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プーチン・ロシアのアキレス腱は地方の社会・環境問題だ

迷宮ロシアをさまよう
2020年3月15日には環境問題に抗議する全国的な統一行動が呼び掛けられた。「ストップ・シエス!」のHP(https://stopshies.ru)より

プーチンは経済・社会問題では意外に弱腰

この連載でもお伝えしたように、今年に入ってロシアは、ナワリヌイ氏が主導する全国的な反体制デモに揺れました。そして、従来は反体制デモと言えば圧倒的に首都モスクワが中心でしたが、今般のナワリヌイ・デモでは多くの地方都市を巻き込んだことが注目されました。

もっとも、国家体制の問題ではなく、住民に身近な経済・社会・環境問題に反発したものであれば、これまでもかなり激しい抗議デモが、ロシアの各地方で起きてきました。

これは前々回の「日本が巻き込まれてはいけないロシアの『サハリン橋』を巡る迷走」の時も申し上げたのですが、プーチン政権は強権化の様相を深めながら、経済・社会的争点などに関しては意外に弱腰だったりします。そのことは、地方で頻発する抗議デモについても当てはまります。住民が自分たち自身の経済・社会的権利を守ろうと立ち上がっている以上、プーチン体制としてはそれをあからさまに弾圧はしにくいのでしょう。

というわけで、今回はロシアの地方で発生した住民による抗議運動の実例を3つほど取り上げ、それを通じてプーチン体制の実相を探ってみたいと思います。

エカテリンブルグの聖堂建立への抗議運動

ウラル地方のスベルドロフスク州エカテリンブルグ市と言えば、2018年のFIFAワールドカップで、日本代表がセネガル代表と対戦した地です。そのエカテリンブルグで、ワールドカップの翌年に大騒動がありました。

2019年春、この街でロシア正教会の聖堂を建設する計画が明るみに出ます。街の誕生とともに1723年に建立されながら、無神論のソ連当局によって1930年に解体された聖エカテリーナ聖堂を、再建するというものです。2023年に街の誕生から300年の節目を迎えることから、それに向けた目玉の事業と位置付けられました。建立の費用にと、ウラル鉱山冶金会社、ロシア銅会社といった地元に縁の深い大企業も寄進を申し出ました。

失われた聖堂を再建するということ自体は悪い話ではなく、市民にも不服はなかったでしょう。問題は、市中心部の緑地公園を潰して、そこに聖堂を建立するとされていたことでした。自分たちの憩いの場が失われてしまうことに、若者を中心とする多くの市民が反発を示し、大規模な抗議集会に発展しました。

ロシア全国の注目を集めたこの騒ぎは、結局プーチン大統領が介入し、住民の意識調査を実施することを提案します。意識調査の結果、当該の場所での建立に反対する市民の方が多数派であることが明らかになりました。その結果を受けて、緑地公園を利用する計画は撤回され、聖エカテリーナ聖堂は別の工場跡地に建立することで決着しました。

ちなみに、筆者がこのエカテリンブルグの抗議デモで注目したのは、デモ参加者の中に地元サッカークラブFCウラルのサポーターたちも含まれていたとされる点です。プーチン体制のロシアでは、一頃はサッカー・フーリガンが官憲による民主化・市民運動弾圧に加担するような現象もありました。それが、エカテリンブルグの教会建立をめぐる対立では、地元サッカークラブのサポーターが市民運動の側に立つという変化が生じたわけです。サッカーサポーターが民主化運動の牽引役となるような現象は、2014年のウクライナの政変の際にも見られたものです。むろん、サッカーサポーターの力だけでロシアの社会や政治を動かせるわけではありませんが、見逃せない潮流の変化だと感じました。

バシキール・ソーダ会社。原料の石灰石が、リフトに載せられ道を越えて運ばれていく(撮影:服部倫卓)

クシタウ山を守り抜いたバシコルトスタンの人々

コロナ禍に揺れた2020年のロシアでは、こんな出来事もありました。バシコルトスタン共和国のクシタウ山をめぐる攻防です。

バシコルトスタン共和国ステルリタマク市に所在するバシキール・ソーダ会社は、現地で採掘される石灰石(このあたりはかつて海でした)を原料に、ソーダ灰、苛性ソーダ、重曹、ポリ塩化ビニルなどを生産しています。その作業の様子は、上掲の写真をご覧ください。

しかし、既存の石灰石鉱山の資源が枯渇しかけているので、バシキール・ソーダ会社は新たにクシタウという別の山に目を付け、そこでの採掘に乗り出そうとしました。ところが、クシタウ山は貴重な地質学的遺産として国際的にも価値が認められ、その景観は地元民に深く愛されていました。そのクシタウ山を鉱山として採掘すれば、いずれ山が丸ごと消失し、更地が残されることになります。

