後の秋、稲刈りを手伝ったときで、翌春には息子のアスガーとエミルも連れ、今度は田植えも手伝わせてもらった。

田植えは骨の折れる仕事で、ひざまでぬかるみに浸かって立っているだけでエネルギーを消費した。農家の人たちと彼らが育てる作物に対し、大きな感謝を新たにした。今ではコメを炊くときには細心の注意を払い、一粒も無駄にしないよう努めている。スーパーでのコメの価格に文句を言うことは絶対にない。

古川さんの水田は(福島原発事故を起こした)原子炉とは山を隔て遠く離れている。それでも福島の農産物に対する偏見の影響を受けたと聞き、とても考えさせられたものだ。一方で、コメを直接買ってくれる小売店を見つけたり、東京など都市部に住む彼のコメの「ファン」が支援してくれたりしたと聞いて、励まされもしたのだった。

これは小さな希望の一つに過ぎない。日本の震災対応やその後の復興を海外から見届けてきた人たちは、「3・11」以降、多くの希望を見てきた。

■日本は耐えられる国

私が日本を美化しすぎる傾向にあるのは自分自身で認識しているが、バラ色の眼鏡で日本の全てを見ているわけではない。

日本は社会面、経済面で重大な課題を抱えていることも知っている。ジェンダー平等への道のりは遠く、経済格差や労働環境における慣習は残念なものがある。

でも、団結力の観点で、日本以上の国はそれほどない。日本人は、困っている時に助け合う。ある地域の人が助けを必要としていたら、別の地域の人が支援する。

それを象徴するような話も自著に書いた。仙台のラーメンシェフ、早坂雅晶さんのことだ。震災の数年前、早坂さんは製麺作業中に機械に巻き込まれ、右腕を失った。右利きだったが、左腕で仕事が続けられるように訓練した。かなり注目に値する人物だと言えると思う。

だからこそ、こんなこともできた。津波が起きたとき、即座に動いたのだ。彼の店、五福星(うーふーしん)は被害を免れたが、被災者たちにラーメンを食べてもらおうと、もともと小学校支援活動のために準備してあった移動キッチンに荷物を詰めて、被災地の中心へと急いだ。津波後最初の1年で、数万杯のラーメンを提供している。

10年前の出来事を思い返すとき、もちろん恐怖や悲劇、喪失を思うが、同時に古川さんや早坂さんのような、とても多くの物語も思い出す。

そして、悲劇に立ち向かうために結束する日本の人々のものすごい強さと社会の団結力のこともだ。

日本に3・11のような日が二度と訪れないことを願っている。ただ、それと同じくらい、もし何か起きたとしても、日本は耐えられることを私は知っている。(訳・菴原みなと)