これに反発した環境保護派および市民は、激しい反対運動を展開します。結局、会社側は開発を断念。2020年9月、クシタウ山は自然遺産として保護されていくことが決まりました。

シエスは「ロシア・ゴミ戦争」の代表例

さて、ロシアの地方レベルで発生する経済・社会・環境問題で、定番とも言えるのが、ゴミ問題です。日本にも半世紀ほど前に「ゴミ戦争」と呼ばれる深刻な社会対立がありましたが、ロシアは現在まさに国を挙げてのゴミ戦争の真っ只中にあります。

ロシアのゴミ処理は、先進国から数十年遅れており、分別も焼却もされていないゴミを、ただ単に処分場に投げ捨てるだけというのが主流です。そうした中で、生活水準の向上に伴い増加の一途をたどるゴミが、行き場を失っているのです。

ゴミ問題の中でも、きわめて尖鋭だったのが、ロシア北部のアルハンゲリスク州で発生したシエス廃棄物処分場の問題でした。同州東端のシエス鉄道駅に隣接して、モスクワなどから出る生活ゴミおよび産業廃棄物を埋め立てる処分場の建設が、2018年から始まりました。しかし、処分場は「エコテクノパーク」などと称されていたものの、建設地は沼地であり、汚染物質が水系を汚して、生活用水を脅かす恐れがありました。さらには、汚染が白海~北極海へと、より広域に広がる危険性も指摘されました。

このプロジェクトに対し、州民が猛然と抗議運動を開始します。欧州議会が抗議活動家への迫害に懸念を表明するなど、国際的にも波紋が広がりました。プーチン大統領は2019年7月、アルハンゲリスク州およびモスクワ市の行政に、計画の見直しを指示します。プロジェクト推進派で、反対派を小馬鹿にするような発言をしていたオルロフ知事は、2020年4月に辞任を余儀なくされました。現在、プロジェクトは事実上凍結されていますが、裁判での争いはまだ続いています。

国政を動かす力になるか?

ロシア国民は、政治的には保守的で慎重であり、国家体制に不満があったとしても、ナワリヌイ・デモのような大胆な行動に賛同するのは一部だけです。しかし、自らの経済的・社会的権利が直接的に脅かされたりすると、怒れる市民へと変貌し、決然と抗議に立ち上がるのも、またロシア的なところです。

プーチン体制側も、抗議行動が、社会・経済的なシングルイシューを問うものであれば、それを弾圧する大義名分は乏しく、ある程度許容する傾向があります。現に、今回見たエカテリンブルグの聖堂建立、クシタウ山の鉱山開発、シエス廃棄物処分場という3つのケースでは、市民側が勝利し、当初の計画をストップさせています。こうした地方レベルのトラブルでは、矢面に立つのは事業者や地方行政です。これまでプーチン政権は、譲歩案を示したり仲裁者として振る舞ったりすることで問題を局所化し、体制へのダメージを最小化することができたわけです。

しかし、ここに来て状況が大きく変わりつつあると考える有識者もいます。以前も引用しましたが、シャヤフメトフという専門家は、次のように論じています。「これまで、活発な政治的行動が起きるのはモスクワとサンクトペテルブルグで、地方はローカルな問題にフォーカスしていた。それが、現在では政治的な性格の抗議行動が地方に波及している。地方では、コロナ禍、経済危機、汚職、長期政権といった全国的な問題が、ローカルな問題と結合し、より多くの市民を動員するようになっている。以前は、全国レベルのデモは地方の人々には縁遠いような主張を掲げ、支持の範囲は広がらなかった。それが現在は、地方レベルの抗議活動が全国レベルのアジェンダに統合されるようになっている」

実際、地方レベルのイシューが集約され、全国的な運動へと転化する現象も見られます。昨年3月15日には、シエス反対運動が中心となり、ロシア全土で自分たちが直面している環境問題を提起する全国的な抗議行動が呼び掛けられました(冒頭画像参照)。ロシア全国40以上の街で、2万人以上がこれに参加したとされています。参加者が掲げた主張の中には、改憲でプーチンの大統領任期が「初期化」されてしまうことへの抗議の声もあったということです。

ゴミ問題に代表される社会・環境問題は、多くのロシア国民が多かれ少なかれフラストレーションを感じているものです。そうした不満が、ナワリヌイ氏の主導するような反体制運動と結合することがあるのか、今後のロシアを占う上での重要なポイントとなりそうです。